下心の応酬
「りゅ、リューマさんっ。フリムです。ちょっと、お話ししたいことがあるのですが……」
すると、部屋の中から「どーぞ……」という、いつも以上に覇気のない声が返ってきた。
これは……本当に具合が悪いのかもしれない。
フリムは「失礼します」と言って、扉を開けた。
部屋は、驚くほどに質素だった。
ベッド、クローゼット、一対のテーブルと椅子。
あるのはそれだけ。
そんな、がらんとした部屋のベッドの上に、リューマはいた。
うつ伏せの状態で、枕に顔をうずめている。
そのまま、フリムの方を見ずに言う。
「……なに」
明らかに様子がおかしい。
無気力で気怠げなのはいつものことだが、なんというか、元気がない。
「だ、大丈夫ですか、リューマさん? 具合でも悪いんですか?」
扉を閉め、ベッドに近付きながら尋ねる。
リューマは、やはり枕に顔を沈めたまま答える。
「具合は悪くない」
「じゃあ、どうして元気がないんですか?」
「悪いのは、具合じゃなくて……運気だ」
フリムは思わず「運気?」と聞き返す。
リューマは、ようやく顔だけを彼女に向け……こう答えた。
「……俺の描いた虫カードが、発売中止になった」
「えっ? どうしてですか?」
「最強のカードを手に入れたいあまり、ガキどもが犯罪じみた真似をし始めたんだと。今朝、保護者たちが怒鳴り込みに来た」
「そんな……ひどい。リューマさんが悪いわけじゃないのに」
「だろ? やっぱりそう思うよな? なんなんだよ、ちくしょう。闇オークションだの贋作だの、近頃のガキはマセすぎだっつうの。昔はこんなことなかったのに……」
「闇オークション⁈ 贋作⁈」
「だいたい、そういうことをしちゃいけないって教育するのが親の役目だろ。それを売り手側に責任転嫁するとか、どういう神経していやがる……リスタもリスタだ。俺一人にぜんぶ罪をなすりつけて。この歳で大人に詰められるの、まじで嫌だったんだけど」
な……なんか……
(リューマさんが、信じられないくらい、めそめそしている……!)
フリムは衝撃を受ける。
いつも飄々とした彼に、こんな一面があるとは思いもしなかった。
軌道に乗っていたカード販売事業が頓挫したことが、よほどショックだったのだろう。
何と声をかけるべきか迷うフリムに、リューマは愚痴を続ける。
「しかもその後、占い師のばーさんから『災いをすべて祓う』っていう聖遺物を買ったんだけど……」
言って、テーブルの上を指さす。
そこには、手のひらサイズの木箱が置かれていた。
「これですか?」
「うん。中、見てくれ」
言われるがままに、フリムは木箱の上蓋をパカッと開ける。
が……
「え……空っぽ?」
「そう……中身、入ってなかった」
「入れ忘れってことですか?」
「すぐに戻ったけど、占い師のばーさんは姿を消していた」
つまり……中身のない空箱を掴まされたという、詐欺被害。
「ちなみに、これ……おいくらで買ったんですか?」
「ごまん」
「へっ⁈」
「五万ゼリン……だって、すげー聖遺物だっていうから、資産になるかなって思って」
リューマは再び枕に顔を押し付け、「はぁぁ」と息を吐く。
「俺はもう駄目だ……いつもならこんな詐欺、絶対引っかからないのに、動揺してつい買っちまった……歳かな」
「そそそそんなことないですよ! リューマさん、まだ全然お若いじゃないですか!」
「だって、空箱に五万だぞ? 五万あったら何ができるよ? 取りたい資格ぜんぶ取って、取得済の資格の更新費にも充てられるじゃねぇか……」
「前々から思っていたんですが、リューマさんって資格取るのが生き甲斐なんですか⁈」
ツッコみつつも、フリムは焦る。
(どうしよう。こんなに落ち込んだ状態じゃあ「武器盗まれました!」だなんて、とてもじゃないけど言えない。なんとかして元気を取り戻してもらわないと……!)
「……あっ。でもこの木箱、よく見るとけっこうおしゃれかも? こう、素朴な感じで」
「どう見てもそこいらで拾った中古品だろ」
「と、討伐したモンスターの素材とかを入れるのにも使えそうですよね! ほら、意外と丈夫そうですし!」
「そうか。じゃあ、やる」
「え?」
「その箱、あんたにやる」
こちらを見ずに、投げやりな声で言うリューマ。うーん、思ったよりも重症なようだ。
フリムは、突っ伏したままのリューマの背に、そっと手を置く。
「元気出してくださいよ、リューマさん。らしくないですよ?」
「…………」
「いつもみたいにヘラヘラしていてくれないと、わたし……調子狂っちゃいます」
「…………」
「リューマさんにはいつもお世話になっているので、わたしにできることがあれば何でもしますよ。そうだ、気分転換にお散歩でも……」
と、言いかけたところで。
「……言ったな?」
リューマが聞き返したかと思うと……
フリムは、背中を撫でていた手をぐいっと引かれ──
彼の横に、倒れ込んでいた。
要するに……ベッドの上で、添い寝をしているような状態だ。
(な……なななな、なぁああっ⁈)
フリムは全身を赤くして狼狽える。
「本当に……何でもしてくれるんだな?」
掴まれたままの腕。
密着する身体。
否が応でも感じる体温……
うそ……確かに、勢い余って「何でもする」って言っちゃったけど……
(だからって……リューマさんが、こんなコトを求めてくるなんて……!)
ありえない。
だってわたし、色気とか皆無だし。
当然、経験もないし……!
「いえ、その、それはっ……言葉の綾というか……!」
「今さらナシとは言わせないぜ?」
リューマの深紅の瞳が、フリムに近付く。
今まで意識したことはなかったけれど……なんて魅惑的な色をしているのだろう。
(もしかして、これが……大人の色気……?)
早鐘を打つ鼓動に、くらっと意識が飛びそうで……
(わたし……わたし…………っ)
と、思わず瞼を閉じかけた……その時。
「──奢って」
……リューマは、きゅっとフリムの手を握りながら、
「俺のこと慰めたいなら、なんかうまいモン、奢ってくれよ」
……赤い瞳を潤ませ、甘えるように、言った。
フリムは……未だ止まない胸のドキドキと、困惑と、恥ずかしさに襲われ、思考がぐちゃぐちゃになり、
(わ……うわぁあああっ! そうだよね! だって、リューマさんだもん‼︎)
そう。
この男が、色っぽい要求などしてくるはずがなかった。
口を開けばすぐに金、かね、カネ。
金による心の傷は、金でしか癒せない。
だから、必要以上に落ち込んでいるフリをした。
フリムに、食事を奢らせるために。
(くっ……そんなんだから『モテ男検定二級』止まりなんだよ‼︎)
しかし今回ばかりは、フリムも人のことを言えなかった。
何故なら彼女には、「借りた武器を盗まれた」という引け目がある。
その話をしやすくするために彼を慰めようとしていたのだから……下心があったのはお互い様なわけである。
フリムは考える。
ここで奢るのを拒否したら、リューマはまたうじうじモードに戻ってしまうだろう。
そんな状態で「武器盗まれました!」などと言えば、リューマは激昂すること必至。
ただちに殺され、貯金をすべて巻き上げられた上で臓器を売られ、罰金五百万ゼリンを死にながら支払うことになるはずだ。
それだけは……何としてでも避けなければ。
「……わかりました」
フリムは、覚悟を決めながら、
「食べたいもの、何でも奢りますので……早くご機嫌直してください」
持ち合わせで足りるかな……と、内心涙を流すのだった。





