甘〜い誘惑……?
「うわぁぁああああリューマさん⁈ なんでここに⁈」
突然、飛び出してきたリューマに驚くフリム。
そんな彼女を跳び越え、リューマは虫とネコの間に、ザンッ! と大剣の刃を突き立てた。
「ミギャアァアアッ⁈」
びっくりして飛び退くネコ。
同じく羽を広げ、飛び立つ虫。
そのままどちらも逃げていくので、フリムは「ああーっ!」と声を上げる。
「もうっ! せっかくオリバーくんを見つけたのに! 何てことするんですか!」
「俺が探してた虫を狩ろうとしてるから止めただけだ」
「やり方が乱暴すぎるんですよ! 結局どっちも逃げちゃったじゃないですか!」
ブブブ、と羽音を立てながら飛び去る虫。
それを追うように、ネコのオリバーは樹海の奥へと駆けていった。
「あンのネコ、俺の虫をまだ狙っていやがる」
「待ってください、リューマさん! まずはオリバーくんを捕まえさせてください!」
「ンな悠長なこと言ってたら『ゴウトウサツジンクワガタ』が殺られるだろうが!」
「強盗殺人クワガタ⁈ それ殺られるのオリバーくんの方では⁈」
ゴウトウサツジン……もとい、コンゴウリュウジンクワガタを追うネコのオリバーと、それを追うリューマとフリム。
二人は岩と樹の根ででこぼこな足場をひょいひょい進んでいく。
「なんであの虫を追ってるのか知りませんが、邪魔しないでください! 大事な依頼の真っ最中なんですから!」
「あんたこそ俺の商売の邪魔をするな。あの虫が手に入るかどうかで今後の売り上げが決まるんだからな!」
言い合いながら樹海を駆けていくと……少し先の樹に、再びコンゴウリュウジンクワガタがピタッと留まった。
ネコのオリバーも、それを狙うように樹の下で足を止める。
フリムとリューマは刺激しないよう少し離れた樹の陰に隠れた。
「よしっ、捕獲チャンス! リューマさんはここでじっとしていてくださいね!」
「だから、じっとしてたらあのネコに虫が食われるだろうが」
「その前にオリバーくんを捕まえるので大丈夫ですよ!」
「いーや、ネコを捕まえている間に虫が逃げるね。やはり先に行かせてもらう」
「だめですってば! リューマさんのやり方じゃさっきみたいに両方逃げられるのがオチです!」
話し合いは平行線。
そこで、リューマはピンとひらめき、
「あんた、俺がやった『木霊の札』はどうした?」
「えっ? ここにしまってありますけど……」
「こうしよう。あんたはここでその札を使ってネコをおびき寄せる。その間に俺はあの樹の裏に回って虫をこっそり捕まえる。そうすれば、互いの獲物がゲットできる」
「それができるなら一番いいですが……この札、本当に効果あるんですか?」
「当たり前だろう。オスなら誰もが飛びつくような、甘~い誘惑を吹き込んでおいたからな」
「……ちなみに、ネコ語で何て言ってるんです?」
「『うっふ~ん。絶対に稼げるいい儲け話があるんだけど、一口乗らな~い?』、だ」
「それに誘われるのリューマさんだけですよ! やっぱり五千ゼリン無駄にしたぁっ‼︎」
などと、不毛なやり取りをしていると……
コンゴウリュウジンクワガタが、再び樹海の奥へと飛んでいってしまった。
ネコのオリバーもそれを追い、駆けていく。
「ああっ、また逃げちゃいました!」
「くそっ、こうなったら直接ネコ語で誘惑して……」
「絶対に無意味なのでやめてください‼︎」
リューマのワードセンスを全否定しながら、フリムは樹々をかき分け走る。
そうして虫、ネコ、フリムとリューマの順で樹海を突っ走っていると……
前方に、人が現れた。
白い長杖を携えた、魔導士の少女──ミレイユだ。
