歌神の指揮棒
フリムとリューマの背中を見送り、ミレイユは『魔劫結晶』探しを再開する。
(あの貸し武器屋、この長杖があれば『結晶』が手に入るって、妙に確信めいたことを言っていたけれど……何を根拠にそんなことを?)
疑問を抱きながら進んでいくと、またゴブリンに出くわした。
今度は二体。
モンスターに遭遇するのはこれで五度目だ。今日はやけに鉢合わせる。
ミレイユは今回も冷静に雷の魔法を放ち、ゴブリンを塵にした。
そうして残された牙や爪を拾っている間に、また魔界産の虫やトカゲが寄ってくる。
(外来種も異常なほど集まってくるし……この長杖が光ってからずっとこの調子だわ。やはり、何か特殊な作用が働いている……?)
とりあえず、虫とトカゲをシャボン玉の魔法で捕獲すると──そのシャボンが、黒く染まった。
ミレイユの身体が、何者かの影に覆われたのだ。
「え……?」
ゴゴゴゴ、と音を立て、せり上がる岩の塊。
ミレイユの背後、地面から現れたのは……岩の身体を持つ、巨大なゴーレムだった。
「なっ……ゴーレム⁈」
自身の五倍はあろうかという巨体を見上げ、ミレイユは長杖を構える。
ゴーレムは、希少性の高いモンスターだ。
大陸全土の記録で見ても出没件数が少なく、そのほとんどが魔王城の付近に集中している。
まさか、この樹海に現れるなんて……
と、困惑しそうになる精神を、ミレイユはすぐに律する。
そして、
「──白き雷鳴!」
これまでと同じように、雷の魔法を放った。
しかし、ゴーレムは無傷。
ズシン、ズシンと地面を揺らしながら、ミレイユに迫ってくる。
(うそ……全身が岩だから、電流を受け流しているの⁈ ならば……!)
「──青き氷槍!」
文字通り、氷でできた槍を顕現させる。
通常なら一度に五本が限度だが、長杖により強化されているためか、二十本以上の槍が現れた。
ミレイユは長杖を振るい、一斉にゴーレムへ放つ。
が、これも効かない。
硬い岩の身体に阻まれ、あえなく砕け散ってしまった。
ミレイユは後退しながら、次々に魔法を放つ。
風の刃。
水の波動砲。
蔓の拘束。
どれも長杖により威力が増幅されているが、それでもゴーレムは止まらない。
樹々をなぎ倒しながら着実に迫ってくる。
(くっ……残る手段は……)
ゴーレムの身体よりも硬い鋼鉄を生成し、衝突させる。
そうして粉々にできれば、倒せるだろう。
けれど……
(岩を砕くほどの硬度を生成するには、かなりの精神力が必要……一度距離を取って、集中しなくちゃ)
ゴーレムから逃げながら、ミレイユは精神統一を始める。
そして、頭の中に頑強な金属の塊を思い浮かべ、その密度や重さまでを詳細に想像する……が、その時。
「きゃっ……!」
蔓延る樹の根に足を取られ、ミレイユは転倒した。
白亜の長杖が手から離れ、カランと転がる。
そこへ迫り来る、ゴーレムの影。
ズシン、ズシンと、地面が振動する。
「あ……」
駄目だ、やられる。
絶望に包まれ、ミレイユは震える。
(ルミア……ごめんなさい……っ)
涙を浮かべた目を、ぎゅっと閉じた────刹那。
「──『勇者ユーリス』、参上!」
……そんな声が響いたかと思うと。
直後、ゴーレムの身体にいくつもの斬撃が走り……その巨体がガラガラと崩れ落ちた。
「なっ……」
ミレイユは目を見張る。
崩落したゴーレムの向こうに立っていたのは……一人の青年だった。
年齢はミレイユよりも少し上だろうか。
風に靡く金髪に碧い瞳。
爽やかな顔立ちが印象的な、剣士だ。
「あ、あなたは……」
「僕の名は『ユーリス』! 現代の勇者だ! 覚えておいてくれ!」
「はぁ……」
「ところでお嬢さん! 僕はこの森にある魔王城を探しているのだが、数日走り回っても一向に見つからない! どの辺りにあるかご存知ないか⁈」
「いや、魔王城はここじゃなくタシナの森に……」
と、ミレイユが困惑しながら答えようとするが……崩落したゴーレムの残骸が、ガタガタと振動した。
そして、頭部を中心に集まり始める。
(まさか、再生しようとしている……⁈)
ミレイユが身体を強張らせると、ユーリスが叫んだ。
「頭だ!」
「え……?」
「こいつの核は頭部だ! 魔法で破壊しろ!」
ミレイユは、はっとなる。
そして、転倒により手放した白亜の長杖を拾い上げ、中断した集中を再開させる。
(岩より重く、鉄より硬きもの……!)
