ここ一年の事
「ん、おはようシュン」
「シュン君おはよ」
執務室に入ってくる二人。まだちょっと眠そうな感じはする。
「あ、昨日ごめんね、シュン君」
「いや、良いんだ」
いつもと違う紙と内容だからだからだろう。アイシスは僕の書いているそれを覗き込んだ。
「何それ」
「ここ一年の事を纏めておこうと思って」
エンキの福音。ラーとアヌンナキが作った、いや遺したルールだ。経済の。素晴らしい物だと思う。でもそれはそれとしてきっと10年後、50年後もこの素晴らしいルールのままって訳にはいかないだろ。特に法律の記されているウトゥの福音に関しては。だって困るだろ、いつになっても日照権を表記が無かったら。でもなかなかに変えるのが難しい。だって法律である同時に信仰なんだ。
「それって私らの結婚から?」
「うん、そこからだ。エンキの福音より、汝ら、汝らの民に対して安易に恵みを配るなかれ。いつ何時も、川が海に向かうが如く、神でさえ易きに流れるもの。皆が易きに流れれば皆不幸となる物。即ち自然の摂理なり。決して怠ける事なかれ。僕はこれと真逆の事をしたからね、結婚で」
二人との結婚。それは明るいニュースの為ってのもあったが、それ以上に金をばら撒く理由を作りたかったというのもある。要はエンキの福音風に言えば安易に恵みを配りたかったのである。購買意欲を維持する為に。それで結果一応一定の成果は出た。
「サンプルは一つとは言えこの場合においては有効だったんだ。エンキの福音に逆らってね。だからここに書いとく。将来、福音を現実と擦り合わせて変えなくちゃならないとなった時に」
「ふーん」
自分から聞いたくせに突然興味なさそうな……こういう所あるんだよな、アイシス。突然不意に興味が移る癖みたいな。本当に猫なんだ、アイシス。
「じゃあ次に書きたいのはメンフィス王立書房の件かな。アイシス、重版含めてどんくらい売れてた?」
「3万部って聞いたけれど」
「めっちゃ売れてたなとは思ったけど、そんな売れてたんだ」
実はこの出版の意図にはざっくりとした識字率の確認ってのもある。メンフィスって国の豊かさとか戦争の強さの割りに識字率が結構低めなんじゃないかって見解を陸戦研究室が出してて、僕やラムセス、イズィバーラがそれに興味を持ったって感じだ。結果としては想定より高いだろうが、概ね見解通りって結果である。要因としては少数の魔法使いによる魔法戦こそが戦争の勝敗を決定付けるって言う今の戦争の形態のせいで識字率を上げる必要が無かったから、なんだとか。
「スビアの方は?」
「第1巻が2万部、第二巻が1万部かな」
物語物、しかも傑作なんて言われてた本が元なんだからそりゃ売れるよな。
「そっちもめっちゃ売れてるね」
こう記そうか。
当初の見解よりも識字率は高いと推測される。しかしあくまで当初の見解より、であり識字率はシュメル等他国と全く変わらない、あるいはそれよりも少し低いと予想される。陸戦研究室が示した通り、要因としては戦争の形態及び聖刻象形字の難解さが挙げられる。
「聖刻承継字難しいもんね。正直、私には絵を描くよりもアルファベットの方が楽だもん」
スビアの言う感覚、僕も同じだ。確かに絵と関連させるのは良いとは思うけど毎回人の絵とか船の絵とか描きたくないしね。実際僕も適当に書いてめちゃくちゃ絵を簡略化させるなんて事もしてるし。
「スビアが簡単って言うのならアルファベットに変えちゃっても良いかもな」
確かアルファベットって遡るとヒエログリフに辿り着くだっけか。ならまんまヒエログリフの聖刻象形字をアルファベットに変えるなんて事も出来るはずだ。
「え、私の事好きすぎでしょ。あぁ、えっと。でもさ、それって出来るの?」
「下メンフィス、特に辺境とか貿易港ではキャラバンとか戦争捕虜が文字を覚えやすい様にって崩れた字を使ってるって話は聞いたことがあるだろ?その流れを汲めばアルファベットに変えるって事も出来るはずだ。何十年掛るかわからないけど、識字率を上げたいってのは軍部と文官も同じだろうからね」
ただ、この国の文字をアルファベットにしたとして、単語の綴りが古の時代の英語と同じ綴りにならないという事は留意するべきだろうね。文法は割と似てるからそこは安心だろうけど。
「さて、次はなんだろう。何を書こうか」
まだ書かなければならない事は沢山あるだろう。アトランティスとの貿易が正式に始まった事、大恐慌が一時の治りを見せた事。そしてシュメルがアペプに乗っ取られた事。そしてこれからの事。




