治癒神の双剣
このサーベルが……本当は、双剣?
驚くフリムの隣に、リューマが並び立つ。
「この片割れを、俺はずっと探していた。神殿のどこかにあることだけは突き止めていたが……最後の部屋に通ずる仕掛けだけが、どうしても開かなくてな」
「それってさっきの、ひし形の石像ですか?」
「ああ。どうやらあれは、人間と魔族が揃っていなきゃ開かない仕掛けだったらしい。あんたとその剣が一緒に辿り着いたからこそ開くことができた。そして……こいつが探し求めていた片割れとようやく再会できた」
「それじゃあ、この剣が光で示していたのって……!」
「そう。『魔劫結晶』の在り処じゃなく──自分の片割れの居場所を知らせていたんだ」
フリムは、震える。
ということは、つまり……
「……騙しましたね⁈ わたしにここを開けさせるために、『魔劫結晶』の在り処を示す剣だって嘘をついたんだ!」
「まるっきり嘘でもないだろ? 現にこうして『魔劫結晶』はたんまりあるわけだし」
確かにそうだが……フリムは納得がいかないまま、リューマをジトッと睨み付ける。
そして今一度、『魔劫結晶』を見回し、
「どうして、この剣の片割れがここにあるんですか? この神殿って……『魔劫結晶』って、一体何なんですか?」
頭を巡る疑問を、一気に投げかける。
リューマは腰に手を当て、しばし沈黙すると、
「……二百年前の戦争の時代、ここは、魔王軍による牢獄だったらしい」
と、思いがけないことを口にした。
「魔族たちは人間の魔導士からこの神殿を奪い、捕虜を閉じ込めるための牢獄に改造した。至る所にあるトラップは、捕虜を逃がさないための仕掛けだ。そして……ここに刺さっている片割れも、魔王軍の捕虜だった」
「え……」
この結晶に突き刺さった剣が、捕虜……?
「でも、この剣も魔族さんなんですよね? なのに何故、魔王軍の捕虜に?」
「魔族って言ったって、全員が魔王の意向に賛同していたわけじゃないだろう。人間との戦争に反対していた者もいたはずだ。この双剣も、そのクチだった。だから魔王は、片割れを捕虜としてここに閉じ込め、もう一方を戦争に参加させた。片割れを殺されたくなければ戦に協力しろ、ってな」
「そんな……」
「……なぁ。あんたは知ってるか? 精神生命体である魔族が、肉体だけでなく精神ごと消え、本当の意味で死を迎えるのがどんな時か」
いつになく低い声で尋ねるリューマに、フリムは少し緊張しながら、こう答える。
「えっと……たしか、心の底から敗北を感じた時や、生を諦めるほどの絶望を感じた時、ですよね? だからこそ、『敗北』という概念すらわからなくなったモンスターは本当の意味で死ぬことはなく、肉体を何度も復活させるんだとか……」
「そう。精神生命体の死は、文字通り精神の死だ。そんな魔族が、強い絶望を感じながら死を迎える時、形成していた肉体が精神の破裂により内側から硬化し、そのまま結晶となる。そうして出来上がったのが……この『魔劫結晶』だ」
フリムの目が、大きく見開かれる。
『魔劫結晶』は、絶望して死んでいった、魔族たちの遺骸。
だから、この牢獄の中にこれほどの結晶が存在しているのか。
捕虜たちのほとんどが、強い絶望を抱きながら死んでいったから。
「しかし、ここに刺さった剣だけは死ななかった。絶望せず、希望を抱いたまま、ここで片割れのことを待ち続けた。いつか必ず、再会できると信じて」
リューマはフリムを見つめ……小さく笑って、
「……引き抜いてくれないか?」
「え……?」
「今、その剣を借りているのはあんただ。だから……あんたが再会させてやってくれ」
そう言った。
フリムは、手の中のサーベルを……否、双剣の片割れを見つめ、
「……わかりました」
しっかりと、頷いた。
結晶の中に突き立つ片割れ。
その前に立ち、フリムは息を吸い、右手をゆっくり差し……
金色の柄をぐっと握り締め、想いと力を込めて、
