人間の精神
(…………終わった……)
フリムは、全身の力を抜く。
その手の中で、『終焔神の大剣』が静かに焔を消す。
直後、ミレイユとユーリスを拘束していた鋼鉄が消滅した。
リューマを貫いていた二本の槍もなくなる。
しかし、彼の身体には依然として大穴が空いており……
「リューマさん……!」
フリムは駆け寄って、泣きそうな顔で彼の様子を窺った。
「大丈夫ですか、リューマさんっ! 死んじゃイヤです! 早く治療を……!」
「落ち着け」
リューマは、短く言うと……
身体に空いた穴を、瞬時に塞いでみせた。
服は破れたままだが、皮膚は完全に元通り。
フリムは口を開け、目をぱちくりさせる。
「わ……リューマさんって、本当に魔族なんですね……!」
「っていうか、あなたずっと手加減していたでしょ? あいつらと同じ魔族なら、魔法だって堪能に決まっている。私たちの拘束も簡単に外せたはずよ?」
というミレイユの文句に、フリムは「確かに!」と声を上げる。
ジトッと睨むミレイユだが、リューマはひょいと肩をすくめ、
「仕方ないだろ? 俺の目的はそいつを目覚めさせることだったんだ。そのためには多少のピンチは演出してやらないと」
フリムが持つ『終焔神の大剣』を見つめ、言った。
そこで、今度はユーリスが詰め寄り、
「どういうことだ、リューマ! 魔王城に遺されていた勇者の剣はただの三流品! 対して、フリムが持つこの剣は焔を纏っている! まさに、伝説にある勇者の〝聖剣〟そのもの。もしや、この剣こそが……」
「そ」
リューマは、ニヤリと笑って、
「ルドヴィグが魔王にトドメを刺したのは、この大剣だ。持ってきた剣が折れたっていうから、俺が貸した」
なんて、悪びれることなく言った。
勇者ルドヴィグが魔王討伐に用いたのは、自前の剣ではなく……リューマから借りた、この大剣。
思いがけない事実に、三人は唖然とする。
「な……なんで……? リューマさんは、魔王城の武器庫番だったんですよね? 勇者とは、敵同士だったはずじゃ……」
フリムの問いに、リューマは頭を掻く。
「そうだけど、ルドヴィグのヤツ、魔王と戦っている最中に武器庫の天井から降ってきてさ。『剣が折れて戦えないから、一本貸してもらえないか』とか言うから、さすがにそれは気の毒だなと思って、貸した」
「そんな傘貸すみたいなノリで⁈」
「その大剣は特に気難しくてな。どんなに強い将官が使おうと、決して能力を発揮しなかった。だから、貸したところで問題はないと思っていたんだ。そしたら……」
──てへっ。
と、リューマは舌を出し、
「なんか、大剣がルドヴィグのこと気に入っちゃったみたいで。バカ強い能力発揮して、魔王を倒しちまった」
こつんっ、と頭を叩きながら、とんでもないことを言ってのけた。
フリムは大口を開け、ユーリスは石化し、ミレイユは「はぁ」と額を押さえる。
そんな面々をリューマは見回し、
「ま、ある意味俺のせいで魔王は死んだとも言えるが……さっきも言った通り、大層な武器がなくとも、ルドヴィグは魔王を倒していただろうよ。何故ならあいつは、もっと重要なモンを持っていたからな」
「……重要なもの?」
聞き返すフリムに、リューマは犬歯を覗かせて、
「〝許す精神〟だ」
はっきりと、言った。
「自信、野心、殺意、闘争心……精神生命体である魔族の強さを量るのは、それら〝他者を脅かす精神〟。しかし、それよりも偉大で、高尚で、強いのは、〝他者を認め、許す精神〟……魔族には持ち得ない、人間特有の精神だ」
「人間特有の、精神……」
「ルドヴィグは魔王との戦いの最中、何度も『和解できないか』と持ち掛けていた。既に仲間を何人もやられているにもかかわらずだ。まるで、さっきのあんただろ?」
顔を覗き込まれ、フリムはドキッとする。
リューマは、悪戯っぽく笑い、
「どっちにしろ、魔王の負けは決まっていたんだ。だから、俺は悪くない」
「あなた、よくもそんなことが言えるわね? そのせいで仲間の魔族が全員モンスターに成り果てたっていうのに」
