揺らめく火影
──日没後。
馬車は、タシナの森の入り口に辿り着いた。
鬱蒼と茂る、夜の森。
もう何度も……何なら昨晩もここへ来ているが、フリムはその暗さと深さに、あらためて畏れを抱く。
が、リューマは馬車を降りるなり、何の躊躇いもなく森へずかずかと踏み込んだ。
フリムが「待ってくださいよ!」と後を追う中、リューマは背にした鞘から武器を抜く。
取り出したのは、炎の灯る松明……否、光を放つ棍棒だ。
太陽を孕んでいるかのごとく煌々と輝き、周囲を明るく照らしている。
「わぁ……すごい光量ですね」
「本当は目くらましのための能力なんだが、こんな使い方もできる」
視界が明瞭になり、フリムの不安も少し和らいだ。
ほっとした様子の彼女に、リューマが続ける。
「魔王城はここからだいぶ行った先にある。今日は水辺の近くで野宿しよう」
「わかりました」
二人は棍棒の光を頼りに、森の中を進んだ。
やがて、涼やかな水音が聞こえ、視界が開けた。
小さな池のほとりに辿り着いたのだ。
ここならば水が確保できる上、モンスターの接近も察知しやすい。
二人は平らな地面を選び、野営の準備を始めた。
落ちている枝葉を集め、火を点ける。
光る棍棒を地面に突き立てているため既にかなり明るいが、火は暖を取るために必要だ。
それに、食材を調理することもできる。
「あんた、腹減ってるだろ? 俺はハチミツ料理を食ったからいいが、あんたは昼飯を抜いている。池で魚でも捕まえてやろうか?」
火打石をしまいながら、リューマが尋ねる。
何気ない口調ではあるが、フリムは警戒した。
だって、リューマが無償で何かを施してくれるはずがないから。
きっと「手間賃と食材提供代、しめて五万ゼリン請求する」とか言い出すに決まっている。
こんなこともあろうかと、フリムは秘策を用意していた。
だが、それはそれで、別のリスクがあるもので……
「……大丈夫です。わたし、携帯食料を持ち歩いているので」
「へぇ。さすがは傭兵、準備がいいな」
「でも、その食料が、その……普通の人には、けっこうウケが悪くて」
フリムは思い出す。
傭兵になったばかりの頃、他の同業者と討伐パーティを組もうとした時……
この〝非常食〟を見せて、ドン引きされたことを。
そんなこととはつゆ知らず、リューマはけろっとした顔で返す。
「携帯食料なんざどれもウケが悪いモンだろ。味より栄養重視なんだから」
「はは……そうですかね?」
「そうだよ。遠慮せず、早く出して食え」
「じゃあ……思い切って出しちゃいますね」
フリムは、リューマに引かれることを覚悟し……
腰のポーチからそれを、バッと取り出した。
「わたし、実は…………カエルが大好物なんですっ‼︎」
……そう。
その手に握っているのは、串刺しにしたカエルの干物。
彼女の非常食……というより、日常的なおやつである。
「すみませんすみません! 昔からカエルとかトカゲとか、魔界産のゲテモノが大好きで! こう、ワイルドな味がするというか、元気になるカンジがするというか……!」
リューマの反応を待たないまま、フリムは一方的に捲し立てる。
「とにかく、あっちでコソコソ食べますので! どうぞお構いなく……」
「待てよ」
離れようとするフリムの手を、リューマが掴む。
フリムが驚き、「えっ?」と振り返ると……
リューマは、真剣な表情で彼女を見つめ、
「あんた、それ……」
「は、はいっ………?」
「……ミドリボスガエルじゃねぇか。味もいいし、栄養価も高い。食うのにうってつけのカエルだ」
などと、感心したように言うので、フリムは拍子抜けする。
「ひ……引かないんですか?」
「引くってなにが」
「だから、その……カエルなんか食べて、気持ち悪い女だって思いません?」
「ぜんぜん」
ばっさり。
リューマは、フリムの心配を真っ向から斬り捨て、
「俺も昔はよくそいつを食ってた。なるほど、干物にするといいのか……保存も利くし、旨味が凝縮されて良さそうだ」
顎に手を当て、うんうん頷く。
な……
(なんてこと……引かれるどころか、ゲテ食いに共感してくれるなんて……!)
