磁界神の劔
魔族相手に遠慮はいらない。
フリムは全身の筋肉を滾らせ、突進する。
「たぁっ!」
ブォンッ、と唸る大剣。
しかし、先ほどと同じく鉄の盾が出現し、フリムの剣戟を弾く。
そのことは予想していた。
フリムはすぐに手首を返し、別の角度から二発目を叩き込んだ。
が、それも弾かれる。
三発、四発、五発……人間離れした速さと威力で連続攻撃を繰り出す。
それでも、
「……耳障りだ」
すべて盾に弾かれた後、フリムの目の前に鉄球が出現した。
剣を上段に構えているため、胴がガラ空きだ。
向かいくる鉄球が、フリムの身体にあえなく直撃する……寸前で、
「よっと」
リューマが大鎌を回し、鉄球をスパッと、真っ二つに斬った。
「リューマさ……!」
礼を述べようとして、フリムは声を詰まらせる。
リューマの頭上に、岩のような鉄の塊が顕現し、落下し始めていたから。
(危ないっ‼︎)
思考が声になる前に、リューマが動く。
大鎌を素早く取り回し、重く硬い鉄の塊を、スパスパッと軽やかに斬り刻んだ。
その斬撃の余波により、頭上の樹々までもが切断される。
細切れになった鉄と樹が、リューマたちの周りにバラバラと落ちてきた。
「『鼬月神の大鎌』……使用者をも斬り刻む、〝斬れすぎる鎌〟か」
リューマの大鎌を見つめ、ゾギアが言う。
リューマは「へぇ」と笑って、
「あんたはあまり武器庫の武器を使っていなかったはずだが……こいつを知っているってことは、斬られた記憶でもあるのか?」
「いや、部下が使っていたのだ。村中の人間の首を狩り、一人残らず殺した後、斬るものがなくなり……最後には自らの首も、その鎌に斬られていた」
言いながら、ゾギアは宙に手を躍らせる。
すると、彼の目の前に、両刃の剣が現れた。
鏡のような剣身を持つ、見るからに切れ味の良い剣。これも魔法で生み出したのだろう。
「この通り、私に『魔神器』は不要だ。むしろ、気難しい魔族の精神が宿る武器など邪魔でしかない。そのようなものを何故、貴様は持ち出した?」
両刃の剣を手にし、ゾギアが問う。
リューマは鼻を鳴らすと、大鎌を肩に担ぎ、
「『魔神器』──〈気高き武具の魔族〉たちは、崇高な精神を持つ使い手を求めている。だから、人間のいる街に連れ出してやっただけだ」
「……その『崇高な使い手』というのが、人間だと?」
「ああ。こうして人間たちに力を貸しているのが、何よりの証拠だ」
リューマの視線が、ユーリスとミレイユに向く。
二人は『磁界神の劔』と『守護神の長杖』の能力を余すことなく発揮し、ゲオルグと戦っていた。
「人間側も強力な武器を使えて大満足。この相互利益を商売にしない手はないだろ?」
「それが、貴様が『魔神器』と共に人間界へ留まる理由か?」
「そ」
「……理解できんな」
ゾギアが剣を構える。
そこへ、フリムがすかさず斬りかかり、動きを封じる。
「ふむ……人間にしては速いが、『魔神器』の能力を発揮できていないようだな?」
気にしていることを指摘され、フリムは「ぐさっ!」と傷付く。
「言われちゃったじゃないですかリューマさんっ! ほんとにこの武器でいいんですか⁈」
「だいじょぶだ。たぶん」
「たぶん⁈」
などと言い合っている隙に、ゾギアが剣を押し返す。
そして横薙ぎの一太刀を浴びせてくるので、フリムは大剣で受け止め、後退した。
続けてゾギアが、魔法で無数の鏃を放つ。
リューマが間に入り、大鎌を回転させて弾くが、そこにゾギアの斬撃が繰り出される。
組み合うリューマを助けようと、フリムが大剣を振り下ろす。
しかし、目の前に鉄の盾が現れ、あえなく防がれた。
リューマがゾギアの剣を振り切るも、すぐに魔法攻撃を放たれる。
それをフリムが大剣で防ぎ、裏からリューマが大鎌を振るうが……巨大な鉄塊が再び頭上に出現した。
リューマの大鎌がそれを斬り裂いている隙に、ゾギアが接近。剣を突き出す。
間一髪のところで、リューマの大鎌が剣の切っ先を受け止める。
そのまま両者は、再び組み合った。
(剣による近接攻撃と、魔法による遠距離攻撃、そして防御……まるで隙がない……!)
