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第7章 地獄の黙示録(六 〜 七)




     六




 山剛は核攻撃に賛成することはできなかった。 

 そこで、まず、ACUのEO会議の召集をCEOであるムーチェンに求めた。

 が、ムーチェンはこれを無視した。


 ちなみに、ACU(アバン資本連合)の規約では、EO(Executive Officer)がEO会議の招集を求めた場合、CEO(Chief Executive Officer)は会議を開かねばならないとなっていた。そして、CEOがその規約に従わない場合はCEOを除いてEO会議を開き、3分の2の賛成でCEOを解任できるとされていた。ただし、その場合のEO会議は全EOが出席してはじめて会議が成立するとなっていた。

 そして、中夏のEOはムーチェンを外してのEO会議の召集には応じなかった。


 「オレは天将様とやらに会ってくる」

 と、山剛が北京行きのCH202便に乗ったのは、その年の夏であった。


 「何をされるかわからんぞ」

 と、ミクマルは引き留めたが、

 「死ねば生まれ変わるんですよね?」

 と、山剛は笑った。

 山剛はすでに70歳を過ぎていた。

 これが最後の仕事だと決めていた。



 北京空港に降り立った山剛は、人民解放軍の出迎えを受け、黒塗りのパナメーラに乗せられた。

 「いいクルマですね。こんなのがまだ残っていたんですね」

 と言うと、世話係の女性兵士はニッコリ微笑み、

 「ポルシェの部品は豊富に残っておりますので、レストアしやすいのです」

 と言った。


 来賓用の宿泊施設に案内された山剛は、そこでも驚いた。

 ジン・ミツルが生きていた頃に泊まった高級ホテルと変わらなかったからである。

 

 スイートルームのような部屋に案内された山剛は窓の景色をながめながら思った。

 ・・・・・・・中夏経済はまだ生きているな、 

 ということだった。

 そして、それはACUの資金が中夏にだけたっぷり投資されているということだった。

 ただし、そのACUの資金もそろそろ尽きかけているはずだった。

 ほとんど投資をせずにひたすら人民に配るだけ、というムーチェンのやり方が永遠に続くはずがなかった。


 山剛が最初に面会することになったのは国家主席であった。

 「ようこそいらっしゃいました」

 と、国家主席は言った。

 山剛は来賓として受け容れられたことに感謝し、握手を求めた。

 が、用件は言わなかった。 その者がムーチェンの配下の者であることがわかっていたので、ムーチェン追放につながる話をするべきではなかった。

 

 が、国家主席は何度も用件を聞こうとし、ついには、

 「わたくしにも立ち場がございます。天将様たちにお取り次ぎをするには用件をお聞かせいただかないと、なんともできません」

 と言った。


 山剛は仕方なく口からデマカセを言った。

 「ジン・ミツル財団としは、日本圏の危機管理について危惧することがあります。そちらの三峡ダムが決壊したりしますと、九州方面に大きな損害がでることが予想されています。それで、マニの技術を使って三峡ダムの安全性を高めるプロジェクトをさせていただきたいのです」


 国家主席は山剛の話が本当かどうか疑ったが、それをそのまま天将たちに伝えた。


 「追い返すわけにもいかんな」

 と、天将5名は言い、翌日の午後に山剛と会うことになった。



 山剛はそのことを聞いてすぐにミクマルに連絡を入れた。 「マニを飛ばして長江上流に大量の雨を降らせてくれ」

 というのが山剛の用件だった。

 ミクマルは驚いたが、

 「STEのスタッフに伝えておくよ」

 と言った。

 「今晩じゅうにたのむ」

 と、山剛は言った。



 翌日、山剛は人民大会堂の応接室に招かれた。

 天将5名は山剛を取り囲むように座った。

 碧螺紅茶ビールオホンチャーという江蘇州の希少な紅茶が出され、茶菓子には豌豆黄ワンドウホアンというえんどう豆の羊羹が出た。

 

 「どうぞ」

 と言われた山剛はその茶と茶菓子を口に入れ、

 「このようなものは初めて口にしました。おいしいですね」

 と言った。


 5名の天将はその態度に満足した。

 ちなみに、

 クーデターを興した当時の天将はすでに全員他界していた。そこにいた5名のうち4名は2代目で、ひとりは3代目であった。で、それらも全員80歳をすぎていた。

 ただし、それらには側近がそれぞれについていて、全員で10名おり、国家主席も同席していた。


 「三峡ダムの補強プロジェクトを構想されておられるのですね?」

 と言ったのは、天将の側近のひとりであった。


 「はい」

 と、山剛は言った。

 それで、さらりとその説明をしたうえで、本題に入った。


 「ひとつだけ条件があります。ACUのEO会議を開きたいのです。中夏を代表するEOは天将様のひとりと聞いておりますが、ご出席いただきたい。会議の目的はミン・ムーチェン氏とミクマル氏の交代です。もともとACUのCEOにはジン・ミツル氏が就任することになっていました。暗殺されたためにムーチェン氏がCEOとなりましたが、ジン・ミツル氏はミクマルという名前で蘇りました。なので、ミクマル氏を本来の地位に即け、ACUの投資先を本来の方向に軌道修正したいのです」

 

 天将たちもその側近たちも互いに顔を見合わせた。


 「EO会議の件はすでにお断りしたはずです」

 と、側近のひとりが言った。

 が、天将たちはその件を知らなかった。

 「そうなのか?」

 と、最年長の天将がその側近に問いただした。

 側近は、やや狼狽したが、

 「ご報告するまでもないことかと思いました」

 と言った。


 「昨晩からチベット国の東側でずいぶん大量に雨が降っているようですが、もしかして、これはミスタ・ヤマカタのお指図でしょうか?」

 と言ったのは、最年少の天将だった。

 