「あんなところに人が……?」
「げっ。今朝のお客さん」
装いと長杖を見て、リューマはミレイユであることを認識する。
「ん……?」
後方から迫る気配を察知し、ミレイユがぱっと振り返った。
揺れる銀の長髪。
藍色の瞳が、飛んでくるコンゴウリュウジンクワガタを映す。
突如として飛来した黄金の虫に、ミレイユは「きゃっ」と驚く。
さらにその瞳が、後に続くネコと、リューマとフリムの姿を捉えた。
直後、
「捕まえろ!」「捕まえてください!」
「へっ⁈」
「その虫を!」「そのネコを!」
「捕まえろ‼︎」「捕まえてください‼︎」
血走った目で叫ぶリューマとフリム。
ミレイユは混乱する。
よくわからないが、二人の形相からただ事ではない雰囲気を感じ、
「──束縛の泡!」
言われるがまま、捕縛の魔法を発動させた。
コンゴウリュウジンクワガタとネコのオリバーが、シャボン玉に包まれて浮遊する。
それを目の当たりにしたフリムとリューマは、キキーッと足を止めた。
「わぁ……魔導士さんだったんですね。ありがとうございます!」
「あなたたち、一体何なのよ? って、そっちの人は……」
「よっ、お客さん。今朝ぶりだな」
「リューマさん、お知り合いですか?」
「ああ。その杖を貸したお客さんだ」
リューマの紹介を聞き、フリムは人懐っこい笑みを浮かべながら手を差し出す。
「はじめまして。傭兵のフリムといいます。そのネコちゃんを捕まえる依頼を受けていたので、本当に助かりました!」
その笑顔を少し眩しく思いながら、ミレイユはおずおずと握手に応じた。
「魔導士のミレイユよ。お役に立てたのなら何より」
「ミレイユさん……あれ? どこかでお名前を聞いたような……あーっ‼︎」
突然の大声に驚くミレイユだが、フリムは構わずぐいっと近付き、
「ギルドでよく採取依頼を出されている方ですよね⁈ わたし、ナジュムダケを納品した者です!」
「ああ、あなたが集めてくれたの。あれ、かなり状態がよかったわ。ありがとう」
「いえいえ、それほどでも~」
後ろ頭を掻きながら照れるフリム。
そこに、リューマが口を挟む。
「んで? 魔道士サマはお目当てのモノ、見つけられたのか?」
言わずもがな、『魔劫結晶』のことであるが……ミレイユは静かに首を振る。
「いいえ、まだよ。副産物はまぁまぁ手に入ったのだけれど」
「何か探されているのですか? オリバーくんを捕まえてくれたお礼に、お手伝いしますよ?」
「結構よ。それより、その捕縛の魔法、もうすぐ効果が切れるから。しっかり捕まえて、さっさとギルドに戻りなさい」
ミレイユに淡々と返され、フリムは慌ててオリバーを閉じ込めているシャボン玉を抱き寄せた。
同じくリューマも、コンゴウリュウジンクワガタ入りのシャボン玉を捕まえて、
「その長杖があれば、お目当てのモノもじきに手に入るはずだ。返却期限までじっくり探すといい」
そんなことを口にするので、ミレイユは訝しげな顔をする。
「……どうして『手に入る』と言い切れるの?」
すると、リューマは不敵に笑って、
「なぁに、その内わかるさ。先に答えを知っちまったら、研究の醍醐味がなくなるだろ? 優秀な魔導士サン」
口元に人差し指を当てながら、そう言った。
その胡散臭い返答に、ミレイユはますます不信感を募らせる。
「……まぁいいわ。とにかく、用が済んだのならさっさと帰って。仕事の邪魔だから」
「お邪魔してすみません。では、わたしたちはこのへんで。行きましょう、リューマさん」
フリムは最後にもう一度「ありがとうございましたー!」と手を振り、リューマと共に帰っていった。





