『勇者ユーリス』、参上!
──ラトゥリアの街から馬車に乗り、フリムはナジュムダケが生えるというヘムル山の麓へ向かった。
馬車を降り、景色を見渡す。
そこは、湿った空気の漂う雨林だった。
「おお……見るからにキノコが生えていそう」
水気を含んだ地面を踏みしめ、フリムは林の中を進む。
そして、リューマにもらった……否、百ゼリンで買わされたナジュムダケのイラストを取り出した。
「黒に近い紫色をしたかさに、六芒星の模様……キノコっていうくらいだから、樹の下に生えているはずだけど……」
ロングスピアを縦に持ちつつ、しばらく探していると……樹の根元に、それらしきキノコを見つけた。
「えっ、もう見つけた⁈ やったぁ! まずは一つめ……!」
と、思ったが……よく見ると、その模様は五芒星。例の、そっくりなオドタケのようだ。
「うう、そんなにうまくいくわけないか……でなきゃ、あんな高い報酬なんて設定しないだろうし」
どうやら、根気よく探す必要がありそうだ。
フリムは腹をくくり、雨林をさらに進んでいった。
──じめじめとした空気が、フリムの全身を包み込む。
前髪がしっとりと濡れ、白い額に張り付いた。
頭上では鳥たちが高い声で鳴いている。
奥へ進むほどに陽の光が届かなくなり、暗がりは深く、湿度は高くなっていった。
途中、オドタケはいくつか見つけたものの、肝心のナジュムダケは見つからない。
まだ日が高い時間帯だからいいが、夕刻になれば辺りは真っ暗になるだろう。
そうなる前に発見したいところだが……
「……ん? あれは……」
ふと、倒れて朽ちた樹の下に、ぼんやりと光るものを見つけた。
近付いて観察すると……それは、キノコ。
六芒星の模様を持つ、ナジュムダケに間違いなかった。
「あ……あったーっ!」
フリムは喜びを爆発させる。
よく見ると、すぐ側にもう一本生えている。これで一気に二本ゲットだ。
「よかったぁっ! 見つからなかったらどうしようかと思った! よーし、この調子で残り八本も……!」
と、ナジュムダケに手を伸ばした──刹那。
──ビリッ……バチバチィ!
ナジュムダケが明滅し……電撃を放った。
フリムは「わぁぁっ!」と飛び退き、バクバク心臓を鳴らす。
ナジュムダケは紫色に光り、未だパリパリと帯電していた。
「な……どういうこと……⁈」
今のは、魔導士が使う魔法に似ていた。
それが何故、キノコから発せられたのか……
フリムは警戒しつつ、側に生えたもう一本を採ろうとする。
が、そちらも同じく光り出し──
──ボウッ!
真っ赤な炎を、噴射した。
咄嗟に避け、尻もちをつくフリム。
今度は炎の魔法……やはり、ナジュムダケから発せられている。
……ありえない。
だって、魔法というのは──空中を漂う〈精霊〉を使役して顕現する力なのだから。
〈精霊〉は、魔族──現在のモンスターと同じ精神生命体だが、肉体は持たない。
空中の至る所に点在し、辺りを浮遊する、目に見えない存在である。
また、かつての魔族のような知能もなく、善悪の概念もないという。
他の生命体からの干渉に応じ、純粋に現象を引き起こすのみ。
そんな精霊に呼びかけ、望む事象を顕現するのが魔導士である。
つまり、ただのキノコが魔法現象を引き起こすなど不可能なはず。
しかしそこで、フリムは思い出す。
リューマはこのナジュムダケを、『魔界から来た外来種』だと言っていた。
普通のキノコならありえないことでも、魔界が原産の品種ならば、不可能が可能になるのかもしれない。
見たところこのキノコは、危険が迫ると周囲の精霊に呼びかけ、魔法を発動させるようだが……
(なるほど。だから報酬も破格だったんだ……もうっ。リューマさんキノコマスターなら絶対知ってたはずなのに、なんで教えてくれなかったの⁈ これじゃあ採取するどころか、近付くことすら……)
……と、考えかけて、はっとなる。
「そっか……だから、ロングスピア……!」
ようは、この槍で距離を取りながらキノコを突き刺せと、そういうことらしい。
槍でキノコを採るなんて、それこそ聞いたことがない。
だが、この状況においては、これ以上ない作戦だった。
「そうと決まれば……」
フリムはナジュムダケから離れ、ロングスピアを構える。
これだけ距離があれば、魔法攻撃を喰らうことはないと思うが……力加減を誤り、キノコを粉々にしてしまわないか心配だった。
「慎重に……軸の部分を切り取るように……」
重心を落とし、ナジュムダケの石づきに狙いを定める。
優しく、丁寧に……と、自らに言い聞かせた、その時。
──ガサガサッ。
背後から音。
そして、複数の気配。
バッと振り向くと、そこには……棍棒を手にしたゴブリンが三体、迫っていた。
(しまった。キノコに気を取られて、周囲への警戒を怠った……!)
フリムは慌ててロングスピアを構えようとする。
が、密集する樹々に長い槍が引っ掛かり、対応が遅れた。
そうしている間に、ゴブリンたちは「グギャァーッ!」と鳴きながら迫り……
フリムに向け、棍棒を振りかざした。
(やられる……!)
反射的に目を伏せ、痛みを覚悟する──が、その痛みは訪れなかった。
代わりに、
「──『勇者ユーリス』、参上!」
……という、勇ましい声が響いた。
フリムが「へっ?」と目を開けると……
次の瞬間、三体のゴブリンの首が、スパッと刎ね飛ばされた。
そのまま、塵となって消え……目の前に、棍棒がゴロリと転がった。
「い、今のは……」
「怪我はないか! お嬢さん!」
消滅したゴブリンの向こうから、先ほどの声がする。
見上げた先にいたのは、剣士の格好をした青年だった。
サラサラの金髪に、碧い瞳。
精悍で爽やかな雰囲気の美男子だ。
「は、はい……ありがとうございま……」
「礼には及ばない! 僕の名は『ユーリス』! 名前だけでも覚えてくれ!」
ものすごい覇気と声量。
フリムは圧倒されつつも、「はい……」と答えた。
「ところで、僕はこの森にある魔王城を目指しているのだが、どの辺りにあるか知っているか⁈」
堂々たる声で尋ねるユーリス。
それに、フリムはきょとんとする。
「えっと……魔王城があるのはここではなく、タシナの森です」
「なに⁈ ここはタシナの森ではないのか⁈」
「はい。タシナの森はラトゥリアの街の近くなので……ここから北へ進んだ先にあります」
「北だな! 承知した! ご親切にどうも、お嬢さん!」
そう答えるなり、ユーリスは白い歯をキランッと光らせ、雨林の奥へと去ってしまった。
「あっ、そっちは南で……って、行っちゃった」
三体のゴブリンを一撃で倒すあたり、かなり腕の立つ人物のようだが……極度の方向音痴なのか、うっかり者なのか。
「ちゃんとタシナの森に辿り着けるといいけど……」
フリムは立ち上がりながら、ユーリスの去って行った方を心配そうに見つめた。





