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魔導杖のレンタル



 最初ミレイユは、花屋かと錯覚した。

 可愛らしいストライプのひさしと、色とりどりの花の鉢が目についたから。


 しかしすぐに違うと気付いた。

 ひさしの下、敷き布に並べられた商品が、花とは真逆の仰々(ぎょうぎょう)しさを放っていたから。


 そこにあるのは、武器。

 長剣に短剣、槍に斧。ハンマー、棍棒、ボウガン、弓……

 どれも重厚で美しい造りをしている。


 それだけ見れば、武器屋なのだと確信できた。

 しかし、その店を構成する要素は、それだけではなかった。


 武器屋に似つかわしくない、少年たちの行列。

 呼び込みをしているのは、七歳くらいの少女だ。


 そして、その横に胡坐(あぐら)をかいて座る男が一人。

 年齢は二十代半ばくらいか。

 黒い短髪に、赤い瞳。締まりのない眠そうな顔。

 店主なのだろうが、そうは見えない無気力オーラを放っている。


 よく見ると、呼び込みをしている少女が売りさばいているのは手のひらサイズの紙だ。

 なにやら、こんな声が聞こえてくる。


「『貸し武器屋リューちゃん』限定! 【超最強・ムシ列伝カード】! 第三弾、本日発売! ほしい人はこちらに並んでくださーい!」


 ……おかしい。

 ちゃんと聞き取れたはずなのに、何を言っているのかさっぱりわからない。


 まず、ここは『貸し武器屋』であるらしい。

 それだけでもかなり珍しい商売だ。


 しかし、売っているのは【超最強・ムシ列伝カード】とかいう聞いたことのない代物(しろもの)。

 それも第三弾。既に第一弾・第二弾が発売しているもよう。

 そして、その【ムシ列伝カード】に殺到している少年たち。


 ……わからない。

 ここは結局、何屋なのだ?


「あら? リューちゃん、お客さんじゃない?」


 そこで、カードを売り捌いている少女がミレイユに気付き、店主の男に声をかけた。

 ミレイユはビクッとする。

 異様さに目を引かれただけであって、客になるつもりなど毛頭ない。

 慌てて手を振り、否定する。


「いえっ、私は別にカードに興味は……」

「お客さん、魔導士? ここに並んではいないが、長杖(スタッフ)も取り揃えてるぜ。よかったら見ていきなよ」


 覇気のない店主が、へらっと笑いながら言う。

 そして、空(から)の大剣用の鞘に手をかけたかと思うと……そこから何かを抜き放つような動作をした。


 直後……

 彼の手に、木製の長杖(スタッフ)が握られていた。


 ミレイユは目を見張る。

 鞘は、確かに空(から)だった。

 そもそも杖の形状から考えても、この鞘には合わない。


 一体、どうやって顕現した……?


