その16 会いたい
アリアの中のシンシアは、いつでもずっと「強い人」だった。ファイアと恋人同士だった頃から知っているが、シンシアはファイアの前で少しだけ可愛くなることはあっても、決して「弱い女」にはならなかった。それなのに。
「もうダメだな、って思ったんだよ。ステアが欠けて、ファイアまで。もう、この世に自分なんかがいても仕方ないって思った。責める訳じゃないけど、ファイアが死んですぐにアリアもいなくなっただろ?」
シンシアは、感情的にはならず、あくまで淡々と言葉を続けた。
当時を思い出すと、アリアも苦しい。アリアがいることで、シンシアやラトスまでファイアと同じような危険に晒されるのでは、その時はそう思ったのだ。だから、誰も追いかけてこられないところまで逃げた。残された大人たちの気持ちまで考える余裕はなかった。
今になれば、少しだけ想像することができる。ファイア死亡後の、組織内の絶望感。アリアが隣にいることで、少なくともシンシアやラトスの希望となりえたかもしれないことも。後悔しても、何もかもが遅い。
「……すみませんでした」
「いや、だから責めてる訳じゃないって。たださ、私はまぁ、辛かったんだよ。消えてなくなりたくて、でも最後にラトスの姿だけ見ておこうと思って、こっそり部屋を覗いたんだ。そしたらさ」
シンシアは、一度ためらうように言葉を切った。そして軽く目を伏せ、再び口を開いた。
「暗い部屋で、ラトスが一人で泣いてたんだ。椅子に座って、こう、がっくりとうなだれて。それ見たら、なんか無性に『しっかりしろよ!』って言いたくなっちゃってさ。勝手だよね、自分は死のうとしてるくせに」
そう言って、はは、と彼女は乾いた笑いをもらした。そして遠くを見るように目を細めた。
冷たい風が吹き、二人の足元をからからと音を立てて枯れ葉が転がってゆく。
「それ見たら、変な話だけどちょっと落ち着いて。さすがにこいつ残して死ぬわけにいかないなぁ、何が何でも生きないと、ってものすごく強く思ったんだ。……あー言っておくけど、ラトスに恋愛感情は欠片もないよ。あっちだってそうだと思う。でも、あの時の私は、泣いてるラトスの姿に救われた」
『変な話』とシンシアは言ったが、アリアには分かるような気がした。
悲しみにとらわれて周りが見えなくなった時に、それでも一人ではないと感じられること。その存在は、もう立てないと思っていた足に、力をくれる。アリアにとって、それはシルヴィアだった。
「あの時死ななくて、本当に良かった。こうしてアリアにもまた会えたしね。アリアもちゃんと生きていてくれたんだし、私にとってはそれが全てだよ」
もうこの話はこれで終わり、と締めくくって、シンシアはわざとらしく明るい表情でアリアを覗き込んだ。
「何だかまとまりのない暗い話になっちゃったね。でも、アリアも神魔になるからって、すぐに強くて立派な人になろうとしなくてもいいんだよ。っていうか、そんなの無理だろ。今は、ぐちゃぐちゃな気持ちのままでいいと、私は思うよ」
「でも、それだと星が」
星が光らない。そう言おうとしたアリアの頭を、シンシアはぐっと押さえつけた。
「まだそんなこと。いいよ、誓いの星とかどうでも。アリアが翠魔に就任できなくて困るのは、イグーラ様とかその辺のお偉いさんなんだからさ。少し困らせてやればいい」
(そんなんでいいのか。代替わりするとは言っても、現紅魔様なのに)
そんな風にも思ったが、あっさりとしたシンシアの言葉に、ふっと気持ちが軽くなるのを感じた。今すぐに気持ちが整理できなくても、誰も責めない。シンシアは、そう言ってくれているのだ。
風が再び足元を通り過ぎ、何気なく視線を落とす。自分が身に付けているワンピースの裾が、ひらりとはためいた。もしかしたらこのガゼボでこんな風に、シンシアとステアは取り留めもなく話をしたのかもしれない。ひょっとしたらラトスやファイアも、そして……スバルも。
「……俺、いつかスバルに会えると思いますか」
気が付けば、何の脈絡もないことを口走っていた。シンシアはそんなアリアの言葉にも妙な顔をすることなく、心得たようにニコッと笑って見せた。
「会えるよ。生きていればきっと、こんな風にね」
アリアは頷き、空を見上げた。遠くで小さく、鳥の鳴く声が聞こえる。相変わらず薄暗くて寒々しいけれど、シンシアと眺める空はどこか懐かしく感じられた。
スバルに会いたい。聞いてみたいことが、たくさんある。
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