「はぁぁあああっ!」
気を吐きながら、深く刺さったそれを──抜き放った。
虹色の光を反射しながら、露わになる銀の剣身。
瞬間、再会を果たした左右の剣が強い光を放ち……フリムの全身を包み込んだ。
──それは、不思議な感覚だった。
心地よい毛布に包まれているかのように、温かで柔らかな感覚。
胸の中に喜びと感謝が、静かに湧き上がってくる。
これは……この双剣が齎す感情なのだろうか。
気付けばフリムは、疲労感や空腹感を忘れ……全身の活力を取り戻していた。
「この感覚は……」
「その武器の名は、『治癒神の双剣』。使用者を癒す能力を持っている」
「癒す……?」
「片方でも回復効果はあるが、二本揃えば最強の治癒性能を発揮する。深い裂傷や骨折を瞬時に治すほどだ」
「へっ⁈」
だから、七日間不眠不休で飲まず食わずだったフリムの疲労感も回復したということか。
ここまで強力な治癒魔法は、人間の魔導士には発揮できないだろう。仮に回復できたとしても相応の時間がかかるはずだ。
「と、いうことで。ダンジョンの攻略および『魔劫結晶』の発見、おめでとさん。体力も回復したことだし、これで好きなだけ採掘できるな」
などとリューマが軽い口調で言うが、フリムは首をぶんぶん横に振る。
「いやいやいや、採掘しませんよ!」
「はぁ? なんで」
「だって、これ……魔族さんたちの亡骸なんですよね?」
それを聞き、リューマはきょとんと目を丸くする。
「そうだが、今となってはただの石だ。魔族の精神なんてとっくの昔に消えてるぞ?」
「それでも!」
フリムは、声を上げ、
「それでも、できません。亡骸を採掘するなんて、死者への冒涜です。今後も誰にも暴かれないよう、この部屋は封印して帰ります!」
リューマを真っ直ぐに見つめ、言った。
その目を、リューマは驚いたように見つめ返し……
やがて、ふっと笑って、
「……そうかよ。んじゃ、俺への三万ゼリンは報酬からじゃなく、持ち金から出してもらうしかねぇな」
「へっ? 三万ゼリン?」
「さっき言っただろ? 出張代および残業代および討伐代行費用、しめて三万ゼリン請求するって」
「は⁈ あれ、冗談じゃなかったんですか⁈」
「俺はいつだって本気だ。それがモテる男の条件だって資格試験の講習でも学んだ」
「助けた女の子にお金要求している時点でモテからは程遠いですが⁈」
まったく……つくづく掴みどころのない男だ。
フリムは肩を落とし、三万ゼリンをどう捻出しようか考え始めるが……その前に。
「ところで……どうしてリューマさんは、この神殿の歴史や、『魔劫結晶』の秘密について知っているんですか?」
と、根本的な疑問を、今さらながらに口にする。
「そもそも、魔族が宿る武器を貸しているのも謎だし、性能や背景を知っているのも不思議ですよね?」
リューマは、無言。
その眠そうな赤眼を、フリムはぐっと覗き込み、
「もしかして、リューマさんって……」
「………………」
「…………武器と、お話しできる人ですか⁈」
名推理! と言わんばかりに、指をぱちんっと鳴らす。
「きっとそう! 武器の中の魔族さんたちとお話しできるから、二百年前の事情とか武器の性能に詳しんだ! ですよね⁈」
目を輝かせ、自信満々に言うフリム。
リューマは…………肩をすくめて笑い、
「そうそう、その通り。なぁんだ、バレちまったかぁ」
「やっぱり! そうだと思いました! って、いま一瞬、馬鹿にしたように笑いませんでしたか?」
「いやいや、まさか。素晴らしい迷推理だなぁと、感心のあまり笑みが零れちまっただけだ」
「えへへー、それほどでも」
「ンなことより、もうすぐ貸し出して丸七日だ。早いとこ返却しないと死ぬし、罰金五百万だぞ?」
「はっ。かかか、返しますっ! 今すぐにっ!」
顔を青くして双剣を突き返すフリムに、リューマはやはり笑みを零し──
『魔劫結晶』が眠るダンジョンを、後にした。





