第3章 リチウム・トラップ
一
ミン・ムーチェン中将がUSAN大統領に就任したのはジン・ミツルが23歳のときであった。
ニュージーランドで拉致された一条ネモリン大統領がロサンゼルスに連れ戻され、ミン・ムーチェンを副大統領に就任させ、その就任式の終了とともに辞任した。
大統領が辞任したので副大統領がその任期を引き継いだという形になったわけである。
このシナリオを書いたのはネモリンの情婦となっていた次席補佐官であった。
名を、山本キリル、と名乗っていたが、実は本物の山本キリルは大学を卒業する直前に死亡しており、ホワイトハウス内で山本キリルと名乗っていたのは別人であった。
スン・チョン(孫冲)、
というのが本名で、これは山本キリルと同じ大学に留学して山本キリルになりすました者であった。そして、このスン・チョンは中夏の国家安全部のエイジェントであった。
「よくやった、スン・チョン」
と、大統領に就任したムーチェン中将は頬と腹の肉をゆすりながら執務室のソファに腰かけていたスン・チョンの肩を叩いた。
その手がブラウスの胸の中に入ってくるのを予測したスン・チョンは素早く立ち上がり、
「お褒めにあずかり恐縮です」
と、英語で言った。
ムーチェン大統領はその素速い身のこなしに感心して大笑いし、
「オマエは本当に大したもんだ」
と、北京語で言った。
ネモリンが大統領職にあったとき、CIAはネモリンを暗殺するための作戦を敢行したことがあった。無能な大統領をこれ以上その職に就かせておくわけにはいかない、ということで国務長官や統合参謀本部議長などもその作戦に同意していた。
リフォーム・イーグル・オペレーション、
と名づけられたその作戦を阻止したのはスン・チョンであった。
スン・チョンはエグゼクティブ・アシスタントでしかなかったが、次席補佐官にまで昇任し、ネモリンの情婦となったのはその件でネモリンに恩を売ったためである。
「オマエがいれば安心だ」
と、ムーチェン大統領はさらに言った。
すると、
「大統領、ご安心されるのはまだ早うございます。今、USAN国内には大きな脅威が存在しています」
と、スン・チョンは言った。
これに対し、
「カリフォルニア州の反乱分子はほぼ消滅した。ネバダ州もすぐ終わる。今後はUSANのアーミーも使えるので来年までにはすべて片づくはずだ」
と言ったのはCIA長官であった。
宦チョーチ、
という名で、これは旧日本人であったが、中夏移民の3世であった。
リフォーム・イーグル作戦の失敗により失脚したCIA長官の後任としてその地位を得たのだが、これはスン・チョンの手の者であった。
スン・チョンはまゆ毛を上げて宦CIA長官を見おろし、
「わたくしが申し上げているのは武装勢力のことではございません。富士山頂の神社を購入したチベット国の国師のことです」
と言った。
ミン・ムーチェンはなんのことかわからず怪訝な表情になった。
宦CIA長官は、
「ジン・ミツルのことか? 政治的な人間ではないという報告を受けているが・・・・・・」
と言った。
「あらっ、長官、その報告はどちらのスジから出たものでしょう? ジン・ミツルは中学生のときに北京にわたり、宝クジをあてて資金をつくり、クリスティーズのオークションに始皇帝の印璽を出品して1000億DENというカネを中夏政府から引き出し、それを持ってチベット国にわたり、チベット国に核ミサイルを持たせた者ですよ」
と、スン・チョンは微笑みながら言った。
これを聞いたムーチェン大統領は真顔になり、
「そんな人間がいたとは聞いたことがないぞ」
と言った。
「チベット国の件は中夏政府の沽券にかかわりますので公表されていません」
と、スン・チョンはその疑問に答えた。
「その者は排除(eliminate)せねばならんな」
と、ムーチェン大統領は鼻から息を吐いた。
二
ジン・ミツルの執務室にFBIの捜査官がやってきたのは、それから1ヶ月後のことであった。
「あなたは、ズルフィカール・アリー・カマールというパキスタンのテロリストと取引されていますね?」
というのが、捜査官の口上であった。
ズルフィカールというのはパキスタン国内で5本の指に入る富豪であり、その曾祖父は大統領であった。が、このときは国内最大の反政府軍を率いる軍閥となっていた。
チベット国に核ミサイルを横流ししたのは、このズルフィカールであった。
「そのズルなんとかという人物は知りません。たぶん、面識もないと思います」
と、ジン・ミツルは答えた。
