その14 ガゼボの中で
歩く足元のふくらはぎ辺りに当たる、柔らかな布の感触が心地よい。すごく着心地のいいワンピースだ。アリアは、普段は着古した適当な男物ばかり着ている。ごく稀にではあるが、こういうきれいな女の子らしい服を身に付ける機会があると、自然と振る舞いも女らしく、物腰も柔らかになる……気がする。
イグーラの居室を出た後、ラトスは諸々の手続きがあるとのことで慌ただしく何処かへと去っていった。片付けの続きをするというセイアとも別れ、アリアは一人中庭へと向かっていた。
バラがメインであろう庭園を、ぼんやりと歩く。今日は学校は休みらしく、また季節が冬ということもあって、周囲に人影はない。もう少し季節が進むと、この庭も美しく香り高い花園へ変わるのだろうが、今は花もなく緑もまばらで、どことなく寂しい。
(不合格かぁ……)
実際は「星が光らなければ出直して再チャレンジ」ということらしい。だが、少なくともこの時点では、あまり前向きな気持ちにはなれなかった。正直に言って、かなりショックが大きい。あの「目標」だって、アリアにしてみたら精一杯だったのだ。そもそも今の自分に、あれ以外の何を言えばいいというのか。
(普通の学生としてここに通えたら良かったのにな。神魔候補とか、スバルの娘とかじゃなくて)
そう思ってしまうのは、逃げだろうか。
庭に敷かれたレンガの小道をゆっくり辿っていくと、小さな鳥かごのような東屋に行きついた。ガゼボ、というのだろう。中に入ってみると、今の季節にも関わらず内部は掃き清められ、設えたベンチもきれいに拭かれている。アリアは身に付けたワンピースが汚れないよう注意を払いながら、ベンチに腰を下ろした。
ほっと息をついて上を見上げると、屋根部分はアラベスク模様のアイアンが組まれ、その隙間から空がのぞく。先ほどまではきれいに晴れていたのに、いつの間にかすっかり曇った薄暗い空へと変わっていた。
別に、期待に満ち溢れてここへ来たわけじゃない。それなりに不安も、緊張感もあった。でもこうなってみると、いかに自分が浮かれていたか分かる。ガゼボは、その形そのままに、鳥かごのようにアリアを囲い込んでいた。
(来たばっかりでこんな気持ちになるなんて、思わなかったなぁ)
差し当たって再チャレンジに向けて、何とか『誓いの星』へ言うべき言葉をひねり出さないといけない。思い悩んでいると、ふいに後ろでかさりと足音が聞こえた。
「なんだアリア、こんなところにいたのか」
振り返ると、そこにいたのはシンシアだった。彼女はアリアの姿を見ると、少し困ったように笑い、ガゼボの中へと入ってきた。
「似合ってるけど、寒いんじゃないか。それ、ステアのワンピースだろ」
「あ……はい。部屋に残ってるのを、着てもいいって言われたので」
「何でも取ってあるからなぁ、あの部屋。ラトスが捨てたがらないせいで」
シンシアは意味ありげにそう言うと、アリアの隣に腰を下ろした。そしてアリアの表情を見て、また少しだけ笑った。
「なんだか元気ないな。イグーラ様に会ったんだって?どうだった?」
「……いい人みたいでしたけど。でもちょっと、何考えてるか分からない感じがしました」
正直にそう言った後、アリアは上目遣いになってシンシアを見上げた。
「それよりも、星が光らなかったんです。どうすればいいんですか、あれって」
「星って、あー……『誓いの星』か。気にしなくていいよ、あんなもの。だいたい無理やり連れてきてるのに、目標も何もあったもんじゃないだろう」
「そうは言っても。後でもう一回チャレンジしなさい、って言われたし」
思わずため息をつくと、シンシアは「ふうむ」と考え込むように口元に手を当てた。
「アリアは、星になんて誓ったの」
「それは……『スバルの娘として皆に認められるような魔術師になりたい』って」
聞いた途端に、シンシアは吹き出した。
「ふはっ、それは気負い過ぎだろう。もっとさ、普通の将来の夢みたいのでいいんだよ」
「簡単に言わないでください」
アリアとしては、笑い事ではない。
セイアの星は、光っていた。セイアの目標を聞き、彼を励ますように、きらきらと眩い光を放っていた。あれはおそらく、その場の思い付きで口にした目標ではない。ここへ来ることになってからずっと、彼なりに考えていたのだろう。
セラディーズへの入会が決まってからも、バタバタと目の前の引っ越し作業だけに追われていた自分とは、雲泥の差だ。おまえは心構えができていない、と星に言われた気がした。
黙ってしまったアリアの肩を、シンシアは軽く叩いた。
「焦らなくていい。来たばかりなんだし、いろいろ意外な話も聞かされて、混乱してるだろ。他に悩んでることとかあるか?この際だから何でも聞くよ」
軽い口調でそんな風に言われた。この人は昔から、いつでも溌溂として迷いがない。常に迷っている弱い自分とは、雲泥の差だ。アリアは思わず、低い声で口を滑らせた。
「シンシア様は、強いですね」
言ってしまった後で、後悔した。シンシア相手に、何を言っているのか。自分の未熟さに思わず唇を噛んだが、もう遅い。




