始まりの街
まったく。どうして彼らは、揃いも揃って宴好きなのか。
やれやれと息を吐きながら、リューマは古びた酒場の扉を気怠げに開けた。
漆黒の短髪に、猫背気味な長身。
真紅の瞳は宝石を思わせるが、眠そうな瞼のせいで半分しか覗いていない。
開けた扉の先は、酒場特有のやかましさに満ちていた。
「乾杯!」とジョッキをぶつけ合う音。
酔いどれたちの豪快な笑い声に、ご機嫌な歌声。
そんな賑やかな雰囲気に不釣り合いな無気力顔で、リューマは店内を進む。
騒々しいのが嫌いなわけではない。単純に、この顔が彼のデフォルトなのだ。
リューマの顔馴染みの客たちが、「リューマさん!」「よお、リューマ!」と口々に声をかけるので、彼は軽く手を上げて応えた。
やがてリューマは、目的の人物がいるテーブルの前で足を止めた。
モンスターの討伐を生業とする傭兵、バッカス。
年齢は二十九歳。くすんだ金髪と頬にある傷跡が特徴的な、大柄の男だ。
彼は傭兵仲間と共に、赤ら顔でジョッキを煽っていた。
リューマはかったるそうに目を細め、彼に言う。
「バッカス。武器の返却期限は今日だ。くたばりたくなかったら、次の一杯を頼む前に返すんだな」
そこでようやくバッカスはリューマに気付き、ジョッキを置く。
「ああ、リューマさん! 悪い悪い! 忘れていたわけじゃないんだが、あの『青髪のオーガ』を討伐したからには、宴をせずにはいられなくてな!」
言いながら、バッカスは壁に立てかけていた長剣を取り、リューマに差し出した。
『青髪のオーガ』とは、このハイベルグの街を長年脅かしてきた凶暴なモンスターだ。
これまで数々の傭兵や魔導士が挑んだが、あと一歩のところで取り逃してきた。
その難敵を、バッカス率いる討伐パーティがついに打ち倒したのだ。
ギルドから受け取った褒賞金は三十万ゼリン。
一般的なモンスターの討伐報酬が一万から五万ゼリン程度であることを考えれば、確かに宴をせずにはいられない額だが……
返却された長剣を、リューマは斜めに背負った長大な鞘に納める。
そして、バッカスをジトッと睨み、
「『オーガ』を倒したのは三日前だろ。あと何日宴を続けるつもりだ?」
「あっはっは! 『宴は一晩で終わらせろ』なんて規則は、ギルドのルールブックにもないだろ? せっかくだし、リューマさんも飲んでいけよ!」
「酒は大したエネルギーにならない割に金がかかるからイヤだ」
「もちろん俺が奢る! リューマさんに借りた武器には数え切れないほど世話になったからな! ぜひ礼をさせてくれ!」
──奢る。
それは、リューマが最も好む言葉の一つだった。
覇気のなかった瞳を僅かにキラめかせ、リューマはバッカスの向かいに座る。
「そういうことなら遠慮なく。すみませーん。アンブル蜜酒、樽で持ってきてくださーい」
「あっはっは! リューマさん、俺を破産させる気か?」
店で一番高い酒を樽で頼むリューマに、笑顔で戦慄するバッカス。
そうして、『青髪のオーガ』討伐の祝宴(三日目)は、賑やかに過ぎていった──
──数刻後。
千鳥足になったバッカスを支え、リューマは酒場を出た。
一緒に飲んでいた傭兵たちに別れを告げ、各々の帰路へと就く。
すっかり夜が更け、ハイベルグの街を照らすのは酒場の灯りのみとなっていた。
「ひっく……すまねぇな、リューマさん」
「まったくだ。介抱代、二万ゼリンな」
「勘弁してくれ。あんたがしこたま飲んだせいで財布の中身がすっからかんだ……せっかく褒賞金を稼いだってのによ」
舌ったらずな声で文句を言うバッカス。
その肩を支えながら、リューマは息を吐く。
「……また稼げばいいだろ。あんたは名実共に、この街の英雄になった。今後はギルドから指名の依頼も増えるだろうよ。酔い潰れている暇なんてないぜ」
「確かに俺は『青髪のオーガ』を倒したが……俺一人の力じゃ無理だった。奴に勝てたのは、リューマさん……あんたの武器のおかげだよ」
酔いを滲ませながらも、バッカスははっきりと言う。
「風を纏う剣に、雷を放つ槍。凍結を誘う斧に、大地を揺らすハンマー……リューマさんが貸し出す武器は、どれも不思議な力を持っている」
バッカスの言う通り、リューマの生業は『貸し武器屋』だ。
モンスターの討伐依頼を請け負う傭兵を相手に、様々な武器──それも、他にはない魔力を秘めた武器を貸し出している。
「その上、無茶な使い方をしても折れないどころか刃こぼれ一つしない。一体どこから仕入れた武器だ? それともあんたが普通の武器を魔法で加工したのか?」
面白がるように尋ねるバッカスに、リューマは淡々と答える。
「何度も言っただろ? 知りたけりゃ情報料を払え。一語につき十万ゼリンだ」
「ははっ、また値上がりしていやがる。とにかく、リューマさんの武器には世話になった……ありがとうな」
そして、バッカスは星の散らばる夜空を見上げる。
「傭兵として、モンスターの討伐を始めて十年……まさか、この俺が英雄になれるとはな。本当に……最高の気分だよ」
そう感慨深そうに言ってから……リューマのことをニヤリと見つめ、
「にしても、リューマさんは十年前から変わらねぇな。今じゃ俺の方が老けちまった。それも何かの魔法か?」
「んなワケねーだろ。美容に気ぃ遣っているだけだ」
「ウソつけ」
「ウソじゃねーよ。俺が『美肌のための薬草検定一級』の資格を持ってんの、知らねーのか?」
「知らねーよ。つーか何だその資格は」
「とにかく、俺はあんたみたいに金と健康を浪費するような飲み方はしねーの。これからも若々しい英雄でいたいのなら、酒との付き合い方をあらためるこった」
「あーあー、耳が痛いぜ」
などと言っている内に、バッカスの家の前に辿り着いた。
リューマは支えていた腕を離し、そっけなく言う。
「ほら、さっさと入って寝ろ」
「ありがとな、リューマさん。介抱代の二万ゼリンは……」
「もう遅いから、次会った時でいい」
「冗談じゃなかったのかよ」
言葉とは裏腹に、バッカスは楽しそうに笑って、
「んじゃ……またな、リューマさん」
いつものように、手を振った。
だからリューマも、いつものように、
「おう。まいど」
とだけ言って、別れた。
バッカスを見送り、リューマは歩き出す。
十年……もう十年もこの街にいたのか。
目下の不安材料であった『青髪のオーガ』は、無事に討伐された。
別の街に移るには、いい頃合いだ。
リューマは、街の外に向けて歩き出す。
バッカスを始め、馴染みの客は多くいるが、別れは告げない。
彼が街を去る時は、いつもそうだった。
さて、次はどこで『貸し武器屋』をやろうか。
このオリオルス帝国の主要な街は、一通り回ってしまった。
となると……
「……ここいらで、振り出しに戻ってみるか」
そう呟き、リューマは斜めにかけた鞘を背負い直す。
行き先は、ラトゥリアの街。
二百年前、〈勇者〉と〈魔王〉が戦った伝説の地であり──
リューマが『貸し武器屋』を始めた、最初の街でもあった。
ということで、久しぶりのガッツリ異世界ファンタジーです。
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