「そりゃあちょっとは責任感じてるよ? だからこうして、生き残った武器型の同族を持ち出してやったんじゃねぇか。魔族より高潔な人間たちに使ってもらえて、こいつらも満足しているぜ?」
そして、フリムが握る大剣を見上げ、
「中でもこいつは、ルドヴィグに能力を貸したっきり、誰にも心を開かなかった。俺自身が使ったり、いろんな傭兵に貸し出したりしてみたが、てんでダメでな。だから、今回の件はチャンスだったんだ。あんたなら、こいつに気に入られると信じていたから」
リューマは、フリムを見つめ、
「──ありがとうな、フリム。あんたにこいつを貸すことができて、本当によかった」
柔らかな笑みを浮かべながら、思いを伝えた。
その珍しいセリフと態度に、フリムは……
少しの照れ臭さを感じつつも、目を細め、
「……こちらこそ。素晴らしい武器を貸していただき、ありがとうございます!」
心からの感謝を込めて、笑い返した。
「ひとまず脅威は去ったけれど……あいつらが言っていた〈新たなる王〉という存在が気になるわね」
ゾギアが消滅した場所を眺め、ミレイユが言う。
「それに、恐らく『完全なる敗北』を与えることはできなかった。ゾギアもゲオルグも、不可視の精神生命体として、まだその辺りに漂っているはずよ」
「そんな……!」
穏やかな空気から一変、フリムはぞっと身体を震わせる。
「精神が残っているということは、時間が経てばまた復活するんですよね……? どどどどうしましょう……!」
「む、それは恐ろしいな。よし、現代の勇者であるこの僕が討伐しよう! フリム、その剣を貸してくれ!」
「ユーリス、まだ諦めていないの? あなたは大剣使いじゃないでしょう?」
などと、ミレイユがユーリスを窘めていると……
フリムの腰のポーチが、カタカタと動いた。
「ん……?」
不審に思い、フリムはポーチを開ける。
入れていたのは、小さな木箱──リューマが占い師の老婆から買わされたという、あの空っぽの箱だ。
それが、ひとりでに動いている。
フリムは「なに……⁈」と怯えながらも、それを取り出した。
すると……
木箱の蓋が、パカッと、勝手に開き──
強い光を放ちながら、周囲の空気を吸い込み始めた。
「ななな……なんですか、これ……⁈」
動揺する一同。
すると、紫色の靄のようなものが、呻き声と共に木箱に吸い込まれていくのが見え……
「……今のって……!」
それに気付いたミレイユが、木箱を手に取る。
直後、光は収まり……木箱の吸引は、止まった。
覗き込んだ箱の底には何もない。
ただ、魔法陣らしき紋様の痕跡が、うっすらと浮かび上がっていた。
「み、ミレイユさん……?」
フリムが恐る恐る尋ねると、ミレイユは顔を引き攣らせ、
「たぶん……解決したわ」
「な、何がでしょう……?」
「今の魔法陣、魔界へと繋がるゲートを封じるものに似ていた。恐らく、ここに留まっていたゾギアとゲオルグの精神を吸い込み、魔界へと転送したのよ」
「えぇっ⁈」
そんなことが可能なのか……?
魔法は専門外なため、フリムは目を点にし、ユーリスは首を傾げている。
ミレイユは、リューマに木箱を突き付け、問いかける。
「あなた、魔族ならわかるでしょう? 今のって、きっとそういうことよね?」
それに、リューマは神妙な面持ちで木箱を見下ろし……
「ああ。つまり、これは……」
「これは……?」
──カッ!
と、リューマは目を見開き、
「俺……めちゃくちゃいい買い物したってことだよな? やったぜ、損してなかった!」
「そこぉぉぉおお⁈」
堪らずツッコむフリムだが、リューマは嬉しそうにスキップし、
「なんだよ、あのばーさん。五万で空箱よこしたと思ったら、箱自体が聖遺物だったのか! 『災いをすべて祓う』って、魔族の精神を実家に帰すって意味だったんだな!」
「喜んでいる場合⁈ こんな魔法、見たことも聞いたこともないわ! それこそ、大魔導士リシアでも作れたかどうか……って、聞いているの⁈」
ミレイユの声を無視し、喜びに舞うリューマ。
とりあえず、目下の不安は解消したようだが……
「つまり……わたしはただの奢り損ってこと?」
リューマを慰めるために支払ったスイーツ代を思い、フリムは一人、涙を呑むのであった。





