大魔導士リシアの結界
──結局、フリムとユーリスは、リューマから武器を借りることになった。
フリムは丸腰でいるわけにいかないため。
ユーリスは、単純にリューマの武器に興味を持ったためである。
「うう、わたしバトルアックスも借りたままなのに、もう一本分お金を払うことになるなんて……」
「これはなかなか上等な武器だ! 二千ゼリンでは安すぎる! さすがは魔王城に残されていた武器だな!」
借り受けた長剣を眺め、ユーリスが満足そうに言う。
見た目だけは普通の……いや、普通よりも上質な長剣であるが、その中にもきっと魔族の精神が宿っているのだろう。
そのことを、ユーリスはまだ知らない。
(……言わないでおいた方が、いいよね?)
フリムは口をぎゅっと噤み、自分が借りた武器を見上げた。
深い紅に縁取られた、漆黒の大剣。
フリムは、この武器に見覚えがあった。
フリズモス神殿に閉じ込められた時、そして先日、アグリオ樹海でコンゴウリュウジンクワガタを追いかけた時、リューマが使っていた大剣だ。
(リューマさんの私物かと思っていたけれど……これも貸し出し品の一つだったんだ)
これには、一体どのような能力が秘められているのか。
気になりはしたが、どうせいつも教えてはくれないので、黙って背負うことにした。
そうして四人は、鉢合わせたモンスターを倒しながら、魔王城を目指し、森を進んだ。
ユーリスとミレイユの強さは想像以上だった。
おかげでフリムの出番はほとんどないままに戦闘が終わった。
ユーリスはモンスターを倒す度に「これが勇者の力だ!」とポーズを決め、ミレイユは素材を拾ってはハァハァしていた。
リューマはリューマで戦闘には手を貸さず、離れたところであくびをするのみ。
(……本当はリューマさんも強いクセに)
あくまで貸し武器屋に徹しているリューマを見つめながら、フリムは歩き続け──
「──あれは……?」
太陽が空を折り返す頃。
四人の視線の先に、これまでにない景色が現れた。
手つかずの森が広がる、その奥──金色に光る膜のようなものがあった。
緩やかな曲線を描きながら、上下左右に続いている。
恐らく、この先にある魔王城周辺をドームのように覆っているのだろう。
「もしかして、これが……」
「大魔導士リシアが張った、結界……?」
フリムとミレイユが交互に言って、それに近付く。
膜のように見えていたのは、半透明の光だった。
その光の中に、文字や魔法陣がいくつも浮かび上がっている。
実体はなく、術そのものが視認できる光となって顕現しているようだ。
「……なるほど」
結界をしばらく観察した後、ミレイユが呟く。
そして、三人の方を振り返り、
「結論から言えば、この結界は通り抜けることが可能よ」
淡々とした調子で、そんなことを言った。
てっきりこの先へは進めないと思っていたフリムは、「えっ?」と聞き返す。
「と、通れちゃうんですか?」
「ええ。何せ実体のない、ただの光だから」
「それじゃあ、結界としての意味がないのでは……?」
「いいえ、意味ならあるわ。この結界は、肉体だけなら問題なく通れる。逆に言えば……精神だけを足止めするような魔法が張り巡らされているの」
精神だけを、足止めする……?
理解を超えたその言葉に、フリムはぽかんとする。
その間の抜けた顔に向け、ミレイユが教師のように続ける。
「森に住まうのはモンスターだけじゃない。地を這う獣。空を舞う鳥。虫や、樹々……それら生態系に影響を及ぼすような結界を張るわけにはいかない。だけど、魔王城の周囲に留まる強力なモンスターを森の外には出したくない。そこで、大魔導士リシアは、精神にのみ作用する結界を張ったみたい。まったく……すごい技術よ」
「なるほど。それなら他の生き物の活動を妨げることなく、モンスターだけを足止めできますね。モンスターは精神生命体ですから!」
「そういうこと。けれど、『精神に作用する』ということは……すなわち、人間にも効果があるということよ」
フリムが「へ……」と漏らすと、ミレイユは苦笑し、
「これはね……『最も強いトラウマを強制的に追体験させる結界』。モンスターたちに、魔王が倒された時の絶望をもう一度味わわせて消滅させるためのもの……通過した瞬間、私たちにもその魔法が発動するわ」
「えぇっ……!」
そんな魔法が存在するなんて……フリムはゴクッと喉を鳴らす。
「あくまで対モンスター用のものだけれど、魔王城に不用意に立ち入ろうとする馬鹿な盗賊を撃退する狙いもあったのかもね。いい加減な気持ちで通れば、精神をやられるわ」
「精神を、やられる……」
「リスクはあるけれど、私は行くつもりよ。精神力には自信があるし、何より……そのゲオルグって半魔族の素材を、どうしても手に入れたいから」
長杖をぐっと握り、ミレイユは自らに言い聞かせるように言う。
フリムも戸惑いはしたものの、既に心を決めていた。
先へ進まなければゲオルグを倒せない。
それに、ゲオルグがこの先で待ち構えているということは、すなわちヤツはこの結界を越えられる精神力の持ち主であるということ。
……こんなところで、負けてはいられない。
フリムはぱっと顔を上げ、胸に手を当てる。
「わたしも行きます。リューマさんとユーリスさんは、どうされますか?」
振り返りながら尋ねると、先にユーリスが腰に手を当て、
「勇者たるもの、こんなところで引き下がるはずがない!」
相変わらず芝居がかった口調で、即答した。
その隣で、リューマは気怠げに首を回し、
「はぁ……虫カードが販売中止になった絶望をもう一度味わうのは気が引けるが、仕方ねぇ。行くか」
「って、リューマさんの過去一番のトラウマ、昨日の出来事⁈」
フリムが思わずツッコんだ後、ミレイユがくすりと笑い、
「トラウマって、自分でも気付いていない深層心理に根付いていたりするから、ものすごくキツイ思いをするかもしれないけれど……それでもいいの?」
三人に向け、問う。
フリムは、一歩前に出て、
「自分の精神が壊れることより、街の平和が壊されることの方がよっぽど怖いです。行かないという選択肢は、初めからありません!」
ユーリスも頷く。
リューマはだらっとした表情のままだが、概ね同意のようだ。
ミレイユは笑みを浮かべ、結界と対峙する。
「そう……なら、みんなで越えましょう。あなたたちがトラウマに押し潰されないことを祈っているわ」
彼女の隣に、フリム、リューマ、ユーリスも並ぶ。
そして、四人は同時に足を踏み出し……
黄金に輝く結界の中へと、飛び込んだ。