フリムは嬉しくなり、キラキラと目を輝かせ、リューマに近付いた。
「実はこの干物、リューマさんに『砂神の長槍』をお借りした時に作ったんです! カエルをたくさん捕まえて、あの槍で貫いて!」
「ほう。キノコじゃなくカエルを干物にしていたのか。そりゃ名案だ。なら……」
リューマは、すぐ横にある池を見遣り、
「……ここにも、カエルがわんさといるはずだ。槍で捕まえて、今夜は干物パーティーとしゃれこもう」
「大賛成です‼︎」
そうして二人は、『砂神の長槍』を使い……カエル狩りをした。
槍は貫いたそばからカエルの水分を奪い、干物にしていく。
それをフリムが持参した串に刺し、焚火で焼いて食べた。
パリッとした皮。滴る肉汁。鶏肉に似た野性味のある味。
大好物を思う存分食べ、フリムは大満足……とまではいかなかったが、腹四分くらいまでは満たすことができたので、ひとまず落ち着いた。
「はぁ、おいしかったぁっ……ごちそうさまでした!」
「ごちそうさん。んじゃ、寝ろ」
食べ終わるなり、リューマが立ち上がる。
「見張りは俺がする。ほい、ここに横になれ。寝心地は悪いだろうが、何もないよりはマシだろ」
そう言って、着ていた上着を脱ぎ、地面に敷いた。
フリムは……目と耳を疑う。
そして、すぐに確認する。
「……いくらですか?」
「あ?」
「見張り代および上着貸し出し費用、しめて何万ゼリンですか?」
「あのなぁ……」
リューマはげんなりと息を吐き、
「ただでさえレディを野宿に付き合わせているんだ。こんくらいやって然るべきだろ? さすがに金は取らねーよ」
れ、れれれ、レディ⁈
金は、取らない⁈
フリムは身震いをして、リューマの正気を疑う。
「どうしたんですかリューマさん⁈ まさか……さっき食べたカエルに人格を変える毒が含まれていたとか⁈」
「んなワケねーだろ」
「じゃあなんでですか⁈ どうして急に紳士的な振る舞いを⁈」
「何を言っている。俺はずっと紳士的だろうが」
「どこがですか⁈」
「ほう……いいのか? ンなこと言って」
リューマはニヤリと笑うと……フリムの顔を、ぐっと覗き込む。
そして、顎をくいっと持ち上げて、
「俺が紳士的な振る舞いを止めたら──あんた、大変なコトになるぜ?」
目を細めながら、妖しく囁いた。
月光に照らされる赤い瞳。
その奥に、何か……フリムの知らない、深淵が広がっているような気がして。
「た……たた、大変なコトって……⁈」
突然変わったリューマの雰囲気に、フリムは大いにたじろぐ。
しかし、リューマは答えない。
代わりに、くすりと笑って、
「……いいから、さっさと寝ろ。明日は夜明けと共に行動を始めるぞ。眠いだなんだと駄々をこねたら置いていくからな」
「お、起きられますよ! っていうか、途中で見張り交代するので、ちゃんと起こしてくださいね!」
「わかったわかった」
適当な返事をし、離れるリューマ。
そのまま、焚火に枝をくべ始めるので……
フリムは地面に敷かれた上着の上へ横になり、目を閉じた。
(びっくりした……今のリューマさん、一体何だったの?)
目を閉じると、鼓動の音が余計にうるさく聞こえる。
フリムは横向きに丸まり、胸を押さえた。
(今日一日、一緒に過ごして、リューマさんのことたくさん知れたと思ったけど……わからないことも、ますます増えた)
そして、うっすらと目を開け、
(……不思議な人。魔王城に辿り着いて、〝鍵〟が何なのかがわかったら……リューマさんのこと、ちゃんと知れるのかな?)
ゆらゆら揺れる、炎の影。
それを最後に映すと、フリムは瞼を閉じ……眠りに就いた。