 「そうです」

 と、山剛はケロリと言った。

 そして、

 「ここ中夏民主主義共和国の経済は今のところ安定しておられるようですが、しかし、皆さん、それも時間の問題ですよ。ムーチェン氏の経営がこのまま続きますと、ACUのキャッシュフローも近いうちに底をつきます。もともとACUのカネはわたしとジン・ミツル氏がつくったものです。ムーチェン氏はそれをただ野放図に放出しているだけです。金庫の中が空になりましたら、この国への投資もこれまでどおりにはいきません。おわかりですか?」

 と言った。


 一同は黙った。


 「明日、お返事いたしますが、とりあえず、長江に注いでいる雨だけはなんとかしていただきたい」

 と、最年少の天将は言った。


 「わかりました」

 と言って、山剛はその席からミクマルに電話をかけ、

 「雨を降らすのを止めてもらいたい」

 と言った。

 

 山剛は羊羹の味の面白さに話題を変え、ポルシェ911もレストアして使っているのかと質問したりして座をもたせた。

 そして、しばらくすると、

 「長江上流の雨がやみました」

 という連絡が届いた。


 山剛はその連絡を聞いて、

 「それでは、そろそろ失礼いたします」

 と席を立った。




 翌日、国家主席が山剛の部屋を訪ねてきて、

 「天将様がEO会議への出席を承諾されました。ただし、ムーチェンCEOの解任の件につきましては賛成できないということです。よろしいですね?」

 と言った。


 山剛は小さくガッツポーズをつくった。





     七




 ムーチェンは山剛がEO会議を開催することを知り、

 「他媽的タァマーダ!」

 と、叫んで執務室のテーブルを叩いた。

 テーブルに乗っていたグラスが振動し、葉巻が灰皿から落ちた。

 首席補佐官はその場にひれ伏さんばかりに頭を下げた。

 執務室には多数の閣僚が集められており、全員が頭を下げていて祝詞を聞いているような雰囲気になっていたが、ムーチェンの視線が首席補佐官の頭上に落ちていたため、首席補佐官の頭は他の者よりも一段と低くなっていた。

 一番後ろに立っていたジョシュアはそれらの様子を見て、そっと執務室を出た。

 

 「いいか、何があっても会議を阻止するのだ」

 と、ムーチェンはもう1度テーブルを叩いた。

 今度はその視線が国家情報長官の頭上に落ちた。

 長官は自分の後ろに立っていたCIA長官の顔を見た。

 CIA長官は顔を上げ、

 「必ずご期待に応えます」

 と、震える声でようやく言った。


 ACUのEO会議はその2週間後であった。

 開催地はチャンタン高原のSTEビル内の会議室が予定されていた。

 

 —— CEO交代に反対の意向を示しているのは6カ国。13カ国は賛成するもよう、

 という状況報告が出ていたが、情報長官もCIA長官もその件をムーチェンに報告できずにいた。

 賛成側の国のうち1カ国を反対にまわらせることができればCEO交代の議案は流れる。

 その状況をつくってからでなければ報告できない、ということだった。


 ACUの執行役員は20名であった。それらは反対側の国々に大規模な追加投資を約束し、賛成側の国々には出資額を減らすことを表明していた。が、筆頭執行役員のジョシュアはコメントを控えていた。


 「オマエはなぜ黙っている!」

 と、ムーチェンはジョシュアを呼びだして大声を発した。


 「追加投資の約束は難しいと思います。ACUとしては、すべての投資を減らさねばならないところに来ています」

 と、ジョシュアは静かに答えた。

 

 ムーチェンは、一瞬、形相を変えた。

 が、にこやかな顔をつくり、

 「そういうことか。わたしに刃向かうつもりなのかと思ったが、思い過ごしであったな」

 と言った。


 ジョシュアは筆頭執行役員のポストを失う覚悟を決めていたのだが、肩すかしをくった。

 ムーチェンもそこまで愚かではなかった。

 

 「それでは、どうすればいい?」

 と、ムーチェンはジョシュアの意見を訊いた。


 「辞任されるのがよろしかろうと思います。自らCEOの座をミクマルに譲り、ご自身はUSANを代表するEOとなられるのです。ACUの財政は厳しくなっておりますから、ミクマルはCEOの座についても大したことはできないでしょう。しばらく待てば、ムーチェン閣下がCEOに戻られるべきという声が高まるでしょう」

 と、ジョシュアは言った。


 ムーチェンは納得したような顔をした。

 が、次の瞬間、手に持っていた書類をジョシュアの顔に向けて投げつけた。

 「混蛋フントゥン!」

 と、ムーチェンが叫ぶとジョシュアは身をひるがえして執務室を退散した。


 その3日後、

 —— CEO交代に賛成する国が15カ国に増えた、

 という報告が情報長官の机の上にあがった。

 

 「どういうことだ?」

 と、情報長官はCIA長官に訪ねた。


 「ミクマルが例の積徳経済の実現に向けて動き出したようです。それと同時にヤマカタがSTEのマニコン(量子演算機)をアップグレードする方針を打ち出し、その利用について各国の首脳と打ち合わせを開始したそうです」

 と、CIA長官は言った。


 情報長官は状況が改善される見通しが立たないと判断し、その件をそのままムーチェンに報告した。

 ムーチェンはその場で情報長官を罷免し、国防長官と統合参謀本部議長を呼びだし、

 「STEを爆撃せよ」

 と命じた。




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