第7話「転校生と新しい風」
六月中旬。
梅雨の雨が窓を叩く朝。
一年二組の教室はいつも以上に騒がしかった。
理由は一つ。
「今日、転校生が来るらしいぞ!」
男子の一言で教室がざわついていた。
「男子かな?」
「女子だったらいいな!」
「美人希望!」
好き勝手な声が飛び交う。
悠斗も席に座りながら聞いていた。
すると隣の美咲が身を乗り出す。
「絶対女子だと思う!」
「なんで?」
「勘!」
「根拠ゼロじゃん」
「女の勘をなめるな!」
そんな会話をしているとチャイムが鳴った。
担任の佐伯先生が教室へ入ってくる。
「みんな静かに」
ざわつきが収まる。
先生は教室の扉を見る。
「入ってきなさい」
ガラッ。
扉が開いた。
そこに立っていたのは――
長い黒髪の少女だった。
整った顔立ち。
涼しげな瞳。
落ち着いた雰囲気。
教室が一瞬静まり返る。
「綺麗……」
誰かが呟いた。
少女は黒板の前に立つ。
「転校してきました。神宮寺玲奈です。よろしくお願いします」
短い挨拶。
それだけだった。
だが存在感は十分すぎた。
「神宮寺さんは東京から来たそうだ」
先生が説明する。
「仲良くしてやってくれ」
「はーい!」
クラス中から声が上がる。
玲奈は軽く会釈した。
そして――
「神宮寺さんの席は……」
先生が教室を見渡す。
「藤崎の後ろだな」
悠斗は思わず振り返る。
玲奈と目が合った。
「よろしく」
小さく微笑む玲奈。
「よ、よろしく」
悠斗は少し戸惑った。
◇
休み時間。
当然のように玲奈の周りには人だかりができていた。
「東京ってどんな感じ?」
「芸能人見たことある?」
「彼氏いる?」
質問攻めである。
しかし玲奈は嫌な顔一つせず答えていた。
「大変そうだな」
悠斗が呟く。
すると。
「そう思うなら助けてくれない?」
後ろから声がした。
玲奈だった。
「え?」
「人が多いの苦手なの」
そう言いながら少し困った顔をする。
意外だった。
クールな印象だったからだ。
「助けてくれたら昼ご飯奢る」
「安いな」
思わず笑う。
玲奈も少し笑った。
それが初めて見る彼女の自然な表情だった。
◇
その様子を見ていた人物がいた。
白石四葉。
「あ……」
胸が少しざわつく。
玲奈は綺麗だった。
大人っぽい。
自分にはない魅力がある。
そして何より――
悠斗と楽しそうに話していた。
理由の分からない不安が胸に広がる。
◇
昼休み。
屋上。
いつものように悠斗と四葉が昼食を食べていた。
「今日は雨だね」
四葉が空を見上げる。
灰色の雲が広がっている。
「そうだな」
すると。
ガチャ。
屋上の扉が開いた。
現れたのは玲奈だった。
「あれ?」
玲奈は二人を見つける。
「藤崎くん」
「神宮寺?」
「こんなところにいたんだ」
玲奈は近づいてくる。
そして自然に隣へ座った。
四葉は少し驚いた。
「友達?」
玲奈が聞く。
「うん」
四葉が答える。
「白石四葉です」
「神宮寺玲奈」
二人は挨拶を交わした。
表面上は穏やかだった。
しかしどこか微妙な空気が流れていた。
悠斗だけは全く気付いていない。
◇
放課後。
玲奈は窓際の席で本を読んでいた。
すると悠斗が帰り支度を始める。
「藤崎くん」
「ん?」
「図書室どこ?」
「案内しようか?」
「お願い」
二人は教室を出た。
その姿を四葉は見送る。
胸が少し痛かった。
「四葉ちゃん」
彩花が声を掛ける。
「どうしたの?」
「え?」
「顔に全部書いてある」
四葉は慌てる。
「な、何もないよ」
「嘘」
彩花は笑った。
「好きなんでしょ?」
その言葉に四葉の顔が真っ赤になる。
否定できなかった。
◇
図書室。
「ありがとう」
玲奈が言う。
「別に」
「優しいね」
「普通だろ」
玲奈は少し笑った。
そして本棚を眺める。
「私さ」
突然話し始める。
「転校したくなかったんだ」
「そうなのか」
「友達もいたし」
寂しそうな目。
初めて見せる表情だった。
「でも父親の仕事で引っ越し」
悠斗は静かに聞いていた。
「だから最初は嫌だった」
玲奈は窓の外を見る。
雨が降っている。
「でも」
少し微笑んだ。
「この学校、思ったより悪くない」
その視線の先には悠斗がいた。
◇
数日後。
玲奈はすっかりクラスに馴染んでいた。
勉強もできる。
運動もできる。
性格も良い。
男女問わず人気が出るのは当然だった。
そんなある日。
放課後の校舎裏。
四葉は偶然玲奈と二人きりになった。
「白石さん」
玲奈が声を掛ける。
「はい」
少し緊張する。
玲奈は真っ直ぐ四葉を見る。
「藤崎くんのこと好き?」
突然だった。
四葉は固まる。
顔が真っ赤になる。
「えっ!?」
玲奈は笑わなかった。
冗談でもなかった。
「やっぱり」
その反応で十分だったらしい。
四葉は俯く。
「好き……です」
小さな声。
でも確かな言葉。
玲奈は静かに聞いていた。
そして。
「私も」
「え?」
「藤崎くんが気になってる」
四葉は目を見開く。
玲奈は続ける。
「だから負けない」
真っ直ぐだった。
宣戦布告にも似た言葉。
しかし嫌味はなかった。
ただ本気だった。
四葉も拳を握る。
怖い。
自信もない。
だけど――
逃げたくなかった。
「私も……負けません」
初めて強い声が出た。
玲奈は少し驚き、そして微笑む。
「そうこなくちゃ」
◇
その日の帰り道。
悠斗は何も知らずに歩いていた。
美咲と並んで。
「なんか最近モテるね」
美咲が言う。
「は?」
「四葉ちゃん」
「神宮寺さん」
「それから――」
美咲は少しだけ視線を逸らす。
「私」
悠斗は思わず足を止めた。
美咲は苦笑する。
「忘れたわけじゃないよね?」
「……」
忘れるはずがない。
美咲の告白。
四葉の優しさ。
玲奈との出会い。
気付けば自分の周りには大切な人たちがいた。
だけど。
その想いにどう応えるべきなのかはまだ分からない。
梅雨空の下。
四人の恋は静かに動き始めていた。
幼なじみの朝倉美咲。
四葉のクローバーを愛する白石四葉。
東京から来た転校生・神宮寺玲奈。
それぞれの想いが交差する時――
青春はさらに大きく動き出す。
第7話 完
次回予告 第8話「七夕と願いごと」
七夕祭りの準備が始まる青葉学園。短冊に込めるそれぞれの願い。そして悠斗は偶然、四葉の秘密の願いを知ってしまう――。




