その11 面影とワンピース
その後、制服の採寸ということで、下着姿になったアリアはソフィアに身体のサイズをあちこち測ってもらうことになった。
「細いですね、うらやましいです。でも、もう少し食べた方がいいですよ?」
「一応、最近はちゃんと食ってるよ。俺はもともと太らない体質だから」
「ますますうらやましいですぅ~!」
ソフィアは自分自身のなかなか細くならない太ももについてひと通り恨み言を述べた後、
「それではまた後ほど。私か、ディオン兄弟が施設をご案内いたします。それまでお部屋でおくつろぎください」
と、ぺこりと頭を下げて部屋を出て行った。扉が閉まり、下着姿のまま一人残されたアリアは、手持ち無沙汰に再びクローゼットを開けた。先ほどのオフホワイトのワンピースを手に取り、少し迷った後で身体を入れてみる。
「お……いい感じ、かな?」
小さく呟いた。アリアは身体、特にウエスト周りが細く、女物の既製品は基本的に合わない。胸の辺りも、なんというか、空間が余りがちだ。ぶかぶかの男物を適当に着崩した方が様になるし楽なので、男装をしているという一面もある。だがこのワンピースは、もともと自分用にあつらえたかのように、すんなりと身体になじんだ。
クローゼットの下には、何足か靴も並べられていた。せっかくなので服に合いそうな白い靴を履き、鏡の前でくるくる回ってみる。
(母さん、か)
ついこの間まで、名前も顔も知らなかった母親が使っていた部屋で、母親のワンピースを身に付けている。その事実が、とても不思議に感じられた。
ラトスからの話を総合して考えると、母親はもともとの恋人であるラトスを振って、不老不死のスバルと恋仲になり、アリアを身ごもったことになる。そこには、いったいどんな心境の変化があったのだろう。無責任に考えるなら、ドラマティックと言えるのかもしれないが。
その時、とんとん、という軽いノックの音が響いた。アリアの部屋の扉だ。少しためらったが、そのままの姿で細く扉を開いた。
そこに立っていたのは、ラトスだった。
「あ、ラトス様」
何か御用ですか、と言いかけたアリアは声を飲んだ。ラトスは、愕然としたような瞳で、穴の開くほどアリアを見ていた。そこには何か、信じられないようなものを見るような恐れがあり、その底にはうっすらと喜びに似たものが透けて見えた。
「…………ステア、」
掠れた声でアリアに向かってそう呼びかけたラトスは、自分の声に我に返ったようにハッとして口を覆った。下を向き、軽く何度か頭を振る。うっかりとこぼれた呼びかけを後悔するように。
「すまん、似てるな、驚いた。いや、あまり似てると思ったことはないんだが……」
そこまで言って顔を上げ、わざと冗談めかしてぎこちない笑顔を作った。
「良かったよ、うっかり抱きついたりしなくて。セイアにぶん殴られちまう」
アリアは何もコメントできず、そんなラトスをただ見つめていた。
「やめろ、そんな痛々しいものを見る目で俺を見るな。行くぞ、アリア」
ラトスは荒っぽい雑な口調でそう言うと、アリアにそう声を掛けて背を向けた。
「え、どこにですか」
「イグーラ様……って言っても知らないよな。ステアの先々代の黄魔にあたる方だ。さっきおまえらの到着を報告したんだが、連れて来いとさ」
「待ってください、着替えます」
慌てて声をかけると、ラトスはちらりとアリアの姿に目をやった。
「いいだろ、そのままで。何か問題あるのか」
「えー……でも」
「似合ってるし、初対面の挨拶なんだから、いつもの男っぽい恰好よりいいだろ。待たせてるんだから、早く行くぞ」
有無を言わさぬ口調に、仕方なくその後を追った。ラトスはずんずんと廊下を歩き、突き当りの部屋の扉を、今度は少し乱暴にノックした。
「セイア、いるか?開けるぞ」
(そっか、セイの部屋、ここなのか。同じ階だし、近いかも)
アリアがそんなことを思っている間に、ラトスはセイアからの返答も待たずに扉を開いた。ラトスの背後からひょいと覗くと、セイアの部屋の内部が見える。アリアの部屋と同じような間取り……だが、比べるとかなり雑然としていた。
「あ、ラトス様!すみません、散らかってて。どうかしましたか」
「分かってたけど、おまえ、荷物多いなぁ。片付けは後にしろ、ちょっとあいさつだ」
ラトスにそう言われ、セイアは急いでバタバタと手元の本を書棚に押し込むと、部屋から出てきた。そしてアリアの姿を見て、驚いたように軽く目を見張った。
「……なんだよ」
「いやぁ、ちょっとびっくりして。思いがけない嬉しさと言うか」
何を言ってるのやら。それにしても、ワンピースを着ているだけでこんな嬉しそうな顔をするのか。だったらまぁ、たまに着てやらないこともない。
ラトスはそんな二人のやりとりを複雑な表情で見遣ると、「行くぞ」と階段の方へ足を向けた。




