第8話「七夕と願いごと」
六月の終わり。
梅雨はまだ明けていなかったが、青葉学園は少しずつ七月の空気に包まれ始めていた。
廊下には色紙。
教室には笹飾り。
生徒会主催の七夕イベントが近付いていた。
「短冊に願い事を書いてください!」
昼休み。
生徒会役員が各クラスを回っていた。
「願い事かぁ」
美咲は配られた短冊を見つめる。
「何書こうかな」
「成績アップとか?」
悠斗が言う。
「却下」
「即答かよ」
「もっと大事な願いがあるから」
意味深な笑み。
悠斗は嫌な予感しかしなかった。
◇
その日の放課後。
教室にはまだ何人か残っていた。
四葉もその一人だった。
机に向かいながら短冊を書いている。
誰にも見られないように。
こっそり。
何度も書き直して。
そして最後に小さく微笑んだ。
「これでいいかな」
だがその直後。
ガタッ。
「うわっ!」
驚いた拍子に短冊が床へ落ちる。
さらに風で飛ばされた。
「あっ!」
短冊は教室の後ろへ。
そこにいたのは――
悠斗だった。
「ん?」
思わず拾う。
そこには。
『大好きな人と、ずっと一緒にいられますように』
と書かれていた。
「……」
悠斗は固まる。
四葉も固まる。
数秒の沈黙。
そして。
「か、返してー!!」
四葉が顔を真っ赤にして飛び込んできた。
「ご、ごめん!」
悠斗も慌てる。
短冊を返す。
四葉は両手で隠した。
耳まで真っ赤だった。
「み、見た?」
「少しだけ」
「うぅ……」
今すぐ消えてしまいたかった。
穴があれば入りたい。
そんな気分だった。
◇
帰り道。
悠斗は一人で歩いていた。
頭の中には短冊の言葉。
『大好きな人と、ずっと一緒にいられますように』
四葉の好きな人。
誰だろう。
考えた瞬間。
なぜか胸がざわついた。
もし他の誰かだったら?
そんなことを考えている自分に驚く。
「俺……」
答えはまだ見えない。
◇
翌日。
七夕イベント準備。
クラス全員で笹を飾っていた。
「高いところ届かないー!」
四葉が背伸びする。
すると。
「ほら」
悠斗が短冊を受け取る。
そして代わりに結び付けた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
自然なやり取り。
それだけなのに四葉は嬉しくなる。
しかし。
「仲良いね」
玲奈の声。
二人が振り返る。
玲奈は笑っていた。
だがその笑顔の奥には複雑な感情も見える。
「神宮寺さんも手伝う?」
悠斗が言う。
「もちろん」
玲奈は脚立に乗る。
ところが。
ぐらっ。
バランスを崩した。
「危ない!」
悠斗が反射的に支える。
玲奈は悠斗の腕の中へ。
教室が静まり返る。
「……」
「……」
近い。
近すぎる。
玲奈は数秒固まり。
そして。
「ありがとう」
珍しく顔を赤くした。
その様子を見た四葉の胸がちくりと痛む。
◇
昼休み。
屋上。
今日は美咲も来ていた。
「なんか最近ここに来る人増えたね」
「確かに」
悠斗が苦笑する。
四葉も笑った。
しばらく四人で話していると。
話題は七夕になった。
「願い事書いた?」
玲奈が聞く。
「書いた!」
美咲が即答する。
「何を?」
「秘密」
「怪しい」
「怪しくない」
全員が怪しいと思った。
「四葉ちゃんは?」
美咲が聞く。
「ひ、秘密」
四葉は慌てる。
悠斗は思わず目を逸らした。
昨日見てしまったからだ。
四葉もそれに気付いてさらに赤くなる。
「?」
玲奈と美咲は不思議そうだった。
◇
七夕当日。
青葉学園の中庭には大きな笹が設置されていた。
たくさんの短冊が揺れている。
生徒たちは楽しそうに眺めていた。
放課後。
四人も中庭へ向かう。
「すごい」
四葉が見上げる。
色とりどりの短冊。
風に揺れていた。
その時だった。
突然の強風。
ざわっ!
「きゃっ!」
笹が大きく揺れる。
そして一枚の短冊が外れた。
ひらひら。
舞い落ちる。
悠斗は反射的に掴む。
そこに書かれていた願い事。
『藤崎悠斗と結ばれますように』
「え?」
全員が固まる。
悠斗も。
四葉も。
玲奈も。
そして美咲も。
誰の短冊なのか。
視線が集まる。
短冊の裏。
そこには――
『朝倉美咲』
と書かれていた。
「……」
「……」
「……」
空気が凍る。
美咲は真っ赤になった。
「返してぇぇぇぇ!!」
猛ダッシュ。
短冊を奪い取る。
「見るなー!!」
そのまま走って逃げた。
残された三人。
数秒後。
「ぷっ」
玲奈が吹き出す。
「ははは!」
悠斗も笑った。
四葉もつられて笑う。
恥ずかしい事件だった。
でもどこか温かい。
そんな七夕だった。
◇
その夜。
自宅。
悠斗は窓から夜空を見上げていた。
雲の隙間から星が見える。
七夕。
願い事。
四葉の願い。
美咲の願い。
そして玲奈の想い。
みんな本気だ。
だからこそ。
自分も逃げてはいけない。
そう思い始めていた。
しかしその時。
スマホが鳴る。
送信者は玲奈。
『明日、放課後少し時間ある?』
短いメッセージ。
だが予感がした。
何かが変わる。
そんな予感が。
四人の恋はさらに加速していく。
そして次回――
転校生・神宮寺玲奈がついに自分の想いを打ち明ける。
悠斗の心もまた、大きく揺れ始めるのだった。
第8話 完
次回 第9話「転校生の告白」
玲奈の真っ直ぐな想い。そして四葉と美咲が知ることになる新たな恋の行方――。




