トラップ発動!
──神殿に入ってすぐの場所は、かつて魔導士たちが集会や儀式をおこなっていたであろう広間になっていた。
もっとも、テーブルや椅子は朽ち、あちこちに蔦が這っているため、当時の面影はほとんど残っていない。
その広間の奥に、さらに通路が続いていた。
魔法の炎だろうか、壁にかかった松明が床を均等に照らしている。
ここから先が、ダンジョンの本番であろう。
フリムは意を決し、通路へ進む。
すると……
「え……?」
目の前の景色が、ぐにゃりと歪んだ。
立ち眩みかと思い、目を伏せ、首を振る。
そして、再び目を開けると……
目の前に、モンスターがいた。
……って、
「うわぁぁあああっ!」
フリムは思わず飛び退く。
トカゲに似た頭を持つ、リザードマンだ。
それも二体。衛兵のような鎧を身に纏い、槍を携えている。
(いつの間に目の前に……⁈ いや、とにかく今は……!)
「わ……わたしは、『魔劫結晶』を採りにきた者です! そちらが危害を加えなければ、わたしも戦うつもりはありません! そこを通していただけないでしょうか⁈」
いつものように平和的な解決を目指すが……返ってくる答えも、いつもと同じ。
「……キシャァァアアッ!」
である。
二体のリザードマンは長い舌をチロチロと出しながら、問答無用で攻撃してくる。
槍による突きを避け、フリムは腰のサーベルを抜き、
「どいて……くださいっ!」
──シュッ、シュッ!
素早く、軽やかに、サーベルを閃かせ……鎧ごと、二体のリザードマンを斬り裂いた。
ドシャッ、と崩れ落ちる二体。
鎧と槍、鋭利な爪を残し、リザードマンは塵となって消えた。
「ふぅっ」と息を吐き、フリムはサーベルを見つめる。
相変わらずの頑強さと切れ味。リューマの貸し出す武器は、つくづく自分に合っている。
なんて、感心している場合ではない。
どうして突然、目の前にモンスターが現れたのか。
入り口の広間から通路に踏み込んだ時には、確かにいなかったのに……
と、来た道を振り返り……フリムは絶句した。
背後あったはずの広間が消え、石壁が続く通路へと変わっていた。
「う……うそーっ⁈」
これは……恐らく、魔法。
あの広間から先へ進んだ瞬間に発動する魔法のトラップにひっかかってしまったのだ。
ダンジョン内の別の地点に転移させられたのか、あるいは出入口がなくなったように見える幻術に囚われているのか。
魔導士ではないフリムには、その原理がわからなかった。
「どどど、どうしよう……いきなり出口がわからなくなっちゃった……!」
前にも後ろにも、閉塞感のある石造りの通路が伸びるばかり。
松明だけは変わらず続いているため、視界が明るいのはさいわいだが……どちらへ進めばいいのかすらわからない。
「……そうだ。こういう時こそ……!」
フリムは、サーベルを掲げる。
このサーベルは『魔劫結晶』のある方向を示してくれるらしい。
その導きに従って進む方向を決めよう。
でも……よく考えたら、どのような方法で導いてくれるのかまでは聞いていない。
もしかして……
(サーベルに宿る魔族が、ばばーんっと現れて導いてくれる……とか? だとしたら、ちょっと怖いかも……)
などと、一瞬思いもしたが、
(……ううん。リューマさんから借りる武器は、どれもわたしに能力を貸して、助けてくれた。きっとこのサーベルさんも、いい魔族に違いないよね)
そう思い直し、サーベルの柄をそっと握った。
『いい魔族』。
そんな言葉を口にすれば、ほとんどの人間が顔を顰めるか、笑い飛ばすだろう。
かつて魔族は、〈魔王〉に忠誠を誓い、命じられるがままに人々を蹂躙し、殺戮の限りを尽くした。
そしてその暴虐は、自我なきモンスターと化した現代も続いている。
魔族は、人類の敵。
それは二百年前から続く、人々の共通認識。
しかし……フリムは知っていた。
魔族だから、悪。
人間だから、善。
否。世界は、それほど単純ではない。
人間にだって、悪はいる。
それこそ、魔族より残酷で恐ろしい考えの持ち主だって、大勢いる。
だからフリムは、固定概念で考えるのをやめた。
人間に魔族以上の悪人がいるのなら、魔族にだって人間以上の善人がいるかもしれない。
結局は、個々の在り方の問題なのだ。
(もし、わたしに能力を貸してくれるのなら……お願いです。道を示してください)
フリムは誠実な心で、サーベルの中の存在に呼びかける。
すると……
サーベルの刀身が、キラキラと輝き──
──キィイン。
真っ直ぐな光を放ち、フリムの前の道を照らした。
「これは……進むべき方向を、光で示してくれている?」
どうやらこれこそが、この武器の能力のようだ。
『魔劫結晶』の方角を照らすだけなんて、なんともニッチな特性だが……
(リューマさんの言葉を信じてよかったぁ……!)
