王としての成熟
メンフィス神学校、王立メンフィス神学大学校は王立の通り時のファラオが建てた大学である。昔、メンフィスという国がめちゃくちゃ大きくなった時に一人のファラオじゃ手に負えなくなって過労死した事が原因でファラオを手伝う人、つまり官僚が沢山必要だよねって事で建設された官僚の育成機関だ。
「案内頼むよ、ロベルピエル、スビア」
聳え立つ講堂の前、ロベルピエルとスビアに軽く会釈をする。
王の為の教育機関、ファラオのコマ使いの養成所。と言っても最近は法曹だったり医師だったり進むって人も多いけど。ともかく、王は将来コマ使いになる者たちにその威光を見せ付けなければならないという伝統があるんだ。だからロベルピエルやスビアと言った神学校のOBに神学校の案内をしてもらうというのを定期的にやってる。
「あ、私からもお願いねスビア、ロベルピエルさん」
アイシス、彼女はこの行事に全く関係のない人だ。でも王妃って妻だよね、妻は夫と居るべきだよねって事で着いてきてくれてる。僕としては嬉しいけれど、神官達は頭悩ますだろうな。アイシスは上手いんだ、ギリギリ怒られない所に居るのが。
「じゃあシュンく……」
スビアは何かを思いついたのか。少し笑ってから両手でスカートの裾を上げてお辞儀をする。貴族のお嬢様の挨拶だ。普段のあまりの少女らしさからはかけ離れた上品な女性の仕草である。
「小ホルス陛下、不躾ながら、どうか私の手をお取りになって頂けませんか?」
「えぇもちろん。貴方の手ならば、いつでも」
ラムセスとスビアの案内で講堂へ。ここは寄付で建てられたものなんだよなんていつもの説明を受け、その後図書館へ向かう。
「陛下、しばしお待ちを」
図書館の豪華な廊下、僕とアイシスはそこで待ちぼうけになる。
「ん、何かあったの?」
「元々こういう予定だよ」
図書館の奥で待つロベルピエルとスビア。また廊下の両側に立って僕らを見物する生徒達。
「さ、行こうぜ」
アイシスの手を取って赤の絨毯を歩く。まるでバージンロードの時みたいだ。大きな長いマントをしてその後ろをスビアとアイシスに持ってもらってあの道を歩いた。あの時は状況的にせざるを得ない結婚だったから幸せを感じる余裕が無かった。だから今、思い出して幸せなんだ。少しだけ、ほんの少しだけ今のメンフィスには余裕があるから。
「アイシス、ありがとうな」
「え、どういたしまして。それで、えっと、何が?」
松の木の扉の前に着く。僕らは一旦立ち止まる。すると扉は音を立てながら勢いよく閉まった。少しびっくりするアイシス、一瞬だけ耳がピンと立った。
「知の独立、伝統だよ。昔のファラオがここの図書館の資料を都合のいい様にしようとして、それで大学が反発したって事件があった。この伝統はその名残だ」
たとえファラオであっても知までは侵せない。我々がファラオのコマ使いだとしても。官僚の育成機関の側面を持つメンフィス神学校の教育機関としての矜持である。
「シュンこういうの好きだよね」
「まぁね。思い通りになり過ぎるの、怖いから」
ファラオの権力は本当に大きいし、僕はその権力に加えて膨大な魔力という暴力を持っている。だから本当に大きな事以外は思い通りになる。それはとても怖い事だよ。僕だって人間で、いきなり頭がおかしくなる可能性だってある。それで頭がおかしくなって、見ず知らずの人間の命を悪戯に奪う選択をしてしまうって事もあり得るだろ。だからある程度反発的な方が好きなんだ。
「バランスって事?」
「そう、バランス。バランス感覚と度胸だけで僕は王様やってるから」
バージンロードを逆戻り、講堂まで歩く。
「んじゃ行ってくるよ」
大講堂の扉の前でアイシスを待たせる。警備の員が扉を開け大講堂の中に入る。
大講堂、数百名と生徒達が僕を拍手で迎える。ぱちぱち、ぱちぱちと音が重ねって大きいんだ。
ゆっくりと歩いて壇上へ、数百の瞳が僕を見つめるが、なんというか慣れっこだな。
「まずは感謝申し上げたい。我が国の学徒諸君。昨今の情勢はまことに複雑怪奇であり、我が国の未来は君達の様な聡明なる力によって切り開かれると私は信じている」
まったく静かだ。森にでも立っているのかというくらいしんとしてるし、息遣いもまったく乱れていない。当然である。だってこれ60個用意されていた口上のうちの1つだしね。で、こっからはアドリブだ。普通は定型分なんだけど、僕にはこっちの方が楽なんだよな。
「さて諸君。特に一年生は身を持って重く体験しただろうが、メンフィス神学校の入学試験は難化している。特に数学ではね。聞いた事はあるだろう。君らの親の代では素早く泥臭く計算できる事が重視されていたと。今と違って複雑な理論を組み立てる力と発想力が重視されていなかったと」
これの背景については軍部が魔法戦力を欲した結果ってのもあるけどね。実際、陸軍士官学校の方では今でも素早く泥臭く計算できる事が重視されている。
「親は子を超えるもの、だから君らの代の数学は難しい。まったく、傍迷惑な話だとは思わないか」
共感してくれてるだろう、多分。息遣い、肩の揺れ、僕には僅かな動きでそれがわかる。だってその力は俳優として、タレントとして大きな武器になったから。
「人間はそんなに便利ではない。私もね。だから私は君達に対して便利になれとは言わない」
実際、僕は俳優としてあの人よりも優れた者になれる自信はなかったし、あのまま続けても父親を超える事はなかっただろう。政治だってそうだ。もしも僕がラムセスの子供でも僕は同じ様なことを思ってたよ。やっぱお父さんはすごいな、越えられないなって。
「神官である以上、官僚として国家に殉ずる道もあれば法曹として法に殉ずる道もある。あるいは起業だって良いだろう。芸術をやるのだって良いものだ。私もたまに趣味で戯曲の演者をやったりするしね」
「つまり、君達は自由だ。その上でメンフィスに、私に殉じたいのであれば私も君達に殉ずると誓おう」
「さて、ふわっとした話になってしまったかもしれないが、それが私の、ファラオ小ホルスとしての立場だ。では、メンフィスに栄光あれ」
小ホルスという偶像、荘厳なるファラオという偶像。でも彼らは知っている、その偶像が所詮人間であると。だからあえて僕は僕という人間を彼らに曝け出す。こっちの方がきっと彼らにとって意味があると思うから。
「我らの知にラーの祝福あれ」
拍手、拍手。やっぱこうやって人の心を動かすのは好きだ。あぁ、僕って根っからの演者なんだ、やっぱ。




