営業開始
『金は出せないが、他のことなら手伝ってやる。
この街へ戻ってくるのが何年後になるかは知らないが、お前さんがギルドの立ち上げと、ウチの宿の存続に貢献してくれたことは忘れない。
「貸し武器屋」なんていう酔狂な商売をまだ続けているのなら、壁沿いの一画を使いな。
住むところがなけりゃ空き部屋も貸してやる。
そんでまた傭兵たちをウチの宿に招いとくれ。
共存共栄は商売のキホンだろう?
そういうわけだから、よろしく頼むよ。
ローサ』
読み終えたリューマは、息を吐く。
粗暴で商魂逞しく、それでいて誰よりも情に厚い、彼がよく知るローサらしい手紙だった。
リューマが内容をあらためたことを確認し、ローサによく似た現女将のアゼリアが言う。
「ということだから、この部屋は好きに使いな。もちろん、多少の家賃はいただくからね。狭いだ何だと文句を言うんじゃないよ」
「まだ何も言ってねーよ」
「にしてもお前さん、随分と身軽だね。肝心の商売道具は、運び屋にでも頼んでんのかい?」
「いいや、ちゃんと──ここにあるぜ」
言って、リューマが斜めに背負っていた大剣用の鞘を下ろして見せるので……アゼリアは顔を顰めて聞き直す。
「って、鞘だけじゃないか。中身はどうしたんだい?」
「だから、全部こん中に入ってんだよ。ほら」
リューマは、鞘から剣を抜くような素振りをする。
すると、次の瞬間──眩い光と共に、一振りの長剣が現れた。
目を疑い、唖然とするアゼリア。
だが、奇妙な現象はそれで終わりではなかった。
リューマは何もない鞘から次々に武器を取り出す。
双剣、大剣、槍、弓、クロスボウ、戦斧、棍棒……
そして、重々しいウォーハンマーを取り出し、床に置こうとしたところで、アゼリアはようやくリューマを止めた。
「お待ち! そんなモン置いたら床が抜けちまう! わかったから全部しまっとくれ!」
「なんだよ。中身はどうしたって言うから見せたのに」
悪態をつき、面倒臭そうに武器をしまうリューマ。
様々な形状の武器が光りながら鞘の中へと吸い込まれていく様に、アゼリアはやはり奇妙さを禁じ得なかった。
「まったく……伝え聞いていた通り、何かと非常識な奴みたいだね」
「非常識なのはあんたの方だろ。ローサの遺言があったにせよ、俺みたいな得体の知れない野郎をいきなり住まわせるなんざ、どうかしてる」
「得体なら知っているさ。それも二代目の遺言に残されていたからね。お前さんの素性は、ちゃんと理解しているよ」
紅の引かれた唇を不敵に吊り上げるアゼリア。
その笑みは、やはりローサに似ていて……リューマは呆れたように半眼になる。
「知ってるなら尚更、どうかしているな」
「ははっ。ここいらは最近物騒でね。モンスターが商人の馬車を次々に襲っている。これまでにない数と頻度で、傭兵たちも困り果てているが……お前さんの武器がありゃ、それも解決するかもしれない」
「なるほど。俺の素性を差し引いてでも、『貸し武器屋』としての需要があるんだな」
「そういうことさ」
アゼリアは肩をすくめ、廊下に向かう。
「それじゃあ早速、『貸し武器屋』の営業を開始してもらおうかね。おーい、リスタ! リスタはいるかい?」
アゼリアが廊下の向こうへ呼びかける。
直後……たったったっ、という軽やかな足音が近付いてきた。
「例の『貸し武器屋』が来たよ。外の場所を案内してやっとくれ」
アゼリアが言うと……扉の陰から、小さな頭がひょこっと覗いた。
アゼリアと同じ翠色の瞳を持つ、七歳くらいの少女だ。
二つに結った茶髪を揺らしながら、不思議そうにリューマを見上げている。
「孫のリスタ。ウチの看板娘だよ」
アゼリアの紹介に、リューマは「へぇ」と言いながらリスタの前にしゃがみ、
「リューマだ。よろしくな、看板娘さん」
と、柔らかな口調で挨拶した。
リスタは、ぱぁっと顔を綻ばせ、愛らしく笑って、
「わぁ……よろしくね、『招き猫』兼『番犬』のおにーさん!」
……という、よくわからない呼び名を口にした。
リューマは目を点にし、念のため聞き返す。
「ん……? 招き猫、兼、番犬?」
「だって、ウチでは代々そう伝わっているよ? すごい武器を貸し出して傭兵のお客を呼び寄せる『招き猫』で、何かあればなんやかんやで戦ってくれる強い『番犬』だって。『超使い勝手のいいあんちゃんだから、戻ってきたら絶対離すな!』。それが二代目が残した家訓なの!」
……ローサの奴め。好き放題言い残しやがって。
苦笑したのも束の間。リスタはリューマの手を引き、駆け出す。
「来て! 『貸し武器屋さん』をするのにぴったりな場所があるから!」
そのまま外に出て、宿の側面──ギルドのテントに面した場所まで連れていかれる。
そこには、鮮やかな花の鉢がいくつも置かれていて……ストライプ柄の可愛らしいひさしがかかっていた。
「ここを使って! いつか来るあなたのために用意しておいた場所なの! 雨の日でもひさしがあるから、へっちゃらでしょ?」
言いながら、レバーを回してひさしを伸ばすリスタ。
それを見上げ……リューマは思い出す。
『貸し武器屋』を始めたばかりの頃、ローサがオンボロな宿の壁面に、ひさしを付けてくれたことを。
『──この街を救う武器が、雨で錆びちまったら世話ないだろ?』
あの時ローサはそんな風に言っていたが、本当は知っていたはずだ。
リューマの貸し出す武器が、錆とは無縁であることを。
それでも、わざわざひさしを付けたのは……リューマが雨に濡れないためだったのだろう。
そして、宿屋を建て替えた後にもひさしを付けるよう、子供たちに残した。
いつ戻るのかもわからないリューマのために。
遺されたその精神を理解し、リューマは……
「……ったく。つくづく、敵わねーよ」
「えっ? なにか言った?」
「なんでもねぇ。ひさし、出してくれてありがとな。それじゃあ──」
リューマは、ひさしの下のレンガ畳みに敷き布を広げる。
そして、鞘から取り出した様々な武器を並べ、ドカッと座る。
最後に、手書きの立て看板を目立つ場所に置き……
「──『貸し武器屋リューちゃん』。営業開始だ」
新天地での商いを、揚々と始めた。





