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第8章 千年王国



     一




 パク・ヨハンはラサ市での取り調べが終了すると解放された。

 さらに、CIAによるミクマル暗殺計画を阻止したということでパンチェン・ラマ12世から感謝状が渡され、CH102便に乗せられて帰国した。

 池袋の自宅に戻ったパク・ヨハンを母親は涙で出迎えた。

 東京市は何事もなかったがごとく平穏であった。


 「大統領も副大統領も死んだそうだけど、大変よね」

 と、母親は配信動画でニュースを観て言った。

 

 「下院議長が大統領になったそうだから、とくに問題はないさ」

 と、パク・ヨハンは言った。


 「でもあのACBとかいうところのCEOには旧日本人が就任したんでしょ?」

 「ACUのことかい?」

 「それそれ」

 「旧日本人ではないよ。チベット人だよ」

 「あら、そうなの? ジンとかいう人じゃないの?」

 「その人はもうとっくに死んでるよ」

 「チベット人って白人なの?」

 「ちがうよ。東洋人さ」

 「そうなの。とにかく旧日本人じゃなくてよかったわ」

 「そうだな」


 パク・ヨハンは大学には戻らず、就職した。

 犯罪歴は抹消されていたが、

 —— ジン・ミツルを暗殺した狂気の学生、

 というニュースの記憶は人々の中から消えておらず、なかなか就職先がみつからなかった。が、チベット料理店で雇ってもらえることになり、厨房内での雑用をはじめた。

 

 積徳経済が導入されたのは、その1年後であった。


 ある日、買い物に出かけた母親が大喜びで帰宅して言った。

 「なんだかわからないんだけど、もうオカネを払わなくていいんですって!」

 「母さんは今5万何ポイントもってるから、しばらくは大丈夫だよ」

 「そうなの? ポイントがなくなるとダメなのね?」

 「そうだよ。でも、ポイントを稼げばいいんだよ。他人から感謝されるようなことをすればいいんだよ」

 「オマエは何ポイントもってるんだい?」

 「オレはスゴイよ。人類を救ったんだ。300万ポイントたまってる。ホントは1千万ポイントもらったんだけど、そのまえに700万マイナスになってた。なので300万さ」

 「オマエはバカなことばかりしたからね。でも、ボーナスポイントもらえたんだね」

 「まあ、そういうことだよ」



 積徳経済がスタートされた時点では、ABNを使う貨幣経済もまだ残っていた。

 貨幣収入については納税義務が継続され、納税するには貨幣が必要だった。

 ただ、ベーシックインカムはすべて積徳ポイントで支給されるようになり、これには税がかからない。それで、一般庶民は貨幣を使わなくなった。貨幣を使うのは富豪たちや法人だけという時代がしばらくつづいた。


 が、やがて、貨幣をあつかう金融機関が消滅した。

 貨幣を貸して金利をとることが違法となったのである。

 貨幣を使う不動産取引や証券取引は残ったが、金利をつけたり取ったりする制度が消えると金融機関が貨幣を集めることができなくなり、貨幣による不動産取引や株や国債などへの投資は急速に縮小していった。

 これと入れ替わるようにして積徳ポイントを稼ぐ企業が業務を拡大した。

 積徳ポイントはACUが発行する。

 ACUに加盟している国々はその積徳ポイントには課税しないことになっていた。

 国家が認めた事業にはACUから積徳ポイントが発行され、企業はその事業を請け負って積徳ポイントを得る。従業員や仕入れ先への支払いなどは積徳ポイントで支払う。

 尚、積徳ポイントはデジタルな数値でしかないので、金融機関に預ける必要はなく、ACUの口座内同士で取引されるシステムとなっていた。その口座はチベット国内に新たにつくられたマニコンによって管理された。

 ACU加盟国の市民は全員がそれぞれ自分の口座をマニコンの中にもっており、ベーシックインカムを支給されたり、企業の仕事を請け負って報酬として積徳ポイントを受けとったりした場合は、その口座内の数値に加算される。のだが、ACUが「徳(Virtues)」と認める行為を市民が行った場合は、別途に、それに見合うポイントが支給される。


 この制度がはじまると、ポイントが欲しくて電車やバスで無理に他人に席を譲ろうとする者などが続出してトラブルになったりしたが、それらが事件にまで発展するようなことはなかった。


 ちなみに、その「徳」にあたる行為のメニューを定め、それぞれを何ポイントにするかの査定基準は選挙で選ばれたACU議員によって開かれるACU議会で決められるようになっていた。


 尚、パク・ヨハンの暗殺行為は制度がはじまる前のものだったが、制度をスタートさせるときに制度利用のモチベーションを人々に持たせるため、ACUは人々の行為を10年前まで遡って査定し、その査定に応じて積徳ポイントを支給した。その査定の元となったデータはロサンゼルスの地下に埋まっていたクラコンの残骸から復元された。


