怪力ポンコツ傭兵少女
──今から二百年前。
魔界に繋がるゲートが開き、〈魔王〉率いる魔族が、人間界に攻めてきた。
魔族は精神生命体。肉体が欠損しても、精神が消えない限りは無限に再生する。
加えて、同じ精神生命体である〈精霊〉を操る力──つまり、魔法の技術に長けている。
これらの理由により、人間たちは次々に蹂躙され、侵略された。
人間が死に際に抱く、強い『絶望』。
それこそが、魔族たちの一番のごちそうになるから。
そんな魔族たちに立ち向かい、魔王を打ち倒した人間がいた。
名前は、ルドヴィグ。
のちに〈勇者〉と称えられる青年だ。
ルドヴィグにより魔王は精神ごと完全に滅ぼされ、二度と復活することはなかった。
同時に、魔王に忠誠を誓っていた魔族たちは、精神の拠り所を失い発狂。
理性も知性もない〈モンスター〉へと成り果てた。
もとは人間に近い姿かたちをしていた魔族だったが、モンスター化したことで見た目も醜く変貌した。
現代では大きさや特性に応じ、ゴブリンやトロール、オーガなどと呼称されている。
それらモンスターの討伐は、リーガス商会が立ち上げた組合──『ギルド』を介し、傭兵や魔導士に依頼される。
勇者と魔王の決戦の地、そして『ギルド』始まりの地であるここ、ラトゥリアの街には、今日も多くの傭兵と魔導士が行き交っている──
◇◆◇
「──はぁぁ……またやっちゃった……」
革製の鎧を纏った一人の少女が、特大のため息をつきながらラトゥリアの街を歩く。
彼女の名はフリム。
『ギルド』から依頼を受け、モンスターを討伐することを生業とする傭兵だ。
年齢は十七歳。淡い紫色のミディアムヘアと、赤紫の瞳を持つ、愛らしい少女。
しかし彼女は今、その愛らしい顔に悲哀を漂わせていた。
何故なら……買ったばかりの剣を、折ってしまったから。
事が起きたのは少し前。いつものように『ギルド』でモンスターの討伐依頼を受注し、指定された森の奥へと向かった。
そうして、討伐対象である大型のトロールを発見し、戦闘を開始したのだが……
トロールが取り回す鎖鎌に剣が引っかかり、無理やり引き戻そうとしたところ、剣身をばっきりと折ってしまったのだ。
普通ならば、剣ではなく手の方を痛めている状況なのだろうが、フリムの場合は違う。
彼女は、可憐な見た目からは想像がつかないほどの怪力の持ち主だ。
その規格外な力のせいで、並の武器はすぐに破損してしまう。
今回のように剣が折れることもしばしば。
故に、しょっちゅう武器を買い直している。
最近ではその出費が収入を上回りそうで、次第に安物の武器しか買えなくなった。
すると、安物なせいで、壊れる頻度がさらに増す。
結果、モンスターも討伐できず終いで、報酬はゼロ。
完全に悪循環に陥っていた。
加えて、腹の虫まで「ぐぅぅ」と鳴き出す始末。
並外れた怪力の持ち主であるのと同時に、フリムは超ド級の健啖家でもある。
食費はそこいらの成人男性の五倍……いや、本気を出せば十倍はくだらないだろう。
お腹が空いたけれど、お金がない。
稼ごうにも、武器が壊れて依頼を受けられない。
武器を買いたくとも、やはりお金がない。
フリムの周りに、お金と武器と食べ物の幻覚がぐるぐると回り出す。
「うう……とにかく依頼をこなして、お金を稼がないと……でも、安くて良い武器なんてあるわけないし……」
ふらふらとした足取りで、ラトゥリアの街をあてもなく彷徨っていると──
『ギルド』の向かい。宿屋の壁面の一角に、見慣れない露店が営業しているのを見つけた。
可愛らしいストライプのひさしと、色とりどりの花の鉢。
そして……敷き布の上にずらりと並べられた、厳つい武器の数々。
その組み合わせだけでも違和感しかないのに、店主もまた異様だ。
黒髪と、赤い瞳を持つ男。年齢は二十代半ばくらいか。
鋭利な武器に囲まれているにも関わらず、その表情には鋭さがまるでない。
敷き布の隅で行儀悪く胡座をかきながら、手元の小さな紙に何かを描いているようだった。
『武器屋』と呼ぶにはあまりにファンシー、且つ粗雑、且つ怪しすぎる。
しかし、置かれている武器は、遠目に見てもどれも上等だった。
(こんな露店、こないだまでなかったのに……最近この街にきたのかな?)
フリムは興味の惹かれるまま、店先に置かれた立て看板を覗いてみる。
『貸し武器屋リューちゃん』
そんな屋号が、味のある手書きの文字で描かれていた。
「〝貸し〟武器屋……?」
武器を貸し出す店なんて、聞いたことがない。
大抵の傭兵は自分に合った一つの武器を長く愛用するものだから、基本的に借りる必要がないのだ。
しかし、それでも商売が成り立つということは、一定層からの需要があるのだろう。
そう。例えば……まさに今の自分のような状況の客から。
(新品の武器を買うよりは、借りた方が安く済むかも……いくらくらいなのか、聞くだけ聞いてみようかな)
フリムは少し緊張しながら、『貸し武器屋リューちゃん』に声をかけた。
「あ、あのー……」
「ん? ああ、いらっしゃい」
黒髪の男が顔を上げ、フリムを見る。
客が来たというのに、その表情はやはりどうにも気力に欠けている。
「ここは、武器を貸してくれるお店なんですか?」
「そ。長剣に大剣、戦斧に戦鎚、槍に棍棒、弓にクロスボウ。ここに並んでいるもの以外にもいろいろあるぜ」
「お代は、いくらくらいですか……?」
「最長七日間で、一律二千ゼリンだ」
「えっ⁈」
や、安い。
長剣を新品で買おうとすれば、どんな安物でも最低一万ゼリンはする。
それを考えれば、破格の値段設定だ。
「ちなみに……もし、お借りしている武器を壊してしまった場合、弁償は……」
「壊す? ははっ、それはあり得ねぇ。そんな心配するくらいなら、てめーの怪我の心配した方が有意義だぜ」
つまり、滅多なことでは壊れないくらいに頑丈な武器、ということ?
きっと様々な傭兵が繰り返し使うことを想定して、強靭に造られているのだろう。
……二千ゼリンなら、ギリ払える。
新しい武器を買うまでの間、ここで武器を借りて、資金を稼ぐのがいいかも。
少し怪しい店ではあるが……
「か……貸してください!」
フリムは、意を決し、
「わたしに、特に頑丈な武器を、貸してください」
そう申し出た。