戦慄するフリムの前で、リューマの大鎌とゾギアの剣がギリギリと迫り合う。
「貴様の実力は認めているが、所詮はただの武器庫番……試し切りの練習相手であった貴様と、戦場で数多の人間を葬った私とでは、積み上げた経験値が違う」
ゾギアは、赤い瞳をスッと細める。
「今一度問おう。リューマ、我々と共に来ないか? 勇者の遺した〝焔を纏いし剣〟さえ手に入れば、人間など恐るるに足りん」
その言葉をリューマは……「はっ」と笑い飛ばす。
「『武器は不要だ』と豪語しておきながら、勇者の剣を求めるとは。あんた、言ってることがめちゃくちゃだぜ? それに、その言い方……まるで人間を恐れているみたいだ」
「吐かせ。この私が人間どもを恐れるはずがない──見ろ」
ゾギアの視線が、ゲオルグの方を向く。
フリムもそちらを見遣ると……ユーリスが、苦悶の表情を浮かべていた。
『磁界神の劔』を使い、ゲオルグを引き寄せ、素早い剣捌きで腕を斬り落とすユーリス。
しかし、相手を引き寄せるということは、こちらの懐に飛び込ませるということ。
ゲオルグは笑いながら、改造したバトルアックスでユーリスの腹を殴った。
「がはっ……!」
呻きながらよろめくユーリス。
ミレイユはゲオルグの前に防壁を展開し、ユーリスを護った。
「ユーリス! 大丈夫⁈」
ミレイユが叫ぶも、ユーリスには応える余裕がない。
恐らく同じような攻撃を何度も受けているのだろう。
「キシャシャッ。人間は脆くて不憫だナァ」
斬り落とされた腕を拾い、繋ぎ合わせるゲオルグ。
「オレを殺りたいなら心臓か脳を狙えって言ってるだロ? ま、それで肉体が朽ちても精神は死なないんだけどナ。お前らは一生かかってもオレたち魔族には勝てないってことダ!」
響き渡るゲオルグの高笑い。
それを聞き、ゾギアも勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ゲオルグは元兵長……隊長ですらない兵卒だ。その程度の実力であっても、人間どもはこうも簡単に嬲られる。そんなか弱い生物を相手に、我々はどう恐怖すればいいのだ?」
フリムはユーリスを案ずる。
加勢に行きたいが、リューマ一人にゾギアの相手をさせるわけにもいかない。
(どうしよう……このままじゃユーリスさんが……!)
だがそこで、リューマが落ち着いた声で言う。
「あんたら……二百年前から何も学んじゃいねぇな」
「……何?」
「己の強さを信じ、誇ることは間違いじゃねぇ。俺たち魔族は、そうした精神力が強さに繋がる。だが……」
ニッ。と、リューマは口の端を吊り上げて、
「──『傲慢』。これを強さと履き違えるヤツは、残念ながら長生きできねぇよ」
直後。
ミレイユが、呪文を口にした。
「──赤き鋼鉄!」
呼び出したのは、鋼鉄の防壁。
だが、それが顕現したのは……遥か上空だ。
「あァ? お前、何を……」
ゲオルグが眉を顰めた刹那、ユーリスが『磁界神の劔』を振るい、ゲオルグの身体を引き寄せた。
しかしゲオルグは、馬鹿にしたように笑う。
「ハッ。一つ覚えの能なしガ! 磁石ごっこはもう飽き飽きなんだヨ!」
そして、ゲオルグはバトルアックスを手放した。
歪に改造された斧の頭部が、重々しく地面に突き刺さる。
「キシャシャッ! これでその磁石剣の能力は無意味になったナ! さぁ、ここからは魔法で嬲り殺してや……」
……という、得意げなセリフの途中で。
ゲオルグの身体がグンッと、ユーリスに引き寄せられた。
ゲオルグの表情に、焦燥が走る。
「なっ……斧は手放したのに、なゼ……⁈」
「気付いていなかったの?」
くすっと、ミレイユが笑う。
「ユーリスがあなたの身体を切断する。それを、あなたが再び繋ぎ合わせる……その度に私は、あなたの断面から〈鋼鉄の精霊〉の気を流し込んでいたのよ?」
「はァ……⁈」
つまり、バトルアックスを手放そうとも、『磁界神の劔』の干渉を受けるということ。
ゲオルグの身体そのものが、鋼鉄の性質を孕んでいるから。
「『守護神の長杖』……その身に直接〈鋼鉄の精霊〉を纏わせることで、鎧のように防御力を向上させることもできるみたい。その性能を応用させてもらったの」
引き攣るゲオルグの顔を、ユーリスが覗き込む。
額同士が付きそうな距離にまで引き寄せたのち、ユーリスは爽やかに笑って、
「心臓か脳を狙えと言ったな! 忠告、感謝する!」
「な、何ヲ……!」
「では、その両方を潰すのはどうだろうか! 例えば……このような具合だ‼︎」
そのまま、『磁界神の劔』を振りかぶり……
「──反転‼︎」
叫んだ。
その命に従い、劔の磁界が反転する。
引き寄せられていたゲオルグの身体は、爆発的な反発の力を受け……
文字通り、吹っ飛んだ。
磁力に圧され、身動きすら取れないまま、ゲオルグは上昇する。
向かう先に待ち構えるのは……ミレイユが顕現した鋼鉄の防壁だ。
「クソッ……ゴミ虫ガァァアアッ‼︎」
情けない叫び声を上げながら、ゲオルグの身体は……防壁に叩き付けられた。
グチャッ! と潰れる肉体。
脳も心臓もただの肉片と化し、紫色の体液の中で綯い交ぜになっている。
そうして、再生しないまま黒い塵となり……虚空へと消えていった。