ミレイユは、長杖を掲げ──
「──赤き鋼鉄‼︎」
力ある言葉を、高らかに響かせた。
ゴーレムの上に、巨大な鉄球が顕現する。
それは、木漏れ日を反射しながら垂直に落下し……
──ドガァアアッ‼︎
ゴーレムの頭部を、粉々に破壊した。
ゴーレムは再生することなく朽ち……砂のようにサラサラと消えていった。
「……終わった……」
ミレイユは、安堵の吐息を漏らす。
それにしても、今の鉄球……大きさも威力も想定以上だ。
やはりこの長杖、普通ではない。
と、顔を上げるミレイユの目に、不思議な光が映り込んだ。
崩れ去ったゴーレムの残骸の中心──核である頭部があった場所に、宝石の欠片のようなものが落ちていた。
その輝きは虹色に煌めいていて……これまでに見たどの鉱石にも似ていない。
「まさか……!」
ミレイユは駆け寄り、その石を手に乗せる。
七色の光を放つ、美しい結晶……
間違いない。これこそが、探し求めていた『魔劫結晶』だ。
「つまり……『魔劫結晶』は、ゴーレムの核ってこと?」
ならば、ゴーレムを討伐すれば……より多くの『魔劫結晶』を手に入れられる?
「いやぁ、危ないところだった。ところで、お嬢さん! 魔王城はどこにあるだろうか?」
考え込むミレイユに、ユーリスが爽やかに問う。
ミレイユは立ち上がりながら、彼の方へ振り返り、
「……ここじゃないわ」
「え?」
「……私も、魔王城の方に行く用事ができた。行きたいのなら……一緒に連れていってあげる」
その瞳に、狂気にも似た興奮を滲ませながら……
彼女はにこっと、笑うのだった。
◇◆◇
「──返却するわ」
翌日。
ラトゥリアの街に戻ったミレイユは、リューマの店を訪れた。
差し出された白亜の長杖を受け取り、リューマが尋ねる。
「その様子、お目当ての『魔劫結晶』は手に入ったんだな?」
「まぁね。あなたの言った通りだったわ」
そして、ミレイユは疑問を……否、街へ帰還するまでに導き出した仮説を投げかける。
「この長杖……『精神生命体を呼び寄せる能力』があるのでしょう?」
すると、リューマは……何故か嬉しそうに笑って、
「へぇ、よくわかったな。そう。これは魔族や精霊を統率する杖──『歌神の指揮棒』だ」
「ミューズの、タクト……?」
「本来ならば名前の通り、魔族を指揮する力を持っていたんだが……魔族が知性なきモンスターと化した今、呼び寄せることしかできなくなった。まぁ、魔導士としては充分にありがたい性能だろう。勝手に精霊を集めてくれるから、魔法の威力が格段に上がるしな」
やっぱり。と、ミレイユは思う。
この長杖が光を放ってから、モンスターが異様な頻度で現れ、地中に眠っていたゴーレムまで呼び覚まされた。
加えて、魔法の威力の爆発的な向上。
それらはすべて、この長杖が持つ『精神生命体を呼び寄せる』という性質に起因するものだったのだ。
「にしても、副作用で魔界産の生き物まで集まってくるとは知らなかった。おかげで俺もお目当ての虫がゲットできたよ。あんたがそいつに認められる器で本当によかった」
そいつ? 器?
一体、何を言っているの?
だいたい、なんでこんな特殊な武器を所有し、貸し出している?
口ぶりからして、ゴーレムの核から『魔劫結晶』が採取できることも知っていたようだ。
そんなの、これまでに読んだどの魔導書にも載っていなかったのに。
わからない……この男、本当に何者?
という疑念をたっぷり込めた目で睨み付けるが、リューマはニッと目を細め、
「よかったらまた借りにきてくれよ。これ、スタンプカード。名前は……」
「ミレイユよ」
「そうそう。ミレイユ、っと……ほい。今後もごひいきに」
そう言って、カードを差し出してくる。
その表情はやはり覇気に欠け、警戒心を抱くことすらバカバカしくなるようで……
……まぁいい。気になることはじっくり研究する質なのだ。
今後も店に通って、この男の素性を徐々に暴いていくとしよう。
ミレイユはスタンプカードを受け取り、ポケットの中へそっとしまった。
「早速なんだけれど……私、これから魔王城の周辺を探索しに行くの。それに見合う杖、何かないかしら?」
「ほう? 追加でゴーレムを狩るのか。なら……この辺りがいいかな」
言って、昨日と同じように空の鞘から長い杖を抜き放つ。
この仕組みも、やはり謎だ。
リューマが取り出したのは、木製の長杖。
年季が入っているように見えるが、造りはしっかりしていて、上質な木材が使われていることが窺える。
「……これには、どんな能力が秘められているの?」
「それは使ってみてからのお楽しみだ」
「またそれ?」
「謎めいた部分を残した方が興味が惹かれるだろ? お客さんにまた来てもらうための心理テクニックだよ」
なんて、ドヤ顔で言ってのける。
なんとも腹の立つ返答だが……実際興味を惹かれてしまっているので、二倍ムカつく。
「……まぁいいわ。はい、サイン」
「へへ。まいどあり」
契約書にサインをすると、ミレイユは長杖を手に踵を返す。
そして、離れたところで待っていたユーリスに近付き、
「お待たせ。それじゃあ──行きましょう。魔王城へ」
ローブの裾を翻しながら、タシナの森へと歩き始めた。





