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第4章 大宮司ジン・ミツル(後半)




     四



 ロシアにとってジン・ミツルの研究はどうしても阻止せねばならないものであった。 ロシアの歳入の50パーセントは石油と天然ガスの輸出によるものであり、マニの技術が世界に拡散されて石油も天然ガスも不要な世界が到来すれば、ロシアは国家としての生命線を断たれる。

 ただ、マニの技術については公表されておらず、ロシア政府がその件を知り得たはずがなかった。


 「どうしてわかったのだろう?」

 と、山剛はつぶやいた。

 「ロシア政府も予知能力者を集めているのかもしれんな」

 と言ったのは、ジン・ミツルであった。


 未来は変えることができると、ジン・ミツルは思っていた。

 そして、レーナが顔認識ソフトにひっかかって以降はシャツの下に防弾チョッキを着ていた。頭部に受けた弾丸はかすっただけであった。

 が、マスコミには死亡したことにした。 FBIには死亡診断書を見せておいた。


 ジン・ミツルはロシアに対する作戦を考えた。

 相手にも予知能力者がいるのだとすれば自分が死んでいないことはばれているはずだった。


 「マニの技術の特許権を申請してくれないか」

 と、ジン・ミツルは言った。

 話が唐突すぎて山剛は戸惑った。

 その顔を見たジン・ミツルは、

 「イスラエルを使ってロシアをつぶす」

 と言った。



 山剛はPCT(特許協力条約)を利用し、マニの基幹技術を150カ国以上へ同時に特許申請した。

 ジン・ミツルが予想したとおりにイスラエルは素速く反応した。

 石油のいらない世界を実現すれば宿敵のイランも、レバノンのヒズボラも、イエメンのフーシ派も資金源を絶たれる。イスラエルが生き残る道はこれしかないわけで、マニの技術の拡散に積極的になるのは火を見るより明らかであった。

 そして、イスラエルがマニの技術を使った重力発電所を建造する計画を始動すると、ロシアはイランやイエメンのフーシ派とともにミサイル攻撃をかけた。が、それらのミサイルはすべて迎撃された。

 するとロシアは、イラン、トルコ、リビア、とともに陸上部隊を進発させた。

 ロボット歩兵による包囲戦であった。ちなみに、フーシ派はロボット兵を用意できず、その包囲戦には参加しなかった。


 イスラエルはここで核兵器を使ったと思われる。

 戦線が広すぎて守り切れず、同盟軍を追い払うにはそれしかなかったろう。


 同盟軍の陸上部隊は一瞬にして吹き飛んだ。

 が、ロシアはそのまま引き下がることができず、イスラエルに対して核ミサイルを発射した。 イスラエルはそのミサイルを迎撃し、返す刀でクレムリンに核攻撃をかけた。

 モスクワの住民は半数が即死し、残りの半数も大量の放射線を浴びた。

 ロシア大統領と首相は地下シェルターで助かったが、軍を動かすためのインフラが消失してしまい、無力となった。


 中夏政府はそのロシアに人民解放軍を派遣した。

 「人民救済」

 という名目であったが、実際にはそうではなかった。


 世界に激震が走ったそのとき、グレート・フジでジン・ミツルの葬儀が行われることになった。





     五




「皆さん、未来は変えることができます」

 と、ジン・ミツルが言うと、首脳たちはざわめいた。

 とりわけイスラエル国の首相は動揺した。

 粘着テープを口に貼られたムーチェン大統領はもぐもぐ言っていたが、静かになった。


 ジン・ミツルが目配せすると、プロレスラーのような黒服の男たちはムーチェン大統領と中夏の国家主席のテープをはずした。

 すると、ムーチェンはここぞとばかりに大声をあげ、

 「オマエの国師という地位を剥奪する」

 と英語で言った。


 ジン・ミツルは笑った。

 そして、

 「あなたにはその権限はないはずです。そもそもわたしを国師に任ずる権限がない」

 と言った。

 

 ムーチェン大統領は大統領に就任してから23年が経過していた。

 その間に5回の大統領選挙に当選している。本来、USAN大統領の任期は2期(8年間)と憲法で定められていたのだが、ムーチェンは2期目の選挙に当選したときにその制限条項を撤廃してしまっていた。憲法改正には上院と下院のそれぞれで3分の2以上の賛成が必要であったが、当時の上院議員や下院議員は人民解放軍を怖れてひとりも反対しなかった。

 それから、USAN大統領はUSAN国内で産まれた者でなくてはいけないと憲法で定められていたが、ムーチェンが政府に提出した出生証明書は偽造書類であった。

 