「あなたがチベット国の国師に就任され、外交特権を保証されているのはチベット国が核ミサイルを入手した際の取引を成功させた功績によるものですよね?」
と、捜査官はさらに詰め寄った。
が、ジン・ミツルはすらりと言った。
「わたしはそのような取引には関与しておりません。チベット国の国債を購入しただけです。チベット国がそのカネで核兵器を買ったのかもしれませんが、そのようなことはわたしとは関わりのないことです。だいたいその当時のわたしは17歳くらいでした。核ミサイルの取引などに関与できるわけがありません」
捜査官は黙って去った。
ジン・ミツルには不逮捕特権があり、それ以上のことができなかったのだが、そのまま引き下がるつもりは毛頭ないのが見て取れた。
「敵のねらいは何ですかね?」
と、山剛は言った。
「手の内をベラベラとしゃべっていたようだが、おかしいな。FBIの方に目を向かせておいて、まったく別のところから攻めてくるのではないかな?」
と、ジン・ミツルは山剛の顔を見た。
山剛は、はっ、としてディスプレイのスイッチを入れた。来客中ということでスイッチを切ってあったわけだが、その間に何かが起きていたのではないかと思ったのである。
ディスプレイに経済指標が表示されると、山剛もジン・ミツルも唸った。
チベット国の国債が暴落していたのである。
そして、階下の事務局から連絡が入った。
「今すぐテレビをつけてください!」
ディスプレイを報道関係の配信動画に切り換えると、ミン・ムーチェンの画像が出ていて、声明を読み上げていた。
「——テロ支援国家に指定しました。これから経済制裁に入ります。くり返します。チベット国と国交を断絶しました——」
「ああっ」
と、山剛は思わず声を出したがそのときすでにジン・ミツルは携帯PCの暗号回線でチベットのチャン・ウェイ司令官に電話を入れていた。
「今すぐリチウム精製工場を止めてください。事情はあとで説明します」
ジン・ミツルはさらに山剛に言った。
「逃げろ!」
山剛は即座にその意図を察し、非常用の通路からドームに向かって走った。
その後ろ姿を見送りながら、ジン・ミツルは階下のトレーダーたちに連絡を入れた。そこには200名のトレーダーがおり、日々、アバン・キャピタルの資産を売ったり買ったりしていた。AIを使う部門もあったが、チベット国債は基本的に売らない方針になっていたのでそのぶんは手動で入力するようになっていた。
「チャンスです。チベット国債を買えるだけ買いなさい。地下に保管してある金や白金もすべて売り払ってチベット国債に替えなさい。横浜港のタンクの原油も売りなさい。時間があれば船やトラックも売りなさい。叩き売りでかまいません。ロサンゼルスやニューヨークなどの土地については、限界まで抵当に入れてカネを借り、そのカネでチベット国債を買いなさい。あと5分で完了してください」
そのとき、秘書がドアを開けて言った。
「先ほどのFBIの皆さんがまたいらっしゃいました」
憮然として帰ったはずの捜査官たちは嬉しそうに笑いながら言った。
「あなたの不逮捕特権はもう消滅しましたので逮捕いたします。地下に保管してある貴金属は差し押さえます。横浜港のタンクの原油もです。テロ支援用の資産とみなします」
ジン・ミツルは無表情にそれらの顔を見ながら言った。
「不逮捕特権がなくなったのであれば仕方がありませんね。しかし、地下の貴金属はもうわたしのものではありません。先ほどすべて売り払いました。今はロンドン貴金属市場に所有権が移ってしまっています。横浜港の原油もです。今は原油先物取引を行うロンドン市場に出ています。BPやシェルなどに所有権が移っているでしょう。それから土地もあるんですよね。土地は簡単には売れませんが、担保に入れて限界までカネを借りました。それらのカネはもう現金では残っていません。証券に替えてしまいましたが、その証券は国内にはありません」
ジン・ミツルがそう言い終わったまさにそのとき、階下でキーボードを叩いていた200名のトレーダーたちはすべての取引を終了した。
購入したチベット国の国債はチベット国の中央銀行の金庫から外には出ない。金庫内に保管されたまま名義だけが変更される仕組みになっている。
また、アバン・キャピタルの自社ビルについては地元の野球チームのホームグラウンドとなっており、それをテロ支援資産として政府が差し押さえるということにはならない。
差し押さえられるとすると、それはトレーダーたちが使っていた電子機器ぐらいであった。
捜査官は青ざめつつもジン・ミツルに手錠をかけた。
