日輪が如く
──それ以来、リューマは魔族の精神力に限界を感じるようになった。
魔族は傲慢で、短絡的で、目先の利益しか顧みない。
思慮深く、寛容で、怒りを抑えることのできる人間とは大違い。
いつしかリューマは、魔族らしい闘争心を捨て、魔王への忠誠心も失くしていった。
人間のように、どっしりとおおらかに構えていた方が精神的に強いことを知ったから。
焦らず、怒らず、争わず。
そんなリューマの姿を見て、彼に期待していた魔王軍の上官たちは厳しく叱責した。
魔族然とした高圧的な態度でリューマを従わせようとするが……やはり彼は、のらりくらりとそれを躱した。
本当の精神の強さとは何か。
それを知る魔族は、自分以外に一人もいない。
……退屈だ。
そんな無気力な日々が、淡々と続き──
──百年後。
リューマが、人間で言えば十五歳ほどに成長した頃。
彼は再び、思いがけない形で、人間界とのかかわりを持つことになる。
「別世界への安定的な転移技術が確立された。これより我が軍はさらなる精神資源を求め、人間界へと侵略する」
魔王が発した号令。
精神資源とは、他者を絶望させ、敗北を味わわせた時に得られる快楽物質……『魔族のごちそう』だ。
魔王の命により、魔族たちは人間界を侵略し、精神資源を得ようと動き出した。
軍に育てられたリューマはこの意向に抗うことができず、二度目となる人間界への転移を果たした。
しかし、既に魔王への忠誠心の希薄さが周囲に露見していたため、リューマは一般兵ではなく『魔神器』の武器庫番兼将官たちの演習相手として配属された。
『魔神器』──人型ではなく、武器として生きることを選んだ〈気高き武具の魔族〉。
彼らは崇高な精神の使い手と共鳴し、命を燃やすことを求めていた。
此度の侵略で名を上げようと躍起になる魔族たちより、武器として真っ直ぐに生きる『魔神器』の精神の方が、リューマには高潔に思えた。
だからリューマは、あらゆる『魔神器』と向き合い、使い手として己を鍛えた。
そうして得た技術を以て、将官たちの演習相手になった。
いつしか付いた呼び名は、『試し斬りのリューマ』。
武器庫番にしておくには惜しい豪傑であると、将官たちの間でも噂になった。
──魔王軍の人間界侵攻は順調かに思われた。
が、蹂躙される人間たちの中にあって、魔族に屈しない勇猛な戦士が現れた。
剣士ルドヴィグ・ラヴディ。
傭兵である彼は魔王討伐パーティを立ち上げ、魔族を次々に倒しながら、この魔王城を目指しているらしい。
その話を聞き、リューマは、はっとなった。
ルドヴィグ・ラヴディ……
百年前、リューマが人間界へ転移した時に出会ったマディスと同じ姓。
きっと、彼の子孫だ。
本当の強さを教えてくれたマディスの血を受け継ぐ者が、魔王を倒そうとしている。
……面白い。
魔王軍に所属していながら、リューマはそう思った。
もとより彼は、人間たちの精神の強さを知っている。
初めは魔族が優勢であっても、いずれ人間たちが勝つに違いないと確信していた。
そして……その予想は、いよいよ的中した。
◇◆◇
──魔王城が揺れる。
剣士ルドヴィグとその仲間が、ついに魔王城へ到達し、今まさに魔王と戦っていた。
「おーおー。随分と派手にやってるなぁ」
天井から小石がパラパラと落ちるのを眺め、リューマは他人事のように零す。
彼が常駐している武器庫は地下にある。
先ほどまで将官クラスの魔族がひっきりなしに武器を借りにきていたが、戦闘の音は鳴り止まない。
ルドヴィグ一行との攻防に苦戦しているのだろう。
「いや……魔王以外は全員、勇者にやられちまってるのかもな」
なんて、一人苦笑していると……
──ドガァァアアアンッ‼︎
武器庫の天井が、崩落した。
瓦礫がガラガラと落ち、爆風が巻き起こる。
「なっ……」
舞い上がる砂埃。
その奥に、ゆらりと立ち上がる人影が一つ。
「いってて……しまった。剣が折れた」
恐らく魔王の攻撃を受け、天井ごと落下してきたのだろうが……その人物は頭を掻きながら、呑気な声を上げた。
砂埃が晴れ、見えた姿に、リューマは目を見張る。
ブロンズの髪に蒼い瞳。
身に纏った鎧に見合わない、穏やかな顔立ち。
……間違いない。
マディスの子孫──ルドヴィグだ。
「おお、ここは武器庫か。剣がたくさんあるな」
ルドヴィグは埃を払いながら、辺りを見回す。
そこでようやくリューマに気付いたらしく、彼に目を向け、
「君がここの番人かな? すまない、仕事場を潰してしまったね」
やはり無警戒な笑顔で、近付いてきた。
「敵同士だというのは承知の上で、無理なお願いをしてしまうんだが……ここにある剣を一本、何でもいいから貸してもらえないだろうか? 適当に買った安物の剣だったから、この通り折れてしまってね」
言いながら、折れた長剣を見せてくる。
上階では未だ激しい戦闘音が続いている中で、この緊張感のなさ。
そんなルドヴィグの態度に、リューマは……笑みを堪え切れなかった。
