第7章 地獄の黙示録(八 〜 十)
八
980人の予知能力者たちはチャンタン高原のダムが爆撃を受けて決壊し、流れ出した水が三峡ダムを直撃する夢を視た。
「この予知情報は、世界各国の首脳たちと共有すべきです」
と、予知能力者のリーダーは言った。
「そらいかんよ」
と、山剛は言った。
「その予知情報を中夏が知れば、天将がEO会議への出席をとりやめるだろう」
「では、どうします?」
「そのままにしておこう。爆撃させればいい」
「えっ?」
「中夏に報復攻撃させるんだ」
「しかし、三峡ダムが決壊すれば膨大な被害がでますよ。九州方面にも」
「・・・・・・」
「死亡者はおそらく1千万人を超えます」
「そうだな、やはり、この件はACU加盟国すべてに配信するか・・・・・・」
その会話を聴いていたミクマルは3歳児でありながら、きっぱりと言った。
「人は必ずいつか死ぬ。問題は生まれ変わったときにどんな社会になっているかだ。チャンスを逃すな。ムーチェン体制がこのままつづけば、人類は生き残れなくなるかもしれない」
これに対して山剛は言った。
「ムーチェンもいつか死にますね。それはそう遠い先ではないでしょう。それを待つという手もありますよ」
ミクマルは山剛の顔をじっと視た。
そして、
「わたしは待てない」
と言った。
ムーチェンも70歳をすぎていたが、あと20年は生きていて不思議はなかった。
20年間で世界の人口がどのくらい減るのかは予測できていなかったが、1千万人以上であるのは確かであった。たった7年間で半分にまで減ったのである。
そのことを聞かされると、山剛は深く頷き、
「そのとおりですね」
と言った。
九
爆撃があったのは予知情報が出た5日後であった。
STE職員や周辺の農民たちはすべて待避しており、チベット国内では人的被害はなかったが、地下に建造されてあった加速器が爆発を起こし、それがダムの破壊につながった。
チャンタン高原のダムには10億トンほどの水しかなかったが、それが一気に流れ出すと三峡ダムに貯水されていた390億トンの水を破裂させた。
これにより、武漢、南京、上海などの長江流域の都市が軒並み冠水し、重要な経済施設のほとんどが稼動不能となった。死亡者の数は明らかにならなかったが、1千万人どころではなく、4千万人以上であることがあとで確認された。中夏の人口はこのとき2億人ほどであったので、人口の2割以上が死亡したことになる。
九州方面での人的被害はなかったが、上海から東シナ海に流れ出した土砂や瓦礫や化学物質などによる汚染があり、北部九州ばかりでなく、南九州、沖縄方面にまで海産物やサンゴなどに深刻な被害が出た。
そして、長江下流域にあった人民解放軍の基地がすべて壊滅した。
その報告を聴いた天将5名は即座にロサンゼルスへの報復攻撃を命じた。
中夏としては戦争などをしている場合ではなかったが、国力が落ちたことを知ったムーチェンが中夏を征圧して自ら天将を名乗るかもしれないという不安があった。
USANエアフォースのロボット戦闘機4,000機はハワイ沖で中夏の戦闘機2,500機を迎撃したが、中夏が発射したドローン8万機はそれらの上空を越えてロサンゼルスに到達した。
ロサンゼルスにはアイアンドームが整備されてあり、8万機のドローンをすべて撃ち落としたが、そのあとに飛来した5千発のミサイルをすべて撃ち落とすことができなかった。
そして、その5千発のうちの3発がホワイトハウスを直撃した。
地下のバンカーに隠れていたムーチェンは無事であったが、地上への出口を塞がれた。
「北京を攻めろ!」
と、ムーチェンはバンカーの中でクラコンに向かって叫んだ。
STEのマニコン(量子演算機)が破壊されていたためにクラコンがハックされる心配はなくなっていた。
が、クラコンはムーチェンの命令に従うことはなかった。
< 北京を攻めた場合:中夏が核ミサイルで反撃する可能性は85パーセント >
< 中夏の核ミサイルを迎撃できる確率:20パーセント >
という表示がディスプレイに現れ、重低音を含んだ警報が鳴った。
「この国の大統領はわたしだ! わたしの言うことをきけ!」
と、ムーチェンは怒鳴った。
これに対してクラコンは、
< あなたは民主的なプロセスを経た選挙で選出されていません >
と表示した。
ムーチェンは何度もテーブルを叩き、
「核ミサイルの発射ボタンを持って来い!」
と、軍事補佐官に命じた。
しかし、だれも動かなかった。
テーブルを叩き疲れたムーチェンは、子どものように声をあげて泣き出した。
十
中夏民主主義共和国の天将5名は、北京の紫禁城の西側にある中南海の地下深くに設営されていた指揮所にいた。
そこにはクラコンと同じものが設置されてあり、天羅99 ver.7.05というアプリケーションソフトがイントールされていた。これはホワイトハウスが使用していたレジスレイターver.2.2の仕様を変更したものであった。
< USエアフォースおよびUSネービーは沈黙 >
< ロサンゼルス市民の死亡者数:推定2万人 >
< ホワイトハウス地下への通路確保作業の動きなし >
< ミン・ムーチェンの生存確率:95パーセント >
などという解析データが大型ディスプレイに次々と表示されるのを視ていた天将5名とその側近たちおよび国家主席は次の一手をどうするかで悩んでいた。
「ムーチェンの死亡が確認されるまでは攻撃を続行すべきです」
と、最年少の天将は言った。
「地下深くに潜んでいる者を殺すのは難しいぞ」
と言ったのは最年長の天将であった。
「これ以上の攻撃は全面戦争を誘発する可能性があります」
と、側近のひとりは言った。
「すでに全面戦争に入っている」
と言ったのは国家主席であった。
そのとき、
「ジン・ミツル財団の山剛氏から電話が入っています」
と、秘書官のひとりが言った。
「スピーカーに切り換えろ」
と、国家主席は言った。
「どうしました?」
と、最年少の天将が言うと、
「もはやEO会議は開催できません。しかし、ACUは存続しています。CEOをムーチェンのままにしておきますと、そちらへの復興資金はどこからも届きません。おわかりですか?」
と、山剛は言った。
「ミスタ山剛、ご助言ありがとうございます。しかし、ホワイトハウスのバンカーは地下50メートルにあります。そこを攻撃するには核を使うしかありません」
と、最年長の天将は言った。
これに対して山剛は、
「そのとおりです。あとはそちらの判断です」
と言って電話を切った。
「ホワイトハウスに核攻撃をかけたら何人死ぬ?」
と、最年長の天将は天羅99に問うた。
< 推定5万人 >
と、天羅99は答えた。
「仕方がないな」
と言ったのは最年少の天将であった。
< 核ミサイルは1発のみにしますか? >
と、天羅99は問うた。
天将5名はそれぞれの顔を見合った。
そして、全員が頷いた。
「まずは1発でよい」
と言ったのは最年長の天将であった。
天羅99は政治判断をしないように設定されていたため、命令をそのまま実行した。