その頃、山剛はドーム内の通路を走っていた。ドームではMLBの試合が行われており、通路内は大勢の観客でごった返していた。
三
FBIに拘束されたジン・ミツルはそのまま垂直離着陸機に乗せられて横田基地に運ばれ、そこから軍用機でロサンゼルスへ移送された。FBI本部は首都とともにロサンゼルスに移転されてあった。
そのFBI本部で監禁されたジン・ミツルを尋問したのはFBI捜査官ではなく、スン・チョンであった。
黒いジャケットと黒いミニスカートと黒いストッキングを身にまとい、真っ赤なハイヒールを履いたその女は32歳であったが20代にしか見えない。薄い唇に塗られた口紅がひどく赤かった。
「国師さん、あなたは中夏政府を敵にまわしましたね。どうしてです?」
と、スン・チョンはまず言った。
「わたしはだれかを敵と思ったことはありません」
と、ジン・ミツルは答えた。
「真面目に答えたほうがいいですよ。あなたの今の立ち場は非常に厳しい状況です」
と言ったのは、FBIの担当官で、これは白人であった。 「なるほど、この取り調べはあなたの担当なんですね? わたしの目の前に腰かけていらっしゃる美人の方はゲストということでしょうか?」
と、ジン・ミツルは担当官に向かって質問を返した。
スン・チョンは表情を硬くし、
「あなたは泰山に埋められた玉冊をどこかに隠してますね?」
と、本題に入った。
現金も貴金属も石油も土地も差し押さえられなかったため、隠し持っている宝物でも搾り取ろうということであった。
ジン・ミツルは笑いだした。
「あなたたちは、まだそんなことに執着しておられるのですか? 玉冊などは博物館の飾りにしかならんでしょう。そのような物にこだわってらっしゃるということは、あなたは中夏の国家安全部の人なんですね?」
スン・チョンは渾身の力を込めてジン・ミツルの頬を叩いた。
すると、ジン・ミツルは、
「わたしが中学生のときにわたしを拷問したお医者さんがいましたが、なぜか突然亡くなられました。お気をつけなされ」
と言った。
これに怒ったスン・チョンは再度ジン・ミツルの頬を叩いた。
すると、ジン・ミツルは面白そうな顔して、白人の捜査官の方を向き、
「あなたはクリスチャンですか?」
と尋ねた。
捜査官は表情を変えなかったが、ジン・ミツルは続けた。
「右の頬を打たれたら左の頬を出せとジーザスは言ったそうですが、どういう意味かわかりますか?」
「・・・・・・」
「頬を打たれたのはジーザスの弟子で、その頬を打っていたのはジーザス本人だったんだろうなとわたしは考えています」
これを聞いた捜査官はしばらく考えてから真っ赤な顔になった。
スン・チョンの尋問はここからひどく陰湿になった。
「あなたの母親が死んだのはあなたのせいではないか?」
「あなたの父親の理論が認められなかったのはあなたの面倒をみるために研究の時間が充分とれなかったからではないか?」
「あなたは何につけても自分のことを優先してるのではないか?」
「始皇帝は暴君ではなかったという映画をあなたはつくったが、それは自分を正統化したいがためのウソだったのではないか?」
というような個人の人格を攻撃する尋問が延々と続いた。
だが、ジン・ミツルはそれらの攻撃をすべて受け容れ、
「そのとおりです」
と言い続けたらしい。
そして、
「わたしには他人に対する憐憫や思いやりはありません」
と言いながらニッコリ笑ったと記録にある。
四
その頃、山剛はブカブカのジャケットを着込み、野球帽を深々とかぶり、下を向きながらひとりで京都の雑踏の中を歩いていた。
部下のトレーダーたちは全員逮捕されてしまっていた。
山剛がドームから逃げられたのはMLBの試合が終わってどっと帰宅しはじめた観客たちにまぎれ込めたからであった。
やがて、山剛はQTR(量子通信基礎技術研究所)の物品搬入口の前に立った。
脳内に浮かんだものを画像として取り出す研究を行っている会社で、チベットの研究所との技術提携はすでに5年目に入っていた。
小型のステーションワゴンがゲートをくぐって入って行くのを見て、山剛はそのあとについてゲートをくぐった。
制服を着た守衛が出て来て、
「お客さん、ちょっと困るんですが」
と言ったが、
「わたしはチベットの予知能力研究所の者です。初めて来たもので・・・・・・」
と言うと、
「ああ、そうですか玄関は反対側ですが、こちらからも入れます」
と、守衛は親切に山剛を案内した。
守衛もチベット国がテロ支援国に指定されたことは報道番組などで聞いていたのだろうが、自分たちの仕事がテロに関わっているという意識がまったくないため、チベットから来た関係者に対してはなんの疑念も抱かなかったのであった。
