覚醒
リューマの腹と胸を突き刺し、背中へと貫通する硬い鋼鉄。
その先端から、紫色の血が滴る。
(………………………………うそ)
フリムの頭が、真っ白になる。
リューマは口から血を噴き出しながら、ガクッと膝をついた。
「よもやここまで愚かだったとは……偶然生き残り、人間にすり寄ることでしか生きられなかったが故、思考まで人間に毒されたか」
ゾギアは、リューマが背負う鞘に近付き、手を伸ばす。
「『蟒蛇神の鞘』……万物を飲み込む強欲な器。その性質を利用して武器を持ち出していたのか。〝焔を纏いし剣〟も、この中にあるはずだ」
そうして、鞘の中を調べようとする。
「…………だめ」
フリムは、半ば無意識に声を漏らし、
「リューマさんに…………触らないで‼︎」
瞳を赤紫に光らせたかと思うと──
──バキィッ……‼︎
手足を拘束する鋼鉄の枷を、引き千切った。
「…………!」
驚愕するゾギアだが、次の一瞬で、フリムが眼前に迫っていた。
目にも留まらぬ速さで振り下ろされる大剣。
その鋭利な一閃が、ゾギアの右腕を切断した。
「ぐっ……⁈」
腕を押さえ、後退するゾギア。
フリムはリューマを護るように、彼の前に立ち塞がった。
「貴様……あの拘束を、どうやって……⁈」
「解いてください‼︎」
ゾギアの問いかけを遮り、フリムは吠える。
「リューマさんを貫く槍の魔法、解いてください! でないと、わたし……あなたを許しません‼︎」
重心を落とし、大剣を構えるフリム。
ゾギアは困惑しながらも、鼻で笑う。
「ふっ。誰が貴様のような下等生物に許しを請うか!」
ゾギアが手をかざし、鉄球を放つ。
フリムは逃げない。
迫りくる数十の鉄の塊を前に、精神を研ぎ澄ませ……
大剣を振るい、すべて斬り捨てた。
あまりの速さに、音が置き去りになる。
遅れてきた風圧を受け、ゾギアは目を見張る。
「ちっ……それもその武器の能力か……⁈」
今度は槍が数十本、顕現する。
容赦なく飛来するそれらを、やはりフリムは大剣で斬り、叩き、弾いた。
が、さらにもう二本、ゾギアが放つ。
それはフリムの背後にいるリューマを狙ったもので……
「っ……!」
フリムは咄嗟に大剣を伸ばし、一本を弾いた。
しかしもう一本は防ぎ切れず、彼女の肩をザクッと斬り裂いた。
「フリム!」
リューマが叫ぶ。
が、フリムはなおも彼を護るように大剣を構えた。
「……やはり理解できない。貴様は何故、その男を庇う?」
ゾギアが、真上に手を掲げる。
すると……これまでとは比べ物にならないほどに巨大な鉄球が、頭上に出現した。
「その男は魔族……我々と同じ、人間どもの敵だ。拘束が解けたのなら、そいつを置いて逃げるべきであろう?」
太陽を遮り、暗い影を落とす黒い塊。
ミレイユとユーリスの顔が、絶望に染まる。
「……十秒だけ猶予をやる。その男を渡せ。そうすれば、貴様らが逃げ帰るのを許してやろう。もし、渡さないというのなら……貴様らは全員、この黒鉄の下敷きだ」
ゾギアが、愉悦の声で選択を迫る。
いくらこの大剣が鋭利で頑丈でも、この大きさの鉄球を斬ることはできない。
落下すれば……死は免れない。
それでも、
「逃げるわけがないでしょう⁈」
フリムは、迷わずに答える。
「リューマさんはリューマさんです! 魔族だとか人間だとか関係ない! 魔族にだっていい人はいるし、人間にだって悪い人はたくさんいる! わたしはそのことを……痛いほどに知っている!」
──刹那。
フリムの周りを、何かが漂い始める。
それは、熱源。
蛍のような光を帯びる、赤い火の粉。
「魔族だから、人間だからと決めつけるのは間違っています! 許し合わなければ、認め合わなければ、争いは永久になくならない……だから!」
──ボゥッ!
大剣に、焔が灯る。
ゆらゆらと陽炎を漂わせながら、眩く燃える。
「リューマさんを助け、ミレイユさんとユーリスさんを解放するというのなら、わたしはあなたを許します! さぁ……どうしますか⁈」
燦然と輝く、焔の大剣。
その姿はまさに、勇者の伝説にある〝焔を纏いし剣〟で……
「貴様……その剣は……!」
戦慄するゾギアの瞳にも焔が映る。
それを見つめながら、フリムは……大剣に宿る魔族の精神を感じていた。
『──我が名は「終焔神」……崇高なる戦士よ、我が力、ここに貸そう』
終焔神……これは、『終焔神の大剣』。
(ありがとう、終焔神さん。リューマさんを護るために、その力、お借りします!)
フリムは、大剣を掲げる。
鉄球により差した影が、紅蓮に照らされる。
「人間と魔族はわかり合える……これがその証拠です! ゾギアさん、わたしはあなたともわかり合いたい‼︎」
もう一度、心の底から呼びかける。
だが……ゾギアは、歯を軋ませ、
「人間のことなど……わかりたくもない!」
吐き捨てた。
そのまま両手を上げ、
「時間だ。選択を誤ったこと、あの世で後悔するがいい‼︎」
その手を、振り下ろした。
連動するように、鉄球が落ちてくる。
ミレイユが「フリム!」と叫び、ユーリスが汗を垂らす。
確実に近付く死の匂い。
その中において、リューマは、
「よっ、と」
フリムの身体を、抱き上げた。
そうして高く跳躍すると、
「任せたぜ、フリム!」
彼女を、空中へと放り投げた。
鉄球に迫りながら、フリムは大剣を振りかぶる。
そして──
「たぁぁあああああああああああああっ‼︎」
ゴウッ! と空気を唸らせながら──
巨大な鉄球を────斬った。
焔が宙を裂き、閃く。
剣身に纏う灼熱が、冷たい黒鉄をジュワッと溶かし……
──ズパンッ‼︎
二つに、分断した。
崩れるように溶解する鉄球。
落下の軌道は、ミレイユやユーリスから外れた。
そのことを確認し、フリムは再度大剣を構え……
こちらを見上げるゾギア目がけて、下降する。
それに気付いたゾギアが、全身を鋼鉄の鎧で覆った。
硬度を極限にまで上げた、鉄壁のアーマー。
だが、フリムは止まらない。
『終焔神の大剣』の力を、信じているから。
「これで──終わりです‼︎」
フリムは腕を突き出し……
──ザンッ……‼︎
ゾギアの胸を、真っ直ぐに貫いた。
「がぁッ……‼︎」
ゾギアの口から、血と焔が噴き出す。
大剣は鎧を貫通し、心臓を穿ち……その脈動すらも焼き切った。
「ぐっ…………新たなる、王……‼︎」
ゾギアは、虚空に手を伸ばすと……
その言葉を最後に、真っ黒な塵となって……風に消えた。





