木霊の札
「なっ……え⁈ どういうことですか⁈」
「これは留めた音を発する『木霊の札』。俺が趣味で作った魔導具だ」
「は⁈」
「ここに描いた魔法陣に反応して、音を司る〈精霊〉が記憶した音を繰り返し発する仕組みだ。作ったはいいものの、使い道があまりなかったが……ネコをおびき寄せるのには役立つだろ」
なんて、軽い口調で説明するリューマ。
一定時間ごとに鳴き声を発する札を額に貼られたまま、フリムは唖然とする。
音を司る精霊が存在することも初耳だし、それを使役するための魔法陣をリューマが開発したことにも驚きだ。
フリムは魔導士ではないが、この札が魔導界を揺るがすような歴史的発明であることだけは、容易に想像がつく。
(これって、すごすぎる魔導具だよ! こんなのを趣味で作れちゃうなんて、リューマさん、本当に何者なの? いや、それよりもまず驚いたのは……)
「リューマさん……ネコの鳴き真似、うますぎません⁈」
である。
するとリューマは、「ふふん」と得意げに腕を組み、
「何せ、『ネコ語検定一級』の資格を持っているからな」
「出た! リューマさんの謎の資格シリーズ!」
「ちなみに今の鳴き声の意味は、『領収書ください』だ」
「どういう状況⁈ ネコがそれ言う場面あります⁈」
言葉選びのセンスはさておき……この札は、確かに今回の依頼にはぴったりだ。
ネコを呼び寄せるような鳴き声を吹き込んでもらい、その札を貼り付けて待ち伏せすれば、ネコの方から自然と寄ってくるに違いない。
「さっすがリューマさん、頼りになりますね! このお札があれば、今回の依頼もサクッと達成できそうです! ありがとうございま……」
「五千ゼリン」
──ぱっ。
リューマは、フリムの前に手をかざし、
「札の本体価格および音声使用料で、一枚につき五千ゼリンだ」
「えぇぇえええっ⁈」
「当たり前だろ? こんなすげー魔導具、教会に利権が渡ったら十倍の値段で売買されるぜ? それを俺のネコ真似ボイス付きでこの価格に抑えているんだから、むしろ良心的だ」
そ、そう言われると……確かにそうかもと思ってしまう。
「くっ……吹き込むネコ語の内容は指定できるんですか?」
「ああ。探しているネコはオスか? なら、メスの甘~い誘惑を真似して鳴いてやるよ」
「うわ、ちょっとイヤだけど、正直助かるっ……!」
まぁ、この依頼が成功すれば、五万ゼリンもらえるわけだし……
ぐぬぬ。と意を決し、フリムは財布を取り出して、
「……買います! あと、モンスターに遭遇した時用の武器も貸してください!」
「へへ、まいどあり」
リューマはにんまり笑いながら、上機嫌で札を用意し……先ほどとは違う、新たな鳴き真似を吹き込んだ。
そうして対モンスター用の武器も借り、フリムは契約書へのサインと支払いを済ませた。
「って、今回の武器はハンマーなんですね」
「行き先はアグリオ樹海なんだろ? なら、それがあった方がいい」
「なんでですか?」
「行けばわかる。と言っても、今日は別のお客さんにアレを貸しちまったから、あんたの方にはモンスターが現れないかもしれないが……」
フリムが首を傾げると、リューマはふっと笑い、
「いや、こっちの話だ。とにかく、健闘を祈ってるぜ」
そう言って、手をひらひらと振るので……フリムはハンマーをしっかり背負い、
「はいっ。頑張ってネコちゃんを探してきます!」
手を振り返し、張り切りながら去っていった。
──リューマが去り行くフリムを見送った直後。
「なぁなぁ、リューちゃん」
【超最強・ムシ列伝カード】を買いに来ていた一人の少年が、リューマに声をかけた。
「ん? どした」
「この中だと、このカードが一番レアで強いってことになっているんだよな?」
そう言って、厳ついカブトムシの絵が描かれたカードをかざす。
少し前まではただのイラストカードだったのだが、リスタの提案で、今は虫の『レア度』を表す数字が書き足されていた。
それにより、少年たちの間でカードの強さを競うゲームが流行り、売り上げはさらに伸びていた。
少年の質問に、リューマは頷く。
「ああ、『コウテツオオカブト』な。実際、虫の世界で一番強くてレアだから……」
「その情報、古いよ」
ばっさり言い切る少年に、リューマは「あ?」と聞き返す。
「オレの父ちゃん、生物学者なんだ。最近発見された新種で『コンゴウリュウジンクワガタ』っていうのがいるんだけど、そいつの方が『コウテツオオカブト』より強くてレアだって言ってた」
「なんっ……え? コン、リュウ……?」
「『コンゴウリュウジンクワガタ』。リューちゃん、知らねーの?」
リューマは、焦る。
『虫はかせ検定一級』の資格を取ったのは二年前。
それほど時間は経っていないというのに、【最強】の座を塗り替えるような新種が発見されていた、だと?
「えぇー? 真の【最強のムシ】はカードになっていないってこと?」
「リューちゃん、その【最強のムシ】、早くカードにしてくれよー」
「リューちゃん知らないんだってさ。だからカードに描けないんだよ」
少年たちの言葉に、リューマの顔がヒクッと引き攣る。
それを、売り子であるリスタが「リューちゃん……」と心配そうに見上げる。
「……どこだよ」
リューマは、顔に影を落とし、
「その『ゴウモンニンジンクワガタ』とかいうヤツ、どこにいるんだよ」
「『コンゴウリュウジンクワガタ』ね。父ちゃんはアグリオ樹海で見つけたって言ってたぜ」
またアグリオ樹海か。
今日はやけにその地名を耳にする。
「……待ってろ、ガキども」
スラッ……と、リューマは鞘から虫捕り網を抜き放ち、
「その『ゴウモウリンジンクワガタ』とやらを捕まえて、スケッチしてカードにしてやるから……絶対買えよな!」
「『コンゴウリュウジンクワガタ』だってば」
少年の訂正に耳を傾けることなく、リューマは網を手に、アグリオ樹海へと向かった。





