追憶の陽炎
◇◇◇
──直後。
フリムの目に映ったものは……炎だった。
陽炎を揺らめかせ、すべてを焼き尽くす業火。
これは、彼女が八歳だった頃の記憶。
モンスターの襲撃に遭い、町が炎に飲まれた時の、忘れられない光景。
「お前らはそこにいな!」
燃え盛る家の中。
一人の女性が、醜い笑みを浮かべる。
フリムと、彼女の血の繋がらない姉妹たちに向け、吐き捨てるように言う。
「どうせお前らは売るつもりのガキだったんだ! ここへは入れさせない! 今まで育ててもらっただけありがたいと思いな!」
彼女は、フリムたちの養母だった。
フリムには肉親がいない。
物心がつく前に両親が死に、この女性に引き取られた。
フリムのような孤児を育て、自立するまで支援するのが生き甲斐の、優しい人。
本当の母親のように温かい人だと、そう思っていた。
しかし、それは偽りの姿。
フリムたちはただ、人身売買のための〝売り物〟として育てられていたに過ぎなかった。
その証拠に今、家の地下にある貯蔵庫に、養母は一人で避難しようとしている。
貯蔵庫は狭く、大人一人でも入るのがやっと。
フリムを含めた七人の子供たちと一緒になど、とてもじゃないが入れない。
「そんな……ママ、どうして⁈」
泣き叫ぶ姉妹たち。
養母は魔女のように笑うと、フリムたちに背を向け、
「うるさい! 泣くとモンスターにバレるだろ⁈ そこで大人しく死にな‼︎」
そう言って、貯蔵庫の扉をバタンと閉めた。
肌を焼く炎の熱。
喉を刺す黒い煙。
耳を劈く泣き声。
しかしフリムは、動かない。
表情一つ、動かさない。
これが、結界の魔法により呼び覚まされた単なる記憶であると理解しているから。
(……この時の火傷、まだ残っているんだよね。熱かったなぁ)
トラウマを追体験しているはずなのに、彼女の精神は、早朝の湖面のように凪いでいた。
養母のことは、好きだった。
裏切られた時、心が張り裂けそうに痛かった。
けれど、それはもう終わったこと。
これは過去であって、現在じゃない。
(……そう。それから、この後……)
フリムの記憶が、目の前で再演される。
この後、オリオルス帝国軍の隊士たちが救助に駆け付け、フリムたち七人は保護された。
直後、家は完全に焼け落ちた。
地下の貯蔵庫は熱と煙に満ち、結局養母だけが死んだ。
終わったこと。
すべて、過ぎ去ったこと。
フリムの精神は揺らがない。
そこで──目の前の情景が、ぐにゃりと歪んだ。
『これならばどうだ?』と言わんばかりに、結界の魔法が次なるトラウマを彼女に見せる。
景色が移り変わり……最初に感じたのは、消毒液の匂いだった。
次いで、子供たちの叫び声。
暗く、ひんやりとした空気。
チクリと蘇る、注射の痛み。
口の中に残る、苦い薬の味。
ここは……研究所。
帝国軍に保護された後、フリムが収容された、恐ろしい実験施設。
ここで彼女は、モンスターの血を注射された。
モンスターの爪や牙を削った粉を飲まされた。
魔界産の虫やカエルから精製した薬を投与された。
身体が猛烈な拒絶反応を起こし、何日間も吐き続ける。
それでも、実験は止まない。
来る日も来る日も、実験。実験。実験。
その記憶を、やはりフリムは、冷静に追体験する。
(こうならなかったとしても、知らない人に売られる未来が待っていたんだよねぇ。どっちが辛かったんだろう?)
なんて、他人事のように俯瞰した……その時。
──ドガァァアアアンッ‼︎
研究所に、爆発音が響き渡った。
それは、突然のことだった。
爆発に巻き込まれる実験体。
混乱し、逃げ出す大人たち。
瓶が割れ、こぼれ出す液体。
……覚えている。
これは、すべての終わりの日。
そして、すべての始まりの日。
でも、それももう過去のこと。
現在を生きる、わたしの一部。
だから……
(わたしは、もう…………絶望しない)
◇◇◇
──ぱち、とまばたきすると……
フリムの目に映る光景が、現実のものへと戻っていた。
金色の結界は彼女の背後にある。
トラウマの魔法を乗り越え、通過できたようだ。
「よう。気分はどうだ?」
少し先にある樹の下で、リューマがひらりと手を振った。
先に結界を越え、フリムの意識が戻るのを待っていたらしい。
「はい、大丈夫です。リューマさんは?」
「最悪だった。特にあの占い師のばーさんに五万で空箱買わされた記憶は、もう二度と思い出したくねぇ」
「あはは……リューマさん、相当落ち込んでいましたもんね」
その空箱、「やる」って言われたからポーチに入れて持ってきているんだけど……トラウマを呼び起こすのなら、彼の前では出さないようにしよう。
そんなことを考えてから、フリムは辺りを見回す。
「あれ、ミレイユさんとユーリスさんは?」
「ああ。あの二人なら……あそこにいるぜ」
リューマが指をさす。
その先を見遣ると……少し離れた場所で、ミレイユは膝を抱えて座り込み、ユーリスは両耳を押さえてうずくまっていた。
「えぇーっ⁈ だ、大丈夫ですか⁈」
フリムが駆け寄ると、二人とも何かをぶつぶつ呟いている。
「ルミアごめん……駄目なお姉ちゃんでごめん……ごめん、ごめん、ごめん、ごめん……」
「僕の名前は『ユーリス』……僕の名前は『ユーリス』……僕の名前は『ユーリス』……」
どのようなトラウマを追体験したのかはわからないが、精神に相当こたえたのだろう。虚ろな目をして震えている。
「しっかりしてくださいミレイユさん、ユーリスさん! 魔王城はもうすぐそこですよ⁈」
言いながら、フリムはバンッ! と二人の背中を叩く。
すると二人は、はっと顔を上げて、
「あれ……? 私、何を……」
「ここは……結界を越えたのか?」
「そうですよ! お二人が見せられていたのは、ただの過去です! 大事なのは現在ですよ! ゲオルグを倒して素材をゲットして、勇者の〝聖剣〟を見つけましょう!」
その言葉に、ミレイユとユーリスの瞳に正気が戻る。
そして、ゆっくりと立ち上がり、
「ええ……半魔族の素材、何が何でも手に入れるわ!」
「〝聖剣〟を手にし、僕は真の勇者となる! はっはっは!」
意外とあっさり、立ち直った。
ほっとするフリムにリューマも近付き、
「んじゃ、いよいよ行きますか。魔王城」
セリフに見合わない、緊張感のない声で言う。
いつもなら呆れているところだが……今回ばかりは、いつも通りなリューマの緩さに安心感を覚えて。
「はいっ。ラトゥリアの街を護るため……ゲオルグと決着をつけましょう!」
フリムは、力強く頷いた。





