勇者の聖剣
部下の消失を目の当たりにし、ゾギアは顔を歪める。
リューマはゾギアの剣を押し返し、一度距離を取った。
「な? 『傲慢』は命取りだろ? 人間ってのは、あんたが思うよりずっと利口で強いぜ」
そう語る彼の後ろに、ミレイユ、ユーリス、フリムが集合する。
ゾギアは、歯をギリッと噛み締める……が、すぐにそれを緩め、
「ふん……貴様の言うことも、一理ある」
くんっ、と何かを手繰り寄せるように、手を振るった。
すると、これまでの攻防で地面に落ちた鏃や鉄の欠片が、カタカタと動き始め……
フリム、ミレイユ、ユーリスの両手と両足に集まり、ガチッと拘束した。
「なっ……!」
鋼鉄でできた、重い枷。
フリムが怪力で振り解こうとしても、ビクともしない。
「『黒鉄の大尉』と呼ばれた私が、何の策もなしに鋼鉄をばら撒いていると思ったのなら、それこそ『傲り』だ。私はこの時を待っていた……貴様らがゲオルグを倒し、最も油断するその瞬間をな」
そして……ゾギアは、かざした手のひらを、ぎゅっと握った。
その動きに連動するように、フリムたちの手足を縛る鋼鉄がギリギリと絞まり始める。
「きゃあっ……」
「ぐっ……!」
苦痛の声を漏らすミレイユとユーリス。その手から、長杖と長剣が零れ落ちる。
フリムだけは、痛みを堪えながら辛うじて大剣を握っていた。
「さて。交渉だ、リューマ。このままこいつらの手足を千切られたくなければ、〝鍵〟をよこせ」
フリムは、はっと顔を上げる。
そうか……ゾギアの目的は、自分たちを人質にすること。
リューマはフリムたち人間を見捨てることができないと、これまでのやり取りでわかったから。
「駄目です、リューマさんっ! 勇者の〝聖剣〟が奪われたら、それを使って大勢の人が殺されるはずです!」
必至に訴えるフリムに、リューマは答えない。
その間にも枷はどんどん収縮していく。
ギシギシと軋む、フリムたちの骨。
漏れる苦悶の声。
それを耳にし、リューマは……
「……はぁ。わかったよ。あんたに〝鍵〟を渡す。だから、それ以上痛くするのはやめてやってくれ」
「リューマさん!」
フリムが悲痛な声で叫ぶが、リューマは無視し、背負った鞘に手を伸ばす。
そして──黄金の戦斧を、引き抜いた。
呼び名の通り、それは〝鍵〟の形をしていた。
虹色の光を帯びながら、眩い輝きを放っている。
「ほらよ。これがお目当ての〝鍵〟──『黄金神の宝斧』だ」
リューマは躊躇なく、それをゾギアに渡す。
ゾギアは〝鍵〟が本物であることを確認し、満足げに頷いた。
「……それでいい」
同時に、フリムたちを絞め付ける枷の収縮が止まった。
が、未だ拘束はされたまま。
あまりにあっさり〝鍵〟を明け渡したリューマに、ミレイユが声を荒らげる。
「馬鹿……そんなことをしたら、これまでの苦労が水の泡じゃない!」
「そうだぞ、リューマ! 〝聖剣〟は僕の物だと約束しただろう⁈」
「そんな約束した覚えはない」
ユーリスの訴えをばっさり斬り捨て、リューマは背を向けたまま、
「だって……あんたらの腕が千切れたら、誰が俺の武器を借りてくれるんだよ?」
顔だけをこちらに向け、困ったように笑った。
その表情に、フリムは予感する。
(リューマさん、もしかして……何か考えがある?)
〝鍵〟を手にしたゾギアは、魔王城を取り巻く結界へと歩み寄る。
そして、〝鍵〟を結界の壁面に差し込み……捻った。
パキパキと響く、卵の殻が割れるような音。
やがて──
──パリィンッ……!
