ターゲット、発見!
その少し後。
『──ぐるるゥにゃぁあぉお』
リューマのネコボイスを振り撒きながら、フリムはアグリオ樹海を進んでいた。
リューマから五千ゼリンで買った『木霊の札』は、背負ったハンマーに貼り付けている。
繰り返し発せられるこの鳴き声を頼りに、迷いネコのオリバーが寄ってきてくれないかと、あてもなく歩き回っているわけだが……
『──ぐるるゥにゃぁあぉお』
「……これ、結局ネコ語で何て言ってるんだろう? 『メスの甘い誘惑を真似する』とか何とか、リューマさんは言ってたけど……」
正直、あのリューマから『甘い誘惑』の言葉が発せられるのは、想像がつかなかった。
佇まいも喋り方も無気力で、口を開けば「金、かね、カネ」。
優しさを覗かせたかと思えば、すかさず代価を求める守銭奴ぶり。
どう見ても恋愛には向かない性格だ。
まぁ、恋愛経験のないフリムも人のことは言えないのだが。
(あ、でも、フリズモス神殿で助けてくれた時、『モテ男検定二級』の資格を持っているとか言っていたような……)
それじゃあ、意外と恋愛偏差値は高いのか?
なんて一瞬考えるが……フリムは、すぐに気が付く。
リューマが持つ、得体の知れない資格の数々。
これまで聞いた限りでは、すべて『一級』の資格を持っている様子だったが……
(もしかして……『モテ男検定』だけ『二級』止まり⁈)
そうだ。他のことはわりとなんでも器用にこなすのに、恋愛絡みの検定だけは『二級』に留まっているのだ。
『モテ男検定』がどの程度の権威がある資格なのかもわからないし、そもそも真のモテ男はそんな検定すら受けないのでは? というツッコミは置いておいて。
(そう考えると……この『甘い誘惑』ボイスも、あまりあてにはできないなぁ)
背中から発せられる『ぐるるゥにゃぁあぉお』を聞きながら、苦笑いしていると……
「……ん?」
視界の先で、何かがキラリと光った。
高い樹の幹に、金色に輝く何かが張り付いている。
「あれって……虫?」
そう。虫だ。
黄金の羽を持つ甲虫。
遠目に見ても、まぁまぁな大きさであることが伺える。
フリムの手のひらくらいのサイズはあるのではないだろうか?
「うわぁ、あんな金ピカの虫がいるんだ。リューマさんのお店に集まってる男の子たちが見たら喜びそうだなぁ」
と、呑気な感想を口にした直後……その樹の根元で、何かが動いているのを見つけた。
咄嗟に、フリムは近くの樹の陰に隠れる。
(もしかして、モンスター……?)
そう思いながら、こそっと様子を窺うが……モンスターにしてはやけに小さく、細い。
何というか……小動物の尻尾のように見える。
(……えっ?)
まさかと思い、目を凝らすと……それは、ネコの尻尾だった。
オレンジ色の美しい毛並み。
緑の瞳。赤い首輪。
すべての特徴が、ギルドで見た依頼書の内容と一致している。
見つけた……アビタニア卿の飼い猫、オリバーだ。
オリバーは、樹に留まる黄金の虫をじっと見上げていた。
ネコの狩猟本能がくすぐられているのか、今にも樹を上っていきそうな雰囲気だ。
ひょっとして、お金持ちの家のネコだから、光るものに目がないのだろうか。
移動中の馬車から逃げ出したのも、この虫を捕まえるためだった、とか?
などと考察していると、背後で木霊の札が『ぐるるゥにゃぁあぉお』と鳴くので、フリムは慌ててハンマーから剥がし、ポケットにしまった。
(結局この札、全然必要なかったし!)
五千ゼリンを無駄にしたことを悔やみつつ、フリムは息を潜める。
オリバーは黄金の虫に夢中で、こちらに気付いていない。
このままこっそり近付けば捕まえられるはずだ。
フリムは、鞄から麻袋を取り出す。
そして、気配を殺し……オリバーの背後に近付いた。
◇◆◇
それとほぼ同時刻。
「くそ……どこにいるんだ、【最強のムシ】……」
虫捕り網を握り締めたリューマが、アグリオ樹海をずんずん進んでいた。
せっかく【ムシ列伝カード】が流行っているのに、真の【最強】がカードになっていないとなれば、売り上げが落ちることは必至。
何としてでも捕まえて、精巧なスケッチをとらなければ。
「【最強】っていうからには、それ相応の見た目をしているはずだ……きっと見たこともないくらいにハデで厳ついに違いねぇ」
と、その見た目を知らないため、自らが想像した『さいきょうのむし』の姿を頼りに探しているわけだが……
『虫はかせ検定一級』の知識を生かし、甲虫が好みそうな樹木の周りを探してみるも、なかなかそれらしき虫は見つけられなかった。
「ちっ……虫たちが活発になる夜まで待つしかないか?」
なんて、持久戦に持ち込む考えを口にした……その時。
『──……ゃぁあぉお』
……そんな奇妙な声が、遠くの方で微かに聞こえた。
「……ん?」
リューマは顔を顰め、そちらに向かう。
声は断続的に聞こえてくる。
鬱蒼と茂る樹々の先をじっと観察すると……見覚えのある人物が、そこにいた。
フリムだ。樹の陰に隠れ、何やらコソコソしている。
聞こえていたのは、リューマが木霊の札に吹き込んだネコの声真似だったらしい。
……ちょうどいい。フリムにも虫探しを手伝わせよう。
こちらもネコ探しを手伝うと言えば、悪い顔はしないはずだ。
「にしても……何をコソコソしているんだ?」
近付きながら、フリムの視線の先を見ると……樹の下に、ネコがいた。
どうやらフリムは既に捜索対象を見つけていたらしい。
リューマはガクッと肩を落とす。
「ンだよ。これじゃあ虫探しを協力させる口実がなくなって……」
……そこで。リューマは、ようやく気が付く。
ネコが見上げる樹の上に……黄金に輝く甲虫がいることを。
重厚感のあるボディ。
硬く艶やかな外殻。
ノコギリのような二本の顎……
『虫はかせ検定一級』保持者のリューマでも見たことのない虫だ。
……間違いない。
例の、【最強】な新種である。
「まじかよ、超ラッキーじゃん。早いとこ捕まえて……」
だが、喜ぶリューマをよそに──
ネコが爪を立て、樹によじ登り……黄金の虫を捕まえようと迫っていた。
瞬間、リューマは背負った鞘から大剣を抜き放ち、
「させるかぁぁああああッ‼︎」
ネコに向かって、飛び掛かった。