これで、進むべき道がわかった。
出口はあとで探すとして、まずは『魔劫結晶』の採掘に向かおう。
フリムはサーベルの光を頼りに、歩き始めた。
──ダンジョンの内部は、想像以上に入り組んでいた。
右へ左へ曲がりくねる通路。
同じ壁、同じ天井、同じ床が続き、本当に進んでいるのかわからなくなる。
しかし、手にしたサーベルはしっかりと進行方向を照らしている。
そのことが、閉塞感のあるこの場所での心の支えとなっていた。
時々、角を曲がった先でモンスターに遭遇することがあった。
先ほどと同様、サーベルで即座に対処し、事なきを得たが……
(また鎧を着たリザードマンだ。遭遇するモンスターは、みんな同じ装備をしている。元はこの神殿を警備する魔族だったのかな?)
リザードマンの爪を拾いながら、フリムは思う。
そもそも魔王軍は、何のためにこの神殿を略奪したのだろう?
魔導士の拠点を制圧し、人間たちの戦力を削ぐため?
それとも、この建物自体を何かに利用していた?
この入り組んだ構造は、明らかに元の神殿のものではない。魔族が占拠した後に改造したのだろう。
それに……
(鉱石って、普通は鉱山とか洞窟で採掘するものだよね? どうして『魔劫結晶』は、こんなダンジョンの中で採れるんだろう……)
さらに言えば、フリムは『魔劫結晶』がどのような見た目をしているのか知らなかった。
色や質感、形状も不明。
その辺りの通路に塊でにょっきり生えているのか、壁や床の石材の中に欠片として混ざっているのかさえわからない。
(「このサーベルが在り処を示してくれるならいっか!」と思って、ロクに調べないまま来ちゃったけど……リューマさんにもっと教えてもらえばよかった)
自分の呑気さに呆れ、「はぁ」と息を吐いた……その時。
──カチッ。
足裏に、何かを踏んだ感触。
「ん?」と見下ろすと、床の一部が出っ張っており、それを踏んだらしく……
なにやら、「ゴゴゴゴゴ」と、地鳴りのようなものが聞こえてきて……
「…………イヤな予感」
果たして、その予感は当たった。
進行方向、真っ直ぐに伸びた通路の天井がパカッと開き、そこから巨大な岩の球が落下し……フリムの方へ、ゴロゴロと転がってきた。
「うわ……うわうわうわ、うわーーーーっ‼︎」
フリムは両手を上げ、来た道を戻るように全力疾走した。
岩の球に追いかけられるなんて、ベタすぎるトラップだ。
そう思っている間にも、別のトラップが次々に発動する。
左右の壁から噴き出す炎。
氷が張り、ツルツルと滑る床。
正面から吹き荒れる突風。
それらを涙目で躱し、フリムはなんとか無傷を保つ。
背後からゴロゴロと迫る岩。
だが、もう少し走れば曲がり角に行き当たる。
サッと曲がってしまえば、岩の球は壁にぶち当たるだろう。
もう少しで……逃げ切れる。
しかし、
「…………うそ」
フリムの顔が、サーッと青ざめる。
通路の先の床が、ガラガラと崩落し……曲がり角までの道が、完全に途絶えたのだ。
底は真っ暗で見えない。
飛び越えられるような幅でもない。
このまま、岩の球と一緒に奈落の底へ落ちるしかないのか……⁈
「くっ……!」
こうなったら……イチかバチか。
「サーベルさん……痛かったらごめんね……っ!」
フリムは、ザッと足を止め、振り返る。
そして、重心を落とすと……
「はぁッ!」
迫り来る岩を、サーベルの先端で、鋭く突いた。
並みの武器ならば、転がってくる巨岩を剣先で受け止めることなど不可能。
ばっきり折れ、使用者もろとも潰されるのがオチだろう。
しかし──そのサーベルは折れない。
それどころか、フリムの怪力を余すことなく出力し、岩をピタリと止め……
──ピシピシピシッ……バゴォオオン‼︎
粉々に、砕いた。
バラバラと崩れ落ちる岩の球。
フリムは腕を下ろし、脱力する。
モンスターとの遭遇が落ち着いたと思ったら、このトラップの嵐。
さすがは前人未到のダンジョンだ。
サーベルの状態を確認するが、歪むことも欠けることもしていなかった。
「よかった……無理な使い方をしてごめんなさい」
鏡のような剣身に謝罪するが、サーベルは応えない。相変わらず『魔劫結晶』の在り処を光で示すのみだ。
この先は、より注意して進まなければ。
フリムは崩壊した岩の塊を乗り越え、光が示す方角へと向かった。





