告白
木漏れ日をキラキラと反射させながら落ちる氷の破片。
その中からゲオルグが現れ、バトルアックス共々、地面に落ちた。
「な、何が起きて……?」
困惑の声を上げるフリム。
すると、それに応えるように、
「──たかが人間相手に、何を手こずっているのかと思えば……そういうことか」
低く、暗い声が響いた。
陽の光が、何かに遮られる。
四人に落ちる影。
その元を見上げると……
一人の男が、頭上に浮いていた。
歳は三十代前半か。
軍服を思わせるかっちりとした装い。
伸ばした背筋。淡々とした表情。
水色の短髪をオールバックに撫でつけた、神経質そうな雰囲気の男だ。
そんな人物が、ゆっくりと下降してくる──背中に生やした漆黒の翼に風を受けて。
(見た目は人間……けれど、羽が生えているってことは……魔族⁈)
戦慄するフリムの前に降り立つ男。
未だ凍結の影響が残っているのか、ゲオルグは胸を押さえながらそれを見上げ、
「グッ……ゾギア、さマ……!」
男の名を呼んだ。
やはりゲオルグの仲間のようだが、中途半端なゲオルグと違い、人間と変わらない姿をしている。
つまりは……ゲオルグより、完全な魔族に近い存在。
フリムは最大限に警戒し、大剣を握り締める。
ゾギアと呼ばれた男は、復活したばかりのゲオルグを冷ややかに見下ろす。
「愚か者が。城から盗まれた武器が、人間の手で能力を発揮している……この事実に、何故疑問を抱かない?」
そして、ゾギアはこちらに目を向け、
「価値を知らぬ下賤な人間が盗んだのかと思えば……持ち出したのは貴様だったのか、リューマ」
と……リューマの名を、迷いなく呼んだ。
(この魔族……リューマさんを知っている?)
フリムが疑問を抱く中、ゲオルグがゾギアに聞き返す。
「ゾギアさま、この男を知っているのですカ?」
「もちろん」
──そして。
ゾギアは、リューマを見つめ……こう言った。
「こいつは魔王城の〝武器庫番〟にして、かつての将官たちの演習相手──『試し斬りのリューマ』だ。この男ほど『魔神器』の扱いに長けた者はいない」
──試し斬りのリューマ。
魔王軍の武器庫番で、兵士たちの演習相手。
それこそが、リューマが語ろうとしなかった、彼の過去……?
フリムの頭が、いよいよ混乱する。
魔王軍が健在だったのは二百年前だ。
その頃に武器庫番をしていたということは……
(リューマさんは………………二百年以上生きている、魔族……⁈)
問うようにリューマを見るが、彼は変わらず無気力な目でゾギアを見ていた。
そこで、ゲオルグが聞き返す。
「『試し斬りのリューマ』……? オレの記憶にはない名でス」
「無理もない。貴様は末端の兵だったからな。『魔神器』の使用を許されていたのは、魔王軍の中でも隊長以上の者に限られていた」
ゾギアは一歩踏み出し、リューマに言う。
「武器庫に眠る『魔神器』を持ち出したのは貴様だったのか、リューマ。何故、それを人間どもに使用させている? いや……そもそも何故、精神を保ったまま生存しているのだ?」
リューマは「はっ」と笑い、答える。
「それはこっちのセリフだ。あんたらは魔王に忠誠を誓い、魔王の消滅と共に自我を失ったはず……なのにどうしてお喋りできるようになってんだ? 赤ん坊からやり直したのか?」
「忠誠か……あの軟弱な王に仕えていた過去を思うと実に腹立たしい。貴様もそうであろう? 一騎当千の実力を備えていながら、『忠誠心が足りない』というだけの理由で武器庫番などという端役に甘んじていたのだからな」
ゾギアは笑みを浮かべ、リューマに近付く。
「良いことを教えてやろう。我々が自我を取り戻すことができたのは──〈新たなる王〉のおかげだ。あのお方なら、必ずや我らを覇道へと導いてくださる。そして、この世界を魔族の手中に収めてくださるだろう」
その言葉に、フリムは息を呑む。
〈新たなる王〉──それが、ゾギアやゲオルグをモンスターから今の姿に蘇らせた存在。
(そんな……魔族を復活させて、二百年前みたいに人間たちと戦争をするつもり⁈)
ゾギアは、さらにリューマへ歩み寄る。
「そのためにも、この城に眠る勇者の剣が必要なのだ。かつての軟弱な王を葬った〝焔を纏いし剣〟……それが手に入れば、あのお方の覇道はより確かなものとなる」
そして、手をスッと差し出す。
「リューマ。貴様も共に来い。私は貴様の実力を認めている。すべての『魔神器』の最たる使い手として、我々の勢力での地位を約束しよう」
フリムの鼓動が加速する。
……リューマが、ゾギアに誘われている。
同じ魔族として、もう一度仲間にならないか、と。
(リューマさん……どうするの……?)
ミレイユも額から汗を流す。
ユーリスも、表情に緊張を滲ませている。
「さぁ、リューマ……この結界を解くための〝鍵〟を、こちらに」
ゾギアの長い指がこまねく。
(だめっ……そんなやつらの仲間にならないで……!)
リューマを止めようと、フリムが足を踏み出すが……その足が地面に付く前に。
──ザンッ……‼︎
ゾギアの首が、宙を舞っていた。
リューマが、抜き放った大鎌で刈ったから。
ボトッ、と落ちる生首。
残された首なしの胴体から、紫色の血がブシュウッと噴き出す。
人間ならば即死。
モンスターであっても塵となって消える致命傷。
しかし、ゾギアは……
「これは……拒絶と受け取っていいのか?」
首だけの状態で、なおも言葉を発した。
リューマは大鎌を肩に担ぎ、返す。
「〈新たなる王〉とかいうのが何者かは知らねぇが……俺はあんたらの仲間になるつもりも、誰かの下につくつもりもさらさらねぇよ」
「ふん……二百年前から変わらないな。忠義を尽くすは己が信念のみ、というわけか?」
「そんな大層なモンじゃねぇよ。今も昔も、俺が心酔しているのはただ一つ──」
そして、リューマは……フリムを見つめて、
「──〈人間〉。こいつらの生き様に、俺は心底惚れちまってんだ。だから俺は、こいつらと共に生きる」
柔らかな笑みを浮かべ、言った。
フリムはドキッとして、立ち尽くす。
ゾギアに視線を戻し、リューマが続ける。
「それに、あんたらの仲間になったところで稼げなさそうだしなぁ。知ってるか? 人間社会ってのは何かと金がかかるんだ。その上、身分を証明する資格なんかも必要になる。あんたらと世界征服ごっこに興じている暇なんて、俺にはねぇんだよ」
「戯言を。金も地位も力ずくで奪えばいいだろう? 強者こそが理……それが魔族の生き方だ」
「その傲慢さのせいで、魔王は勇者に負けたんだ。壊し、奪い、蹂躙する……それは〝本当の強さ〟とは言えない」
「ならば、〝強さ〟とは、何だというのだ?」
ゾギアの問いに、リューマは不敵に笑い、
「言ったところで、あんたらには一生わからねぇよ」
そう答えた。
ゾギアのこめかみが、ヒクッと痙攣する。
そして、彼の身体が自らの首を拾い、斬られた断面をぐちゃりと繋げ、
「……そうか。ならば──もはや言葉は不要ということだな」
右手を、前に掲げた。
直後、無数の鋭利な鏃が、宙に顕現する。
その切っ先が、リューマたちを目がけ……一斉に放たれた。