灰色の結界が砕け、魔王城の封印は、完全に解かれた。
露わになった廃城に、ゾギアがゆっくりと足を踏み入れる。
「二百年ぶりの古巣よ……すっかり朽ち果てているな」
フリムたちが緊張の面持ちで見つめるが、リューマだけはなおも無気力な眼差しでその様を眺めていた。
「愚かなる魔王と人間の勇者が最後に戦ったのは……この場所であったはずだ」
ゾギアは音もなく浮遊し、城の二階──正面にあるバルコニーへと降り立つ。
そこに、一振りの長剣が付き立っているのが、フリムにも見て取れた。
恐らくあれが、勇者ルドヴィグが遺した〝焔を纏いし剣〟。
魔王すらも葬る、人類最強の剣だ。
「ふっ、これが勇者の〝聖剣〟か……人類の叡智を集結させ造り上げたであろう武器を、こんな場所に遺すとは。人間とはつくづく理解し難い生き物だ」
ゾギアは、一度リューマたちを見下ろす。
そして、見せつけるようにして……その剣を、抜き放った。
「はは……! これさえ手に入れば、あのお方の覇道は確かなものに……‼︎」
だが……そこで、ゾギアは絶句する。
何故なら、〝聖剣〟の先が…………ばっきりと折れていたから。
それどころか、その剣は〝聖剣〟と呼ぶにはあまりに平凡で……
三流の傭兵が使っているような、ありふれた安物の剣にしか見えなかった。
「ば……馬鹿な。勇者の〝聖剣〟が、こんな粗末なもののはず……」
ゾギアは剣を放り投げ、辺りを探す。
「どこだ……この城のどこかに、〝焔を纏いし剣〟が……!」
しかし、血眼になって探そうと、それらしき剣は見つからない。
その様を、フリムは困惑しながら見上げた。
「くそっ……どういうことだ⁈」
ゾギアはバルコニーから飛び降り、リューマの胸倉を掴む。
「まさか、それも貴様が持ち出したのか……⁈ よこせ! 今すぐに‼︎」
「落ち着けよ。勇者ルドヴィグが愛用していた剣なら、さっきあんたが抜いたアレで間違いないぜ?」
「ふざけるな! あんな三流品が勇者の剣なわけ……」
「本当だよ」
リューマは、不敵に笑い、
「ルドヴィグは、現代でこそ『勇者』と呼ばれているが、元はただの傭兵だ。だから、あの安物の剣一本でここへ乗り込んできた。酔狂なヤツだろ?」
面白がるように、言った。
ゾギアは、こめかみに血管を浮き上がらせ……
怒りのままに、リューマを殴った。
「リューマさんっ‼︎」
フリムが叫ぶ。
リューマは、口の端から血を流しながらゆっくりと起き上がり、
「この城が封印されていたのは、ルドヴィグの〝聖剣〟を護るためじゃない。単純に、俺が『黄金神の宝斧』ごと武器をすべて持ち出したからだ。〝鍵〟を持ち出せば、自動的に城に防護魔法が発動する……そういう風に魔王サマが作っていたからな」
「減らず口を……‼︎」
ガッ! と、蹴り飛ばされるリューマ。
フリムの鼓動が、バクバクと加速する。
(リューマさん、本当は強いのに、わたしたちが人質に取られているから抵抗できないんだ……!)
倒れるリューマの胸倉を、ゾギアは再び掴み、
「ならば何故、魔王は倒された⁈ 私はこの目で確かに見たのだ! 勇者が振るう剣から焔が上がり、それにより魔王が倒されるのを……あのような武器は見たことがない。人類が生み出した究極の兵器に違いない!」
「ははっ。あんたって本当に……何にもわかっちゃいないんだな」
リューマは、笑う。
赤い瞳を、月のように細めて。
「魔王が死んだのは、武器が強かったからじゃない。勇者の精神が、魔王のそれを遥かに上回るくらいにデカく、高潔だったからだ」
「なっ……」
「俺たち魔族の死は、精神の死……相手に心の底から『負け』を感じた時、初めて精神ごと消えてなくなる。あんたらが恐れるべきは、御大層な武器なんかじゃない。〝魔王すら上回る精神を持つ人間〟そのものだ。それがわからないあんたらには、世界征服なんて一生かけたってできやしねぇよ」
真っ直ぐな、リューマの言葉。
ゾギアは、憤りに身体を震わせ……
──ザンッ……‼︎
顕現した二本の槍で、リューマの身体を貫いた。