物品搬入口から中に入った山剛は、そのまま社長室に向かった。
山剛はブカブカのジャケットを着ていたが、その下にはスーツを着ていた。社長室のドアの前で野球帽とジャケットを脱いで小さなバッグに押し込だ山剛はまぎれもなくアバン・キャピタルの筆頭執行役員であった。
ドアをノックすると、中から返事があり、ドアを開けると秘書がデスクの前に腰かけていた。
山剛が名刺を出すと、秘書は表情を変えたが、
「アバンの方がいらしてます」
と、インターフォンのボタンを押して言った。アバン・キャピタルと言わなかったのは、それを言うのが怖かったからである。
社長は怪訝な声を出したが、
「入ってもらってくれ」
と言った。
山剛を見た社長は、
「どちらさん?」
と言った。
山剛の顔を知らなかったのである。
「はじめまして」
と、山剛が名刺をだすと、社長は立ち上がって自分の名刺を出した。
山剛の肩書きを見た社長は、
「ああそうですか」
と声を高めて頭をさげた。
「突然のことで申し訳ないのですが、秘匿回線が使える端末をお借りしたいのです」
と、山剛は言った。
社長がキョトンとした顔をすると、山剛はさらに言った。
「ご存知でしょうけども、今、うちのトレーダーが使っていた機器が皆差し押さえられてしまっているのです。テロリストとの係わりを疑われてしまいまして、ちょっと困っています・・・・・・」
山剛は世間話でもするように微笑んだ。その口調は仕事の邪魔が入って困っているという以上のものではなく、きわめて自然であった。
社長は「テロ」という言葉の不吉さに表情を曇らせながらもつい自分のデスクの上の端末を指差し、
「あれなら使えますが、長くかかりますか?」
と尋ねた。
「30分ほどお借りできると助かります」
と、山剛が言うと、社長は仕方ないなという顔をした。
だが、実際には30分では終わらなかった。
山剛は、その端末からチベット国の銀行にアクセスし、アバン・キャピタルのアカウントからチベット国の国債を売り買いするサイトに入り、厳重なセキュリティチェックを通ってチベット中央銀行内に保管されてあるチベット国債を売る手続きをした。そして、そのカネはチベットマネーのサン(Srang)からDENに換金し、さらに、そのDENで国際先物市場におけるリチウムを大量に買い付けた。
ちなみに、チベット国債は紙切れ同然になっていたが、リチウムの精製を止めた効果が出てきていて、リチウムの値上がりとともにチベット国債も値上がりしていた。国際マーケットにおけるチベットのリチウムへの依存度が反映されたのである。
山剛は、そのようなマーケットの状況に油を注いで大炎上を興そうとしていた。
リチウムの値が極度にあがると、USANの自動車産業も通信機器関連の産業もロボット関連の産業もすべてが停止してしまうからである。で、その状況は中夏の電子機器産業なども同じであった。
山剛は1時間ほどの間に先物市場で20万トンほどのリチウムの注文を入れた。ただし、アバン・キャピタルの名は出さず、多数の別名のアカウントを使って少量づつの注文に分散した。
尚、20万トンという量は世界に流通しているリチウムの1割ほどの量であった。
「あの——、山剛さん」
社長はおずおずと声を発した。 山剛が何をしているのかまったくわからなかったのだが、30分という話が1時間を過ぎたことで不安になったのであった。
が、ちょうどそのとき、先物市場での山剛の注文が完了した。
「社長、スイマセン。やっと終わりました。これで、社長との契約も継続できます」
と、山剛はニッコリ笑った。
その顔を見た社長は、ほっとした顔になり、
「お茶が入ってますが、もう冷えてます。少しお待ちください」
と言った。
だが、山剛は、
「申し訳ありません。静岡に戻らねばなりません。別件の処理がありまして」
と言って席を立った。
茶も飲まずに帰って行く山剛の背中を見た社長はまた不安な顔になった。
そして、その社長の不安は現実となった。
山剛が去った10分後に数名のFBI捜査官が多数の州警察官を率いて玄関前に押しかけてきたのである。
五
「大統領、大変です!」
という財務長官の声がムーチェンのデスクのスピーカーから聞こえたのはその10分後であった。
「あわててどうした?」
と、ムーチェン大統領は威厳を見せようとゆっくり話した。
財務長官はその声にストレスを感じながら言った。
「突然リチウムの市場価格が2倍にはねあがりました。原因はまだわかっていませんが、QTRが関与してると思われます」