 ジン・ミツルがそのことを言うと、ムーチェンは笑いだし、

 「そんなつまらぬことを今さら言って何になる」

 と言いながら国家主席の顔を見た。

 が、国家主席は笑っていなかった。


 「これを見てください」

 と、ジン・ミツルが言うと、背後のディスプレイに三峡ダムの映像が映った。

 ダムは溢れんばかりの水を溜め込んでいて、その水量は390億トンを超えていた。

 そして、その次にチベット国のダムの映像が映った。これには三峡ダムほどの水量はない。平坦なチャンタン高原に円形の堤防が築かれていて、その内側に水が蓄えられているが、その量は3億トンほどである。


 「このチャタン高原のダムの水を一気に放出しますと、その水は長江を伝い、たぶん、三峡ダムを崩壊させます」

 と、ジン・ミツルは説明した。


 国家主席はどんよりとした目つきになり、殺意を帯びた表情をした。

 チベット国がそのダムを完成させて以降、中夏政府はチベット国に対する態度を改め、戦略的互恵関係を言いはじめていた。豪雨が降ったりして三峡ダムが決壊しそうになるとチベット国に頭をさげてそのダムの放水量を減らしてもらったりもしていた。


 「オマエは何をしようと言うのだ?」

 と、国家主席は言った。


 「まあ、ご覧ください」

 と、ジン・ミツルは言った。

 すると、

 円形のダム湖の水が回転しはじめた。


 「このダム湖の水がどうして回転しているかわかりますか?」

 と、ジン・ミツルは言いながらイスラエル国の首相の顔を見た。

 首相にはピンとくるものがあり、

 「おぉぉぉ——」

 と声を出した。


 「これはエッシャーのだまし絵の原理です」

 と、ジン・ミツルが言うと、ディスプレイにエッシャーの有名な絵が映った。滝から落ちた水が水路に沿って流れているのだが、水は水平に近い水路を通っているはずなのに、いつの間にか滝の上部にたどり着く。

 「先ほどフランスの大統領にお見せした円盤を浮かす原理のことをわたしはマニの原理と呼んでいます。マニの原理を使うと、このように水を回転させられます。実は、このダム湖の下には大型のマニが埋まっているのです。これは、イスラエル国が建設を予定している重力発電所と基本構造は同じものです」

 

 「その特許権で世界を支配したいということか?」

 と、国家主席は嫌味な顔で言った。


 「そうです。そのとおりです」

 と、ジン・ミツルは笑いながら言った。だが、次に出て来た言葉はニュアンスが違っていた。

 「わたしは、このマニの原理の特許権と重力発電についての技術支援をわたしが認める国にのみ無償で提供します」


 国家主席の目に再び殺意が浮かんだ。

 だが、

 「国家主席、あなたの国をもわたしは無償で支援します。なんなら、重力発電所をひとつつくってさしあげます。ですから、ロシアに入った人民解放軍を撤収させてください。重力発電によるエネルギーが使えるようになれば、ロシアの石油も天然ガスも必要ないでしょう」

 と、ジン・ミツルはさらに言った。


 ざわめきが起こった。


 「ちょっと待った!」

 と大声を出したのはフランス大統領であった。

 「ロシアを解放すれば、ロシアはまた核兵器を使うぞ」

 

 これに対し、ジン・ミツルは言った。

 「どこに対してですか? もうイスラエルに対しては使わないでしょう」


 「なにゆえロシアを助けるのか!」

 と言ったのはイスラエル国の首相であった。

 

 「ロシアを助けるつもりはありません。皆さんがロシアの石油や天然ガスを買わなくなれば、ロシアは南米の一小国よりも弱くなるでしょう。イランやトルコも同じです」

 と、ジン・ミツルはイスラエル国の首相に答えた。


 石油を買う国がなくなれば、イランなどは砂漠の砂の中に埋もれて消え失せる。トルコは産油国ではないが、ロシアの石油や天然ガスをヨーロッパに送るための中継国として莫大な収入を得ていた。これも石油を買う国がなくなれば弱体化する——、というのがジン・ミツルの見解だった。

 

 この後、発言する者がどっと増え、議論は大いに盛り上がった。

 が、やがて広間は静かになった。


 しばらく沈黙が続いたところでインドの首相が言った。

 「ミスター・ジン、あなたをインドの国師に迎えたい」


 各国の首脳たちは一斉にインドの首相の顔を見た。

 




     六




 この大葬儀における議論は世界中央銀行の設立を大いに加速させた。

 そして、その前段階として国連の解体とその代替機関となる新しい組織の結成が議論されるようになった。その組織の名称は、

 ABAN CAPITAL UNION(アバン資本連合)、

 となり、ジン・ミツルをその初代CEOとする主張がUSANや中夏やインドやチベット国などによって支持された。これに真っ向から反対したのは、ロシア、イラン、トルコ、韓国などであった。

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