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湖のセイレーン編 見知らぬ客のおもてなし





 シュメル・ツァーリ国。この国は一夜にして変わった。


 「えっと、んじゃ俺がこの国の裏の支配者って事で」


 異様な光景である。金の輝く絢爛豪華な天井を真っ白い大理石の柱が支える王の間、玉座に座る皇帝(ツァーリ)、その胸には槍が突き刺さり、その槍を持っているのは蛇と目をした男、アペプ・アポピス。王の護衛、この国に置いて最強とされた二人は見るも無惨に床に転がり、ただの肉となる。


 「あぁ、心配しなくても国体は維持させてやる。君らがツァーリを選んで良いよ。俺は太陽砲とエターナルIIIが欲しいだけなんだな」


 大臣達はここでやっと状況理解した。自らの王が殺された事、この男に敵う者がこの国にいない事、そしてこの男に逆らえば最悪国ごと虐殺されるという事。


 「君らだって国を失いたくはないだろう?」


 魔力による政治、その究極系。圧倒的な魔力を持つ個人による国家転覆。アペプ・アポピスはシュメルにてそれを成したのである。





 シュン=セテプ・エン・ラー・アヌンナキの治世二周年。アトランティス事変の一年後。


 法務大臣ロベルピエルは夜の街を行く。直接的な意味であり、比喩的な意味である。

 月明かりだけの暗い道、しばらく行って夜も深いのに一際明るく街の一角。王城のちょうど真裏に位置する風俗街である。彼はその中心の、一番大きな娼館に向かう。

 彼は政務で疲れていた。だから溜まっていた……という訳ではない。むしろ彼は娼婦を蛇蝎の如く嫌っていた。こんな穢れた仕事を、人間としての尊厳を売るような仕事をする方もさせる方も買う方も、そして何よりそうせざるを得ない程に人を追い込む社会や世界を不正義だと嫌っていた。

 にも関わらず、なぜ彼がここに来たのか。理由は二つある。


 「カイネ」


 紫のカーテンのある受付、彼はその向こう側の女に一言だけそう告げた。


 「はい」


 はい、短い言葉を確認した後、3階に上り廊下を歩いて4個目のドアを開けた。


 「お久しぶりです、ロベルピエル様」


 長いストレート黒髪を携えた女性。青色の瞳と白すぎる肌、豊満な乳。この高級娼婦、名をカイネ・カイルケーと言う。年齢は若く24歳であり、だからこそ彼女は魔女である。若くして高級娼婦たり得たと言うのは儚さのある面の良さというのも大きいが、それ以上に男に対してこの女ならば寄り添われても構わないと思わせる教養と見せかけの自立心という物を持ち得なくてはならないのだから。


 「あぁ、カイネ」


 ロベルピエルは彼女の座るベットに上がり、長いスカートを捲った。すべすべとした太ももと機械の足、見つめる海のような青い瞳がロベルピエルの男性を刺激する。


 「緩んでいるな、足のネジ」


 カイネは10歳の頃、貴族の馬車に轢かれて両脚を失った。それで嫁には出せないとなり、風俗街に捨てられたのである。しかし別に彼女はこれで母親を恨むような人ではない。むしろ最悪の中での最高で、その不自由な身体は娼婦としての資産であったし、そのまま家に置かれて置物になるよりかはマシだななんて考えていたのである。


 「ありがとうございます。ロベルピエルさん」


 彼女の機械の両足はロベルピエルの設計であり、彼は彼女の脚を熟知している。歩き方の癖も歩幅も全て知っているので負荷の掛かり方も知っている。だからこうやって些細なネジの緩みも分かるのだ。


 「ロベルピエル様、シュメルでの事、お耳に挟まれましたか」


 「あぁ、ツァーリをすげ替えたって事は一応。あとアペプの事も」


 「はい。ですから流石のイズィバーラのシュメル方面軍も動揺なさって、今すぐに鉄道か何かを爆破させて攻めるべきだとか、どうにかして革命を起こせないのかだとか、はたまたあのアペプがいる以上は静かにしなくてはなんて、色々と分裂しているみたいですね」


 これが売春街に赴いた理由の一つである。外の情報の回りはファラオのお膝下の方が速いが、内の情報の回りはこの高級娼館の方が速いのである。なぜならここは元々歴代のファラオが公妾を迎えてきた場所であり、政治的な影響力のある場所だ。それでいて美人が多いもんだから、高級将校やら政治家やらが接待に利用したり密会に利用したりで内側の情報が良く集まる。何よりここは先代と今代のファラオに不満を持っている場所であり、ファラオの敵たるロベルピエルのような男には簡単に情報を流す。なにせ先代と今代のファラオは公妾を迎えてくれないのだから。


 「そうか。ならこっちも動きやすくなるだろうな」


 「大変なんでしょう?ファラオのせいで」


 小ホルスは挙国一致内閣というガタガタの内閣を作り上げ、その隙に勅令という形で命令を下し大恐慌を終息させた。未だ少々不況とは言えど景気は回復傾向にあり、小ホルスの政治的な判断は称賛されるべき物だ。しかし、ガタガタな内閣という嫌がらせを受けたロベルピエルからしてみれば面白いものではなかった。


 「まったくだ。偉大なお方ではあるが、あの人はもう少し自身を省みるべきだ」


 ロベルピエルはこう考えている。

 確かに小ホルスの判断は大恐慌の終息という物をゴールとすれば正しい判断であった。だがその代わり、素直に力を示しすぎてしまったせいでファラオは小ホルスであるという認識を軍部と民衆に与えてしまった。これは問題である、大きな。


 「小ホルスという存在はあまりに巨大になってしまった。最強の力と最高の判断能力を持った存在。絶対に間違えない独裁者、まさしく神だ。そんなイメージを人間を背負える訳が無い。何よりあの男が神を演じきれる程の天才だったとして、次の代はどうするのだという話だ」


 こんな事ではあの男までファラオという存在に飲まれてしまう。それは不正義である。ロベルピエルはあらゆる不正義を忌み嫌う。


 「なぁ、カイネ。私は間違った事を考えているだろうか」


 ロベルピエルはカイネの白い肌の頬を撫でる。彼女も彼女でその男性的な手を両手で包み、自分の頬に押し付けた。艶めかしい表情、息遣い、全てをは金の為の物、ロベルピエルは当然そう考えている。だがそれで良かった。


 「私はいついかなる時もあなたの味方ですよ、マクセス」


 カイネは男を押し倒した。男は彼女の顎に手を当ててそのままそのその唇を自らの唇に近付ける。

 ロベルピエルは母親の事もあって娼婦が嫌いであった。しかしその反面、彼の女性の好みというのはカイネ・カイルケーであり、たとえ金で買う愛で、何より不正義だとしても彼はその愛が欲しかった。

 偏屈な男は魔女に溺れる。カイネ・カイルケーという女、魔女に。

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