魔王城
金色の天幕に覆われた、結界の内側──
フリムたちは、何度かモンスターに遭遇した。
ゴブリン。オーク。トロール。
いずれも通常の個体より大きく、戦闘力が高い。
ミレイユが言っていたように、元は魔王軍で幹部クラスの強さを誇る魔族だったのだろう。身に纏う鎧も武器も一般的な同種より明らかに上等なものだった。
多少時間は取られたものの、フリムたちはそれらモンスターを順調に倒した。
そして、ついに──
「──着いた……!」
魔王城に、到着した。
積み上げられた石の壁。
蔦の這う高い塔。
周囲には堀と、そこにかかる跳ね橋もある。
ここは元々、この土地を治める領主の住まいだった。
国王の宮殿に比べれば小さな城だが、領主が住むに相応しい立派な造りをしている。
しかし二百年前、魔界から現れた〈魔王〉に奪われ、侵略の拠点となった。
周囲にも大小様々な建物があるが、どれも風化し、崩れている。
恐らく、公の施設や店舗、領民の住居だったのだろうが、魔王軍に城を略奪された際、すべて破壊されたようだ。
その後、〈勇者〉が魔王を倒し、この地は結界により封印され……二百年が経ち、豊かな森となった。
「ここが、魔王城……」
かつての戦いの舞台となった地を見上げ、フリムが呟く。
時の流れをそのまま体現したような廃城の姿に、感動と畏れを抱くが……
同時に、一つの疑問が浮かんだ。
「これ……先ほどの結界に似ていますが、何でしょう?」
そう。灰色の膜のようなものが、城全体を覆うように張られているのだ。
向こう側に城が透けて見えるため、実体はなさそうだが……霧や煙とは明らかに異なる、人為的なものに見えた。
ミレイユが近付き、その膜を調べる。
「……これも魔法ね。しかも、さっきの結界と違って、物理的に遮断するようになっている」
「じゃあ、この先には立ち入れないんですか?」
「ええ……見たことのない魔法の構成をしている。恐らく、当時の魔族が仕掛けたものよ。人間の魔法体系とはまるで違う……どうすれば解除できるのか、見当もつかないわ」
「そんな……」
ようやくここまで来たのに、立ち入ることができないなんて……
と、フリムが言葉を失った、その時。
「──〝鍵〟ダ!」
空から、声が降ってきた。
まさかと思い、見上げると……バサッ! という羽音と共に、それは飛来した。
緑の頭髪から伸びる二本の角。
背中に生えたコウモリのような羽。
鱗に覆われた身体に、爬虫類に似た長い尾。
肩には、フリムから奪ったバトルアックスを担いでいる。
「結界を解くには〝鍵〟がいル! だからこそ、オレはそれを探していタ!」
ゲオルグ。
モンスターと人間の特徴を半分ずつ持つ異形の半魔族が、四人の前に現れた。
ゲオルグは鋭い牙を覗かせながら、ニヤリと笑う。
「来たな、人間どモ。〝鍵〟は持ってきたカ?」
「ええ、言われたとおりに!」
浮遊するゲオルグに、フリムが答える。
「〝鍵〟はこの結界を解くためのものだったのですね……魔王城の封印を解いてどうするつもりですか⁈」
「キシャシャッ。好奇心旺盛なのは嫌いじゃないゼ。いいだろう、教えてやル」
ゲオルグは、翼と両手を広げ、
「オレが真に求めるものは、〝勇者の剣〟ダ! 軟弱なかつての魔王を滅ぼした、特別な武器……それが、この城に残されていル‼︎」
「なっ……!」
フリムだけでなく、ユーリスも声を上げる。
そして、ゲオルグを鋭く見上げ、
「〝聖剣〟は現代の勇者である僕のものだ! 誰にも渡さない‼︎」
「ハッ。現代の勇者ァ? 面白イ。なら……」
ゲオルグは、手のひらをこちらに向け、
「勇者ご一行サマのお手並み……拝見させていただくとしよウ!」
詠唱もしないまま、魔法攻撃を放ってきた。
顕現したのは無数の氷の矢。
雨のように降り注ぐそれを、フリムたちは回避する。
……ゲオルグが〝聖剣〟を手に入れて何をするつもりなのかはわからない。
しかし、魔王を滅ぼすほどの剣なのだから、他にはない強大な力が秘められているに違いない。
(そんなものが渡ったら大変なことになる……絶対に阻止しないと……!)
さいわい、〝鍵〟を持っているのはリューマだ。そう簡単には奪われまい。
フリムは背負っていた大剣を手にし、構える。
ユーリスも長剣を抜き、ミレイユも戦闘態勢に入った。
リューマは……
「……って、リューマをさんも戦いに参加してくださいよ!」
一人、離れたところでボサッと突っ立っているリューマに、フリムは思わず吠える。
しかしリューマは、面倒臭そうに首を掻き、
「ええ? だって〝鍵〟持ってるのは俺なんだぜ? 取られたら困るキングは最後方に下がっておくべきだろ?」
なんて、無気力に言うが……
そこへ、ゲオルグが目にも留まらぬ速さで接近し、バトルアックスを振り下ろしてきた。
「……! リューマさんっ‼︎」
フリムの声に、「ギィンッ!」という金属音が重なる。
リューマはいつの間にか手にしていた輪刀──三日月型の刃を持つ輪状の双剣で、ゲオルグの攻撃を受け止めていた。
「おいおい。いきなりキングを狙うなんて、あんたチェスのルールを知らないのか?」
刃同士をギリギリ鳴らしながら、リューマが呆れたように言う。
凄まじい反応速度を目の当たりにし、ゲオルグは好戦的な笑みを浮かべ、
「奪い合うのは駒じゃない……命ダ!」
再び、ゲオルグがバトルアックスを振るった。
リューマは輪刀をクロスさせ、それを受け止める。
そこで、
「たぁああああっ!」
ゲオルグの背後から、フリムが斬りかかった。
怪力を込めたフルスイング。
大剣とは思えない速度だが、ゲオルグの反応の方が速かった。
ゲオルグは振り返らないままにそれを避け、再び宙へと舞い上がる。
速い。
フリムは空振りしながら「くっ」と唸った。
「馬鹿メ! そう足音を立ててはすぐに気取られるゾ?」
「なっ……わたしの足音がうるさいって言いたいんですか⁈」
フリムが思わず言い返した……次の瞬間。
──ザンッ……‼︎
リューマが投げた輪刀が、ゲオルグの両翼を、根元から切断した。
速過ぎて、フリムの目にもほとんど映らなかった。
ヒュルヒュルと弧を描き戻ってくる輪刀を、リューマはパシッとキャッチする。
「ガッ……!」
地面に落下し、うずくまるゲオルグ。
それを見下ろし、リューマが言う。
「そこまで言うなら手本を見せろよ。ほら、足音立てずに歩いてみろ」
「グゥ……!」
背中から紫色の血を流しながら、ゲオルグが睨む。
飛行能力を奪うことはできたが、まだ致命傷とは言えない。
早く次の攻撃を仕掛けなければ……と、フリムは構えるが、
「キシシ……シャシャァアッ!」
──ぶわっ!
ゲオルグは、欠損した翼を、一瞬で再生した。