「今のは……魔法?」

「ん? まぁそんなところだ。まだまだあるぞ。コレとか、コレもおすすめだ」


 言いながら、鞘から次々に魔導士用の長杖(スタッフ)を抜き出す店主。

 ミレイユは、それなりに魔法に詳しい自負があったが……その肥えたはずの目を凝らして見ても、どういう原理で鞘から長い杖が現れているのか、まるでわからなかった。


「あなた……何者なの?」


 どう見ても魔導士には見えない店主に、率直な疑問をぶつける。

 すると店主は、ニヤリと笑って、


「見ての通り、ただの貸し武器屋だ。それ以上のプライベートな質問なら、相応の情報料をいただくぜ」


 などと宣(のたま)う。

 その口ぶりと雰囲気はやはり気怠げで、こちらの警戒心まで緩んでしまう。


「別に、あなたの為人(ひととなり)に興味があるわけじゃないわ。どうやって長杖(スタッフ)を収納していたのか、原理が気になっただけ」


 ツンと答えつつ、ミレイユは並べられた長杖(スタッフ)を観察する。


 魔導士にとって、長杖(スタッフ)や杖(ロッド)の所持は必須ではない。

 魔法の発現に必要なのは、顕現したい事象を想像し、呪文を唱え、〈精霊〉に呼びかけること。


 しかしながら、不可視の精神生命体である精霊を従わせるには、相応の集中力と精神力が必要となる。

 精霊よりも高い精神レベルを維持しなければ、強力な魔法は発動できないのだ。


 そうした意味では、長杖(スタッフ)を持つことは有効である。

 まず、意識を集中させるための物理的な起点となる。

 何より、長杖(スタッフ)自体に魔法を組み込むことで、本来ならば長い詠唱が必要な呪文を省略できる上、威力のアップが可能となる。

 そのため、魔導士のほとんどがサポートアイテムとして長杖(スタッフ)を所持しているのだ。


 もちろん、ミレイユも自前の長杖(スタッフ)を持っている。今はちょうど、仮住まいに置いてきているけれど。

 その自前のものと比べても、目の前に並んだ長杖(スタッフ)は、どれも上等だった。


 木製に金属製。

 材質とデザインは様々だが、あまり見たことのない紋様が描かれている点も気になった。


「…………」

「依頼を受けたのか?」

「へっ⁈」

「ギルドの方から来ただろ。どんな依頼を受けたのか教えてくれれば、それに見合った杖を選定することができる」


 店主に聞かれ、ミレイユはふいっと顔を背ける。


「逆よ。私は依頼を発注している方。収集された品の受け取りに行っていたの」

「へぇ。お目当てのモンは手に入ったのか?」

「まぁ……ぜんぶとはいかなかったけれど」

「それは残念だったな。なら、もう自分で採りに行った方が早いんじゃねぇの? あんた、魔導士なんだろ?」

「い、言われなくてもそうするつもりよ」

「おお、さすが。あんた、見るからに優秀そうだもんな」

「ふん。まぁね」

「んで? どこに、何を採取しに行くんだ?」

「アグリオ樹海へ行く予定よ。希少な鉱物である『魔劫(まごう)結晶』を探しているの」

「そうかそうか。なら……」


 ──ずいっ。

 と、店主は一本の長杖(スタッフ)を差し出し、


「優秀なあんたには、こいつがおすすめだ。これがあればきっと『魔劫(まごう)結晶』が手に入るぜ」


 親切な笑みを浮かべながら、そう言った。


 それは、白亜の長杖(スタッフ)だった。

 上部には琥珀のような宝珠があしらわれ、複雑な模様の彫刻が施されている。


 まるで、教会の大神官が持つような、神聖なデザイン。

 手にしただけで一流魔導士の気分なれる、そんな杖だ。


 吸い付くような重みに、ミレイユは思わず目を輝かせるが……口だけは興味のないフリをする。


「わ、悪くない杖ね。貸し出し用にしては手入れが行き届いているわ」

「二千ゼリンだ」

「え?」

「最長七日で、一律二千ゼリン。それがウチの価格設定だ」


 や、安い。


 これほど上質な長杖(スタッフ)、購入するとなると十万ゼリンはくだらない。

 それが、たったの二千ゼリンで七日間も使えるなんて……


 ……確かに、この長杖(スタッフ)があれば、『魔劫(まごう)結晶』を探しに行くのも安心かもしれない。


 ごくっ……と、ミレイユは喉を鳴らし、


「……借りる」

「ん?」

「だからっ。……これ、借りるわ」


 それを聞いた途端、店主は満面の笑みを浮かべ、


「へへ、まいどあり。んじゃあ、こちらにサインを」


 サッ、と素早い動作で、『契約書』と書かれた紙を差し出した。



『借用した武器は目的に沿って使用し、転貸したりしないこと。

 契約締結日を含む七日以内に必ず返却すること。

 守らなければ殺す。あと、罰金五百万ゼリン。』



 ……最後の一行に、ミレイユは顔を顰(しか)める。


「……面白くない冗談ね」

「何が?」

「最後の文言よ。それだけ持ち逃げをする客が多いってことなのだろうけれど、こんな子供だましの脅し、信じる人いるの?」

「まぁ……信じようが信じまいが、返さなきゃ死ぬのは事実だからな」

「……はぁ?」

「実際に死んだヤツもいる。持ち逃げするような輩は、その程度の精神しか持ち合わせていないからな。認められずに取り殺されるのも、無理はない」


 店主の赤い瞳が、妖しく細められる。

 怠惰な雰囲気の奥に、ほんの少しの闇が覗く。


 持ち逃げした客が、実際に死んだ?

 認められず、取り殺される?

 この男は……何を言っているのだろう?


「ふ……ふんっ。そんな風に脅さなくても、私はちゃんと返すわよ」

「ならいいんだ。さ、そこにサインしてくれ」


 店主からペンを受け取り、ミレイユはサインをした。

 その際、下の方に貸し主の名が記されているのに気付く。


『貸し武器屋リューちゃん代表 リューマ』


 この掴みどころのない店主は、リューマというらしい。


「……はい、サインしたわ」

「どうも。それでは、アグリオ樹海へいってらっしゃーい」


 ヒラヒラと手を振る軽薄な仕草。


 本当に……どこまでが冗談で、どこからが本気なのか。

 まぁいい。この長杖(スタッフ)が上等なことだけは確かだ。


 そう思い、ミレイユはリューマに背を向け、歩き出した。




 …………って、


「借りるつもりなんてなかったのに、いつの間にか契約してる⁈」


 リューマのセールストークにまんまと流されたことに気付き、愕然とするのであった。



 

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