二刀流のオーク
ここラトゥリアの街は、二百年前、〈勇者〉と〈魔王〉の戦いの舞台となった地だ。
街のはずれにあるタシナの森の奥には、魔王が当時の領主から奪い、拠点にした城──『魔王城』が今も残されている。
現代においてモンスターと呼ばれるものたちは、かつて魔王に忠誠を誓っていた魔族たちの成れの果て。
だから、魔王軍の根城であったタシナの森にはモンスターが多く出没するのだが……
近頃、この森のモンスターたちが、武器商人の馬車を襲撃する事件が相次いでいた。
当初、ギルドは「武器商人ばかりが狙われたのは偶然だ」と考えていた。
何故なら、モンスターには知性がないから。
魔族だった頃の野心と狡猾さを失い、唯一残された闘争本能だけを頼りに彷徨う哀れな存在。
それが、モンスター。
特定の人間ばかりを襲うような知能など、持ち合わせてはいないのだ。
しかし、偶然と呼ぶにはあまりにも被害件数が多い。
加えて、モンスターたちは商人だけでなく、討伐に訪れた傭兵からも武器を奪うようになっていた。
明らかに、人間が持つ『武器』を狙っている。
その目的は、何なのか。
モンスターたちは、かつての魔族のような知性を取り戻しつつあるのか。
その謎を調査するためにも、タシナの森に蔓延るモンスターを討伐する必要がある。
フリムが取り逃がした『鎖鎌のトロール』も、今回新たに依頼を受けた『二刀流のオーク』も、人間の武器を狙う特異な個体の一部だった。
(──依頼内容によれば、出現場所はこの辺りのはず)
ラトゥリアの街を離れ、フリムはリューマに借りたウォーハンマーを手に、タシナの森へとやってきた。
馬車が行き交う街道から一歩立ち入るだけで、森の厳かな静寂に包まれる。
依頼内容に記された場所は、廃墟となった猟師小屋の周辺だった。
フリムはウォーハンマーの柄をぎゅっと握り、表情を引き締め、森の中を進む。
(リューマさんに言われるがままにこのハンマーを借りちゃったけど……わたし、ハンマーの柄を折ったこともあるんだよね。今回も馬鹿力のせいで折っちゃわないか心配……)
しかし、今はこれ以外に得物がない。
『二刀流のオーク』を倒して報酬を得なければ武器も買えないし……空腹も満たされない。
フリムの腹が、「ぐるきゅぅう」と情けない悲鳴を上げる。
とりあえず、壊さないよう慎重に扱いながら討伐しなくては。
(にしても……この森、何度来ても不気味だなぁ。二百年前からほとんど手つかずで、国も細部までは探索できていないって話だし)
昼間とは思えない薄暗さの中、フリムはぶるりと身震いする。
やがて、目指していた猟師小屋が見えてきた。
その周囲だけ木々が伐採されているため、陽の光が差し込んでいる。
今のところ、モンスターの姿は見当たらないが……
(……いや。小屋の向こうに、何かいる……!)
ガサガサという、草をかき分ける微かな音。
フリムはウォーハンマーを構え、気配を殺し、そっと近付いた。
その表情が、いつもの気弱なものから、徐々に戦士の顔付きへと変わっていく。
足音と呼吸を最大限に殺し、猟師小屋の向こうを覗くと……読み通り、人ならざる者がいた。
トロールよりも一回り小さい──と言っても、フリムより頭二つ分は大きいが──豚のような顔が特徴の、オークだ。
小屋の裏に座り込み、壁に生えたキノコを食べている。
その背には、交差するように負われた二本の長剣があった。
……間違いない。『二刀流のオーク』だ。
食事に夢中で、こちらの気配には気付いていない。
このまま背後から奇襲をかければ、討伐は容易いのかもしれないが……
(そういう卑怯なやり方は、できればしたくない)
なら、どのように仕掛けるべきか。
フリムが迷っていると……突然、頭上でカラスが「カァ!」と鳴いた。
思わずビクッと震えるフリム。
その反動で足元の小枝を踏んでしまい、「パキッ」と音が鳴った。
オークの耳が反応する。
そして、豚のような鼻先をこちらに向け……ばちっと、フリムと目を合わせた。
(わわっ、バレちゃった……! なら、仕方がないっ!)
フリムは小屋の陰から飛び出すと、オークの正面に立ち、声を上げた。
「わたしの名はフリム! 傭兵ですが、無駄な殺生は好みません! そちらが危害を加えない限り、わたしも手を出すつもりはありません! どうしますか⁈」
このセリフは、フリムにとってお決まりのものだった。
魔族は、人間によく似た生き物だったという。
言葉を話し、武器を用いた武術を極め、文化的な社会を形成する知的生物。
二百年前は戦争になってしまったが、人間に似ているのなら、言葉でわかり合うこともできたはずだ。
だからフリムは、その魔族の成れの果てであるモンスターにも声をかけ、敬意を示す。
人間同様、話し合いで解決できるのなら、それが一番いいからだ。
しかし、そのような誠意ある問いかけに対し、オークは……
「……ブオォォオオオッ!」
知性のない獰猛な鳴き声で答えるのみだった。
これもいつものこと。
モンスターが理性的な返答をしてくれたことなど、一度たりともない。
それどころか、オークは腕を交差し……背中に負った鞘から長剣を二本、抜き放った。
フリムの目が、鋭く変わる。
「そうですか。なら……参りますっ!」





