その13 誓いの星
ややあって、ラトスが小さなため息をつき、セイアに向かって説明を始めた。
「セラディ・ソーサラーズは、魔術師の孤児や、訳アリで育てるのが難しい子どもを保護している。『北国の悪魔』が話題になった時、俺は青魔に就任直後だったが、これはうちで保護した方がいいだろうって話になったんだ」
「そのとおり。ラトスたちはまだ若造だったからの、わしともう一人で……こう言ってはアレだが、圧力をかけに行った。これだけ悪い評判が立っている赤ん坊を、女一人でまともに育てられるはずがない。こちらに渡した方が、あなたも楽だし幸せでしょう、と」
ラトスは気を使ってやんわり「保護」という言葉を使ったが、イグーラの説明はかなり遠慮がなかった。彼はティーカップから目を上げ、いらずらっぽい表情でセイアの顔を覗き込んだ。
「こちらとしては慈善事業くらいのつもりだったんじゃ。感謝しなさい、面倒ごとは我々が引き受けてやろう、多分そんな態度が出ていたんじゃろ。おまえさんの叔母君はできた女性だから、声を荒げたりはしなかったがの」
「……それで、叔母は断ったんですか」
「そうじゃ。『あなた方は、そんな薄っぺらい理由で私のただ一人の甥を奪うつもりですか』とな。あの声は忘れられんのぅ、「氷みたいな」っていうのはこういう声を言うのか、と震え上がったよ」
アリアも思わずまじまじとセイアの顔を見た。アリア自身はセイアの叔母とは直接会ったことはなく、電話でほんの少し挨拶を交わす程度だ。だが、セイアから聞いている話のイメージと、今の話は一致する。
「知りませんでした、全然。今回、セラディ・ソーサラーズへ行くという話をした時にも、一言も反対はされませんでしたし」
「そういう人だよ。何よりも、おまえさんを大事に思っているんじゃろ。……おまえさんを見るだけでも、それが伝わってくる」
イグーラは温和な瞳を細め、セイアとアリアの顔を満足そうに見比べた。
「二人とも、ようこそセラディ・ソーサラーズへ。我々は、若い神魔候補の二人を心から歓迎する」
アリアとセイアは、顔を見合わせた後、「よろしくお願いします」と声をそろえた。イグーラはそんな二人に頷くと、「そういえば」とラトスの方へ顔を向けた。
「アレは、もう試したかの?」
「アレって、あぁ……星ですか?いや、まだですが」
ラトスはそう答えると、「そういや俺が持ってたな」と呟いて、上着のポケットを探った。彼がごそごそとポケットから引っ張り出したのは、星のモチーフが付いたネックレスだった。先ほど『マチネ』と呼ばれる白猫から取り返したものだ。
イグーラはラトスから手渡されたそれを、一度検分するようにじっくり眺めた後、鎖に指を掛けて目の前でぶらぶらと振って見せた。
「これは、『誓いの星』と呼ばれる、セラディ・ソーサラーズに伝わるネックレスでの。大した話じゃないんだが、要するにうちに入会するための儀式のようなものじゃ」
彼は淡々とした口調で説明を続けた。このネックレスを首から下げ、魔術師としてこれから生きるための目標を、声に出して唱える。星はその声を拾い、その目標がセラディ・ソーサラーズにふさわしいと判断すればその身を光らせる。
「何か目標を言って、星が光れば合格ってことですか。光らなければ?」
「残念ながら、不合格じゃのぉ」
「えー……」
アリアは思わず情けない声を上げたが、セイアは軽く笑って立ち上がると、
「じゃあ先に俺が試します。いいでしょうか?」
とイグーラに向かって手を伸ばした。イグーラは黙って彼の手にネックレスを手渡した。
「大丈夫だよ、アリア。こういうのは『儀式』なんだから、ちゃんと気持ちを込めれば通過できるようになってるはず」
セイアは迷いのない表情でそう言うと、立ったまま首からネックレスを下げた。鎖の先で、銀の星が揺れる。どことなくおもちゃのようにも見える星の飾りに指先を触れつつ、彼は静かに口を開いた。
「ここで研鑽を積み、今よりも治癒魔法の能力を活かせる魔術師になりたい」
言葉が途切れてから、数秒後。皆が見守る中、星は数回瞬くようにチカチカ点滅した後、青い光をきらきらと周囲に振りまいた。しばらく光り続けたのち、最後にふわっと柔らかな煌めきを放って、星は光を消した。
「お、合格じゃの。悪魔にしてはちっとばかし優等生過ぎる気もするが、上出来じゃ」
イグーラが面白そうに呟いた。セイアはホッとしたように少し肩を下ろすと、ネックレスを外してアリアに手渡した。
「じゃあ次は、アリアの番。あんな感じでいいんだよ、多分。やってみて」
アリアは戸惑いながら、『誓いの星』を受け取った。セイアと同じように、それを首から下げて立ち上がってみたものの、何を言えばいいのか分からない。
「アリア、さっきセイアも言ってたが、これはあくまで儀式だ。基本的には誰でも合格できるようになってる。一応みんなやることになってるからやってもらうだけで、そこまで大げさなもんじゃない」
緊張している様子のアリアを見かねて、ラトスが声を掛けた。アリアは小さく頷くと、指先でそっと星に触れた。
なりたい魔術師のイメージ。そんなもの、自分にあるだろうか。しかも自分は、ただセラディ・ソーサラーズに入会するだけではない。神魔として、今は亡きファイア・ローランを継ぐ翠魔として、組織の上に立たなければならない。大した力も持っていないのに。
未来は未だ空白のままだ。何なら、ここから逃げだしたい気持ちすらある。強いプレッシャーを感じて目を閉じると、瞼の裏に一人の人物の姿が映った。
ハサミ・スバル。さっき初めて写真を見た、実の父親。自分は、どうにかしてあれに近付かないといけない。不老不死の、化け物に。
アリアは小さく息を吸い込むと、迷いつつ声を発した。
「……ハサミ・スバルの娘として、皆に認められるような力を持つ魔術師になりたい」
何とかそこまで言い切り、恐る恐るうっすらと目を開いた。冷たくなった指の先で、星は静かに沈黙していた。少し待ってみても、やはり沈黙を保ったまま。
――――アリアの星は、光らなかった。
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