「……あんたらって、本当に面白いな」
「え?」
「いや、こっちの話だ。武器……そうだな」
リューマは瓦礫でめちゃくちゃになった武器庫を見回す。
と……壁に立てかけてある一本の大剣が目についた。
深い紅に縁取られた、漆黒の刃。
リューマが何度使用しても決して心を開かなかった、最も気難しい『魔神器』だ。
能力の詳細も、名前さえも、リューマは知らない。
魔族の能力を発揮しないのなら、普通の武器と変わらない。
貸したところで問題はないだろう。
そんな軽い気持ちで、リューマはその大剣をルドヴィグに差し出した。
「これなら使ってもいいぜ。少々デカいが、扱えるか?」
「ああ、問題ない。ありがとう。あとで返すよ」
魔族である自分に礼を述べるとは。リューマはまた苦笑する。
ルドヴィグは大剣を受け取ると、瓦礫と壁を蹴り上げ、上階へと戻っていった。
──その先の戦闘は、そう長引かなかった。
「魔王よ! もう一度だけ問う! 人間と手を取り合うつもりはないか⁈」
激しい攻防を繰り広げながら、魔王に呼びかけるルドヴィグ。
彼の周りには、力尽きた仲間たちが倒れている。
それでもルドヴィグは、和解の道を提示した。
しかし、魔王の返答は……容赦のない魔法攻撃だった。
その時──
ルドヴィグが握る大剣に、焔が灯った。
闇を照らす日輪が如く、天へと上がる火柱。
戦いを見守っていたリューマの瞳に、陽炎が映る。
「残念だが……これで、終わりだ‼︎」
ルドヴィグは、渾身の一撃を振り下ろし……
魔王は、『完全なる敗北』に染まり──消滅した。
「………………」
やはり、人間が勝った。
なんて、また他人事のように思いながら、リューマは立ち尽くす。
すると、戦いを終えたルドヴィグがリューマに気付き、歩み寄ってきた。
「すまない。和解したかったのだが……叶わなかった」
申し訳なさそうに頭を下げるルドヴィグ。
リューマは笑みを零しながら、首を横に振る。
「いや、いいんだ。どうせあんたが勝つと思っていた」
「これ、貸してくれてありがとう。すばらしい剣だった。気高く、美しい武器だ」
そう言って、焔の消えた大剣をリューマに返した。
その律儀さに、リューマはまた笑いそうになる。
「さて、君の大将は僕が倒してしまったわけだが……君はこれからどうする?」
ルドヴィグに問われ、リューマは「あ」と口を開ける。
これから先のことなど、何も考えていなかった。
魔界と人間界を繋ぐゲートは、魔族の援軍が増えないようにと、少し前に人間の魔導士が封印してしまったらしい。
つまり、リューマは魔界に帰れない。
かといって、人間たちに混じって生活することもできないだろう。
自分は、人間たちの敵……魔族なのだから。
返答に困り、口を閉ざすリューマを、ルドヴィグは見つめ、
「行く宛てがないのなら、僕と来るか?」
と、手を差し出した。
「戦いは終わった。これからは、互いの未来に向けて手を取り合うべきだろう。街の復興、財政の回復……仕事は山積みだ。君が手を貸してくれるのなら、僕も嬉しい」
それは、ありえない提案だった。
だって、魔族に仲間を何人も殺されたはずなのに。
魔族であるリューマに、手を差し伸べるなんて。
「……何考えてんだよ。俺は魔族だぞ?」
理解できず、リューマが返すと……ルドヴィグは、なんてことはないという笑みを浮かべ、
「魔族である前に、君は君だろう?」
そう、問い返した。
リューマは息を呑む。
そして、思い出す。
嗚呼、そうだ。人間ってのは……こういう生き物だったな。
敵わない。そんな呆れにも似た息を吐きながら、リューマも手を差し出し、
「……リューマだ。後始末もせずに消えた魔王に代わって、事後処理に努めさせてもらう」
ルドヴィグの手を、しっかりと握った。
それに、ルドヴィグが嬉しそうに微笑んだ……その時。
「グォオオオアアア!」
森の奥から、見たことのない異形が飛び出してきた。
緑色の皮膚を持つ、人型の化物……よく見ると魔王軍の鎧を身に付けている。
「こいつ……まさか、魔族か?」
「よくわからないけれど、話は通じなさそうだね」
リューマとルドヴィグは戦闘態勢に入る。
「早速で悪いが、リューマ。最初の仕事に付き合ってもらえるか?」
足元に落ちていた剣を拾い、ルドヴィグが不敵に笑う。
リューマは、先ほど返された大剣を握り、緑色の異形を見据え、
「ああ……お安い御用だ」
ルドヴィグと共に、駆け出した。
──その異形は、魔王の消滅に絶望した魔族たちの成れの果てだった。
武器の形をした魔族『魔神器』と、魔王への忠誠心がまるでなかったリューマだけが、元の姿と精神を保ったまま生き存えてしまった。
リューマはルドヴィグと共に、魔族たちの成れの果て──モンスターの襲撃からラトゥリアの街を救う。
そうして、宿屋『アルヘナポルク』の二代目主人ローサと出会い……『貸し武器屋』を始めるのだった。