ムーチェンは軍人であり、諜報員でもあった。なので政治家同士のパワーバランスや軍事については精通していたが、経済についてはまったくの素人であった。
「電池の値段があがるのか?」
というマヌケな反応を聞いた財務長官の声は一段と高くなった。
「このままですと1ヶ月以内に我が国の企業の半数が操業停止に追い込まれます」
という財務長官の話には、さすがのムーチェンも仰天した。
そこに、首席補佐官からの連絡がさらに入った。
「ダライ・ラマ15世から電話がはいっておりますが、いかがいたしましょう?」
その首席補佐官の声を電話越しに聞いた財務長官は、
「その電話に出てはいけません! 今すぐわたしがそちらに向かいます。その後こちらからチベットに電話を入れましょう!」
と叫んだ。リチウムが何かを知らぬムーチェンに迂闊な返答をさせることは国難を招くと思ったのである。
その1時間後、
国家安全保障会議(NSC:National Security Council)が開かれた。
出席者は、大統領、国家安全保障担当大統領補佐官、国務長官、財務長官、国防長官、商務長官、統合参謀本部議長、CIA長官、大統領主席補佐官、次席補佐官などであった。副大統領が出席することもあったが、副大統領はまだ決まっていなかった。
尚、会議の議長は本来ならば大統領が務めるのだが、この場合は国家安全保障担当大統領補佐官が務めた。ムーチェンでは無理だと判断されたためである。
その国家安全保障担当大統領補佐官の名は、トム、といった。
「それでは会議をはじめます」
と、トムは言った。そして、まず財務長官の発言を求めた。
「QTRがかかわっているという疑いがありましたが、QTRは通信端末を貸しただけだったことが判明しました。リチウム取引を行ったのはアバン・キャピタルの筆頭執行役員のヤマカタでした。現在、FBIが足取りを追っていますが、まだつかめていません。ヤマカタは静岡に戻ると言ったようですが——」
と、財務長官がおずおずとしゃべりだすと、トムがそれを遮り、
「財務長官、今は犯人捜しのことはどうでもいいです。リチウムの価格をどうやって下げるのか、その件についてのご提案をお願いします」
と言った。
すると、財務長官はしばらく声を出せなくなり、冷や汗をぬぐいながら言った。
「チベット国と交渉するしかありません。チベット国のリチウム精製工場が精製を停止しておりますが、それを再開してもらうのが最短の道です」
これに対し、ムーチェン大統領は憮然として言った。
「テロ支援国家の指定を取り下げろと言っているのか?」
座は静まりかえった。
そのとき、スン・チョン次席大統領補佐官に異変が生じた。 肩と腕を押さえてうずくまり、唸りはじめた。
心筋梗塞であった。
「おい、だれか!」
と、トムは叫んだ。
ドアの横に立っていたシークレットサービスの2名が即座に動いた。
その2名に抱きかかえられたスン・チョンは真っ青な顔をして搾り出すように言った。
「我々はジン・ミツルには勝てません。今すぐ釈放しましょう・・・・・・」
一同は青ざめた。
CIAによる大統領暗殺計画を阻止し、その恩を売って大統領を手玉にとり、その大統領職を奪ってムーチェン政権を成立させた最大の功労者の発言が「勝てない」というものだったのである。
——ジン・ミツルの予知能力というのは、予知ではなくて、思い通りに未来を変える能力なのかもしれない、
という疑念を持ったのはミン・ムーチェンであった。
それは戦慄すべきことであった。恐怖にかられたムーチェンは戦う相手を間違えたと思った。
そのとき、ムーチェン大統領の特別回線の電話機のランプが点滅しはじめた。
それを見たムーチェンは電話機を握りしめ血相を変えて別室に移動した。
電話は中夏の天将からであった。
「チベット国が長江上流の水路を止めた。なんとかしろ」
というのが天将の用件であった。
ムーチェンは青ざめつつ、
「すぐに手を打ちます」
と言った。
シチュエーションルームの会議室に戻ると、一同は沈黙したままだった。
ミン・ムーチェンはその沈黙を破った。
「ジン・ミツルをUSANの国師(State Preceptor)に任じよう」
その変わり身の素早さに仰天した長官たちはしばしポカンと口を開けたままになったが、しばらくするとそれが最善の策だと気づき、
「大統領! さすがです!」
と、口々にムーチェンを褒めそやした。
トムは、静かに言った。
「結論が出ましたね。以上で会議を終了します」




