地を震わすハンマー
フリムはウォーハンマーを構え、駆け出した。
同時に、オークも向かってくる。
左右の腕を素早く振るう二連撃。
それをフリムはハンマーの頭部で冷静に受け止める。
続けて、オークが右の剣で突きを放ってくるが、フリムはギリギリまで引き付け、躱す。
そしてウォーハンマーを振りかぶり、オーク目がけてスイングした。
もちろん、全力は出さない。柄を折ってしまいそうで怖いからだ。
そのため、充分な速度が出ず、オークは後退してそれを避けた。
直撃はしなかったものの、ハンマーの先の槍状になった部分がオークの腕を掠めた。
皮膚から紫色の血液を滴らせる。
しかし……その傷は、すぐに塞がった。
魔族──もといモンスターは、精神生命体だ。
肉体を持ってはいるが、それはあくまで容れ物。
本体は精神なので、この程度の傷はすぐに回復されてしまう。
ならば、傭兵たちはどのようにモンスターを討伐しているのか。
それは、人間が死ぬレベルの致命傷を負わせることで、肉体を破壊しているのだ。
首を刎ねる。
頭や心臓を潰す。
あるいは、多量に出血させる。
回復に膨大なエネルギーを費やす損傷を与えれば、モンスターは肉体を保てなくなり、塵となる。
これが、フリムたちの目指す『討伐』だ。
容れ物が滅んでも本体である精神は健在なので、厳密には不可視の存在になるだけ。
数十年経てば、やがて肉体を取り戻し、復活する。
それでも、復活するまでの間は安寧が保たれる。
モンスターが世に蔓延って二百年、人類はそうして討伐を繰り返してきた。
(やっぱり、もっと速さを出さなきゃ避けられる……でも、柄を折るのが怖いし……!)
フリムの脳裏に、リューマと交わした契約が蘇る。
『契約締結日を含む七日以内に必ず返却すること。
守らなければ殺す。あと、罰金五百万ゼリン。』
七日以内に返却できたとしても、折れた状態で返せば罰金を求められることは必至だ。
あの人、なんだかお金にがめつそうだったし。
とにかく、剣戟を防ぎながら、隙を見て攻撃するしかない。
フリムは再びウォーハンマーを構え直す。
オークも姿勢を低くし、二本の剣を構え……「ブモォオオッ!」と鳴きながら駆けてきた。
(きっとまた、右と左の順で二連撃がくる。その後の僅かな隙で攻撃を叩き込めば……)
……と、攻撃に備えていたのだが。
ちょうどその時。
フリムの目の前に、一匹の毛虫が糸を伸ばし、上から「ぷらーん」とぶら下がった。
目の前で揺れる、うねうねした身体。
全身をびっしり覆う、黒い毛。
フリムは……毛虫が、大の苦手であった。
「…………い」
脊椎反射的な速さで、フリムはウォーハンマーを思いっきり振り上げ──
「いやぁぁぁあああああああああっ!!」
──全力で、振り下ろした。
そこに、運よく──オークにとっては運悪く──オークが迫っており、繰り出していた二本の剣ごと、叩き潰した。
惜しみのないフルスイング。
オークの頭蓋骨をかち割る感触に手首が震え、フリムは我に返る。
(や……やっちゃった……! こんな力を込めたら、絶対に柄が折れて……!)
……と、思ったのだが。
ウォーハンマーは折れるどころかフリムの手に吸い付いたまま……光を発した。
それに驚いたのも束の間。
振り下ろされたハンマーの頭部がオークを地面に叩き付けるのと同時に……
──ボゴォオオッ!!
足元に、巨大なクレーターが生まれた。
それだけではない。
周辺の地面が波打つように揺れ、あちこちに亀裂が走り……すぐ側にある猟師小屋が倒壊した。
まるで、地震。
フリムは反動で持ち上がった足を着地させ、その余震を感じ……
ビリビリと痺れる手でハンマーを上げると、潰されたオークがクレーターの中心で沈黙していた。
そのまま、オークは──黒い塵となって霧散した。
残されたのは折れた二本の剣と、鋭い牙。
モンスターは、牙や角などの固い部分を残して消える。
この素材をギルドに提出することで、討伐が証明されるのだ。
「…………」
フリムは、言葉を失う。
全力を出したにも関わらず、このハンマーは壊れなかった。
それどころか、地面を陥没させ、地震を起こし、猟師小屋まで倒壊させた。
これは、フリムの怪力によるものなのか。
それとも……この武器が発揮した力なのか。
いずれにせよ、そこいらの武器とは比べ物にならないほどに頑強だ。
こんなすごい武器を、たった二千ゼリンで貸し出しているなんて……
(リューマさんて……一体、何者?)
……その時。フリムの足元を、先ほどの毛虫がにょこにょこと通過した。
咄嗟に片足を上げながら、フリムは思う。
とりあえず、撤退しよう。
戦闘の気配を察知し、他のモンスターが集まってくるかもしれない。
フリムはオークの素材を回収すると、ウォーハンマーを一度見上げ……しっかりと背負い、タシナの森を後にした。





