手紙
──ハイベルグの街を離れた翌日の昼過ぎ。
リューマは、目的地であるラトゥリアの街へ辿り着いた。
高い壁にぐるりと囲まれた、大きな商業都市だ。
商人、傭兵、魔導士、あらゆる職種の者が通りを行き交い、様々な露店が軒を連ねている。
その光景に、リューマは「へぇ」と声を漏らす。
彼が『貸し武器屋』を始めた頃の何倍も街が栄えていることに驚いたのだ。
リューマは記憶を頼りにメイン通りを進む。
以前から続いている店もあるが、ほとんどが彼の知らない新しい店に変わっていた。
程なくして、円形の大きなテントが見えてきた。
モンスターの討伐をはじめとする様々な依頼を募集し、傭兵や魔導士に斡旋する組合の拠点──通称『ギルド』。
リーガス商会が運営するこのギルドは、今でこそオリオルス帝国内のほとんどの街に拠点を構えているが、その始まりはここ、ラトゥリアの街からだった。
「はー……随分と立派になったなぁ」
以前より大きく綺麗になったテントを見上げ、リューマは呟く。
それから……そのテントの向かいにある建物に目を向ける。
そこには、小さな宿屋があるはずだった。
古くて、小汚くて、でも不思議と人を惹きつける、温かな宿。
そして……リューマが『貸し武器屋』を始めた場所。
宿の外にあるひさしの下を借りて、ギルドを行き来する傭兵たちに武器を貸し出したのが始まりだった。
しかし、その宿屋も様変わりしていた。
かつてあったオンボロの木造二階建ては見る影もなく、三階建ての洒落た建物がどどんと建っていた。
「ま、さすがに時代の波には抗えない……か……」
……と、言いかけて、リューマは固まる。
新しい建物の看板。
そこに書かれた店名──『アルヘナポルク』。
それはリューマが知る、あのオンボロ宿と同じ名だった。
「う……ウソだろ? あのばーさんの店が、こんな立派に建て替えられたのか……?」
なんて、一人零した、その時。
「──誰だい? 人を『ばーさん』呼ばわりしてんのは」
リューマの横から、嗄れた声が飛んできた。
「あたしの宿に何か用かい? 宿泊なら受付へ回んな」
声の主は、白髪の女性だった。
年齢は五十から六十代くらいか。翠色の澄んだ瞳と大ぶりなイヤリングが印象的な、勝気そうな老婦である。
口ぶりからして、この宿の主人らしいが……リューマは彼女の姿に、わなわなと震えた。
「そのイヤリングと目の色……あんた、まさか……ローサ……?」
ローサとは、かつての『アルヘナポルク』の女主人だ。
自らその名を口にしておきながら、リューマは「ありえない」と胸中で否定する。
何故なら、彼女はもう……
『ローサ』という名を聞いた途端、指をさされた老婦がぴくりと反応した。
そして、リューマの顔をまじまじと見つめ、
「黒い髪に赤い目、生意気な犬歯、緩み切った表情筋……なるほど。お前さん、『貸し武器屋』のリューマだね?」
などと聞き返すので、リューマはぽかんとする。
その間の抜けた顔に、女主人はニッと笑い、
「まさか本当に会えるとは。あたしはアゼリア。ウチの二代目──お前さんが言う『ローサ』から、いつかあんたが来ることは伝わっているよ」
そして、リューマにくるっと背を向けて、
「この街でもう一度『貸し武器屋』をやるってんなら、ついてきな。協力してやる」
言いながら、宿の中へと消えていく。
リューマは目をぱちくりさせながらも、その後についていった。
──宿屋『アルヘナポルク』の中は、外観同様、洗練された雰囲気に満ちていた。
ミントグリーンに塗られた壁。
出窓や棚に置かれた色とりどりの花。
素朴ながらに上質な調度品。
一階には受付カウンターがあり、その横には食堂兼酒場が併設されていた。
女主人・アゼリアは、受付カウンターの奥、従業員だけが立ち入ることのできる場所へとリューマを誘う。
そこから続く短い廊下の突き当たりに、扉があった。
アゼリアはエプロンのポケットから鍵を取り出し、その扉を開けた。
開かれた先は、空き部屋だった。
ベッドとクローゼットの他には一対のテーブルと椅子しかない、質素な部屋。
アゼリアは部屋に入り、クローゼットへと向かう。
そして両開きの扉を開け、中の引き出しから何かを取り出し、リューマに差し出した。
それは……
「手紙……?」
「そう。ローサから、お前さんに宛てたモンだ」
アゼリアから渡された封筒を、リューマは慎重に開ける。
元は白い紙だったのだろうが、年月が経っているためか、封筒も中の便箋も黄ばんでいた。
便箋を開くと、そこには……こんなことが書かれていた。
『リューマへ
金ならないよ。他を当たんな』
……ローサのぶっきらぼうな声がそのまま聞こえてきそうな一文だった。
「別に、金に困って来たわけじゃねーよ」
思わずツッコミながら、リューマは二枚目の便箋に目を落とした。