 この制度はミクマルの意図を反映して施行されたものであったが、貨幣経済から積徳経済への移行における詳細な段取りはジョシュア・ブルームバーグが設計した。

 ジョシュアはムーチェンから書類を投げつけられたその時点でACUの筆頭執行役員を辞職し、ロサンゼルスが爆撃を受けたときにはチベット国にいた。


 「わたしはムーチェンの下でひどい仕事をしましたが、ミスタ・ヤマカタの下でならばいい仕事ができます」

 と言ったジョシュアを山剛は受け容れ、ムーチェン死亡後にACUに復帰させた。

 積徳経済の青写真ができると、

 「さすがはハーバード・ロースクールを出てるだけあるね」

 と、山剛はジョシュアのその面の手腕を褒めた。





     二




 山剛は80歳になるまでジン・ミツル財団の代表を勉め、かつ、ACUのEOとしてCEOのミクマルを補佐したが、その後、引退してパリに移住した。EU経済の復興のために自動車産業やワインの製造などに私財を投入し、投資額を回収しないまま逝去した。


 それは、ミクマルが18歳のときであった。


 葬儀はグレート・フジで執り行われ、喪主はミクマルが務めた。 祝詞をあげたのは千々和颯麻であった。ジン・ミツルの死を看取ったということで浅間神宮の大宮司となっていたのである。

 

 参拝者は膨大な数にのぼった。

 ACU加盟国はこの時点で100カ国を超えており、それぞれの首脳が列席した。

 玉串奉奠が終了すると、ミクマルが簡単に山剛の経歴を読み上げた。

 

 山剛は鹿児島生まれで、地元の高校を卒業したあとでアメリカに留学し、日米合併をニューヨークで迎えた。そのときはJPモルガンのマネジング・ディレクターを努めていたが、その後、アバン・キャピタルに入り、ジン・ミツルとともにアバン・キャピタルを急成長させ、ACUの土台をつくった。

 ジン・ミツルと知り合ったのは、アカデミー賞の受賞式の場であった。

 ジン・ミツルが制作したアニメーション映画が5部門で受賞したときに、山剛は別の映画の出資者であった富豪の息子とともに会場にいた。莫大な予算を投じていたその出資者は作品賞を欲しがっていた。で、山剛は畑違いながらもそのためのキャンペーンを手伝っていた。が、作品賞はジン・ミツルがさらっていった。アニメーション映画が作品賞を受賞したのは初めてのことであった。

 「ジンさん、まいりましたよ」

 と、山剛はまだ18歳だったジン・ミツルに向かって素直に笑いかけた。

 始皇帝の生まれ変わりだというような話はウソだと思っていたらしい。

 ただ、

 —— 見事なホラを吹いて世界をあっと言わせたこの若造は大したもんだ、

 と、心底思ったらしい。

 が、ジン・ミツルはそんな山剛に対してそっけなかった。

 同じ日本人同士。というような気分で声をかけた山剛は肩すかしを食った。

 山剛はジン・ミツルよりも20歳年上だった。

 「あんた、カッコつけすぎだよ」

 と、山剛はムッとしてジン・ミツルに助言した。

 すると、ジン・ミツルは態度を改め、

 「わたしと一緒にやりませんか?」

 と言った。

 山剛はその場でJPモルガンの部下たちにメールを送り、5名のトレーダーを引き連れてアバン・キャピタルへ移籍した。

 

 ミクマルはそんなエピソードを披露し、最後に山剛の遺影に向かい、

 「また会おう」

 と、別れを告げた。


 翌日、ミクマルはグレート・フジのモスコンをチベット国のマニコンに接続し、

 「山剛猛の生まれ変わりを捜索せよ」

 と命じた。





  ・・・・・・了  




 

 



 

最後までおつきあいいただき誠にありがとうございます。

読んでいただいた皆様のおかげで最後まで書けました。

ジン・ミツルの52人の子どもについても書こうかなとは思ったんですが、さして面白いエピソードになりそうもないのでやめました。伏線回収という意味ではそのあたりに不備が残りました。

誤字脱字もあるかもしれません。

素人の作品ということでご勘弁いただけると幸いです。

ちなみに、わたしの作品は登場人物の感情をほとんど描写していません。そこが弱い、とAIは指摘します。新人賞などに応募しても予選すら通過できないだろう、ということです。しかしながら、わたしは人の感情を克明に描写するのはあまり好きではありません。NHKの大河ドラマのような演出が大嫌いなのです。アメリカ映画のようにストーリーで楽しめる作品が好みです。小説の場合は、それではいけないのかもしれませんが・・・・・・

面白いと感じていただけたら、ブックマークをよろしくお願いします。


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