凶事の兆し
「──くぁ……ふぁあ」
あくびをしながら、腕を伸ばし……
リューマは、下宿先である宿屋『アルヘナポルク』から外に出た。
早朝。
ラトゥリアの街が商売に目覚める時間である。
「さぁて、今日も仕事仕事……っと」
気怠げな猫背のまま、いつもの『貸し武器屋』の定位置に向かおうとして……リューマは、「あ?」と声を上げた。
宿屋『アルヘナポルク』の向かいにある路地。
そこに、見るからに怪しい老婆が、机を出して座っていた。
黒いローブを身に纏い、机の上には水晶玉や魔導盤を置いている。
リューマは、このテの商売人を知っていた。
占星術師だ。
魔法に似た術を披露し、それらしい助言を客に授け、代価を求めるが……そのほとんどが、正式な魔導士として聖エレミア教会に認められなかった落ちこぼれである。
未熟な魔法と手品を掛け合わせ、素人を騙して金を巻き上げる。所謂、詐欺師だ。
それが、こんなところに店を出すとは。
認定魔導士の多いラトゥリアの街では商売にならないんじゃないか?
などと一瞬思ったものの、リューマはそれ以上の関心を寄せることなく、自らの仕事へ向かおうとする。
と、
「……そこのお前」
占星術師の老婆が、やけにはっきりとした声で呼び留めた。
通りには傭兵や商人が行き交っている。
しかしリューマは、それが自分に向けたものであることを察し、足を止め、視線を向けた。
「なんだよ」
「……凶兆の相が出ておる」
「は?」
「近いうちに、不吉なことが起こる……心するがよい」
そして老婆は、手のひらサイズの木箱を差し出し、
「これは、降りかかる災いをすべて祓う聖遺物……持っていくがよい」
そう言った。
リューマは、顔を顰める。
やはり詐欺だ。
箱を手にした瞬間、「はい、五万ゼリン」とか言うに決まっている。
俺はこのテの悪徳商売には詳しいんだ。
何故なら、自分も似たようなことをやっているから。
リューマはふいっと顔を背け、鼻を鳴らし、
「悪いが間に合っている。他を当たりな」
吐き捨てるように言って、その場を立ち去った。
あんなやり方に引っかかるヤツなんているのか?
ま、数日もしない内によその街へ移るだろう。
そう思いながら、いつものひさしの下へ行くと……そこにも、見慣れない人物がいた。
今度は五人。いずれも二、三十代の女性だ。
リューマを見るなり、鋭く睨み付けてくる。
「なんだよ、あんたら」
「あなたが『貸し武器屋』のリューマ?」
「そうだけど、何?」
「ってことは、ウチの子にこのカードを売りつけた張本人ね?」
ずいっ、と突き付けられる小さな紙。
それは間違いなく、リューマが販売した【超最強・ムシ列伝カード】だった。
ウチの子……?
こいつら、カードを買いに来たガキどもの親か?
そう確認する前に、女性たちがリューマに詰め寄る。
「あなたがこんなものを売りつけたせいで、子供たちが大変なことになったじゃない!」
「はぁ? 大変なこと?」
「そうよ! 学校でも大問題になっているんだから!」
激昂する保護者たち。
リューマはわけがわからず、手のひらを向ける。
「落ち着けって。俺が売ったのは、ただの虫の絵が描かれたカードだ。別に問題になるようなものじゃ……」
「黙りなさい! とにかく、こんなもの二度と売らないでちょうだい!」
「子供たちにも買わないようキツく言い聞かせてあるから!」
「今度売っているのを見つけたら、役人に突き出すからね!」
フンッ! と荒い鼻息を残し、保護者たちは去っていった。
その後ろ姿を、リューマは呆然と見送る。
「な……なんだったんだ……?」
「──ごめんね、リューちゃん」
そこで、建物の陰からこそっと、『アルヘナポルク』の看板孫娘にしてカード販売部長であるリスタが顔を出す。
「実は最近、子供たちの間で『SSR・コンゴウリュウジンクワガタ』カードを巡る問題が起きていたの」
「……どういうことだ?」
「最強のカードを求めるあまり、男の子たちは宿題の代行やカンニング幇助をして取引を持ち掛けたり、闇オークションの真似事をしたり、自ら贋作を作って売ろうとしたり……そんな犯罪じみた真似が横行していたのよ」
「へ……?」
「そのことが学校の先生と保護者にバレて、『今後一切カードゲームは禁止』というおふれが出てしまったの。うちがカードにレア度を設定したばっかりに、こんな争いが起きてしまって……本当にごめんね」
しゅん、と申し訳なさそうに俯くリスタ。
思いがけない事実に混乱しつつも、リューマはフォローを入れることにする。
「別にリスタのせいじゃねぇよ。カードにレア度を付けることを最終的に決めたのは俺だ」
「うん。リューちゃんならそう言ってくれるって信じてた。だから先生たちにもそう説明したの!」
「……え?」
「レア度という少年たちを狂わせるシステムを導入したのはリューちゃんだって言ったの。だから先生も保護者たちもリューちゃんに物凄く怒ってて……うちの代わりに悪者になってくれてありがとうね、リューちゃん!」
「え、あ、いや……」
「またいい商売を思い付いたら声をかけるから。それまでは貸し武器屋一本でがんばってねー!」
言って、無邪気な笑顔で駆けていくリスタ。
リューマは、ぽかんと口を開け……ガッ、と頭を抱えた。
くそっ……最近では貸し武器業よりカードの売り上げの方が伸びていたのに……
『コンゴウリュウジンクワガタ』を描くためにわざわざアグリオ樹海まで行ったのに……!
その手間と労力が、すべてパァ。
それだけじゃない。
ガキどもの親の中には、傭兵や魔導士がいたかもしれない。
でも、こんな問題が起きたとあらば、もう貸し武器屋としても利用してくれないだろう。
つまり、本業の方の潜在的な顧客まで失った。
何故、どうして、こんなことに……
そこで……リューマは、はっと顔を上げる。
さっきのエセ占い師のばーさん……「近いうちに不吉なことが起こる」とか言ってたけど、まさか、このことを言い当てていたのか……?
つまり……未来を読み解く占星術の力は、本物?
「……うぉぉおおおおおお!」
リューマは、ダッシュする。
そして、先ほどの老婆の前でキキーッと止まると、
「くれ!」
血走った目で身を乗り出し、
「さっきの聖遺物! 災いをすべて祓ってくれるんだろ⁈ 俺にくれ‼︎」
そう言った。
老婆は、ニヤリと笑うと……
「……まいどあり」
赤い瞳を光らせながら、箱を差し出した。





