精神の敗北
夜中、スビアとアイシスを先に部屋にやって執務室でラムセスと二人きりになった。
「陛下、これだけは言っておきますがね、これからは大変になりますよ」
ラムセスが飲酒をする事は少ない。そして僕も。でも僕らは今夜だけは特別と度数低めのワインを嗜んだ。
「わかっている。大恐慌に軍部対等、イズィバーラにロベルピエル、問題は山積みだよ」
飲み干すワイングラス、ラムセスは真っ赤な葡萄酒を注いだ。僕を酔わせたいのか、あるいは純粋に良いものだから飲んで欲しいのか。
「陛下、進言させていただきます」
ぷくぷくのワインの泡。注がれた時には投げたらよく飛びそうなくらいの大きさだった丸い氷はすっかり小さくなってる。
「明るいニュースが必要です。我らには、メンフィスには」
さっき注がれたばかりのワインはもう半分。この赤さは僕の喉を潤してくれるし、この甘さは二人にキスされた時と同じ味がする。好きだ、このワイン。
「陛下、お娶り下さい。あの二人を。もはや貴方が個人であれる時間は過ぎたのです」
ワイングラス、水面が揺れてる。赤い水面が。
「わかっている」
僕はもはや僕個人ではない。僕はファラオであり、ファラオは僕である。そして僕は数多の運命に携わる者であり、そんな人間が個人であってはならないのだ。
でもそんな事はどうでも良い。王になる時点で分かっていた事だ。僕は僕がどうなろうとどうでも良い。
だがスビアとアイシスは違う。あの二人は普通の女の子なんだ。16歳の普通の女の子だ。そんな女の子を個人で無くしてしまう、それは到底許されるべき事ではない。
「わかってるって……ガキが!黙って聞いていれば空返事で!!そんな調子でファラオやられては困る!!!」
鈍い音が響く。老人の力強い拳が木の机にぶつかったのだ。
「わかってると言っている!おれはな、ラムセス!わかってんだ!だから黙ってたんだ!てめぇも黙れッ!!」
息が切れてる。机のワイングラスが床に落ちて割れている。老人は後退りをして顎を引いて僕を睨んでる。僕、今なんて言ってたんだ。
「……すまない、家宰殿。情けないが、酒のせいにさせてくれ」
「えぇ、私こそ。非礼を詫びさせていただきます、我が王」
お互い少し気まずくなったので紛らわす為にワインを飲もうとする。しかしそこにワイングラスは無かった。
「ラムセス、すまない、これ全部飲ませてもらう」
まだ半分くらい残っていた瓶。少しだけ重いそれを手に取ってラッパ飲みする。赤くて冷たい葡萄酒が暖まった僕の喉に流れて行く。甘い味、甘い匂い、本当に二人みたいな。
「僕は男として愛してる、二人を。だからあの二人を僕は離さないし、他の男になんて絶対に渡さない。でもそれをどう言葉にすれば良いんだろうか。教えてくれ、ラムセス」
二人と結婚する。結婚しようって言って、それで終わりなのはわかってるけど、いざとなってどうしても尻込みしてる。だって自分の生身の醜い気持ちを伝えるのは実際とても怖い事だ。
「は?別にそんなの、結婚してくれで終わりでしょ」
「少しだけ怖いだ、少しだけ」
「ならば抱けば良いでしょう。獣人なんぞ一度惚れらせて抱いてしまえば一生を添い遂げてくれる生き物ですよ。そのように改良されてるんですから」
抱かせろ、そう言ったら二人は多分抱かせてくれるだろうな。でもそれで良いのか。僕と一緒に居てくれ、僕と一緒に個人でいる事を諦めてくれ。そういう話なのに、抱かせろとそんな言葉で解決して言い訳が無いし、肉体関係を持って束縛するなんて誠実じゃない。
「まるで自分の目で見てきたような言い様だ」
「そりゃ、私の家は結構な名家ですからね。モテましたよ、昔は」
ラムセスは片方の口角を上げて少し笑う。僕がラッパ飲みしていた酒を取り上げてこう語った。
「獣人の雄と雌、基本的に弱い方が強い方に屈服してから行為が始まると、昔の友人からそう伝えられました」
弱い方が強い方に屈服。この場合、あの二人と比べて弱い方って僕だ。だって魔法抜きの筋力って話なら僕は男性の中でも弱い方だ。左手無いし。つまり屈服するのは僕なんだな、でも屈服するって……あぁ、こうすれば良いのか。でも嫌だな、男らしくない。ただ、抱かせろというよりかは誠実だろう。
「そうだな、弱い方だもんな。そうか、弱い方か……なぁ、ラムセス。次の内閣、ロベルピエルを呼ばないか?」
「危険ですぞ、あの男は」
「イズィバーラとぶつける。お互いガタガタになって動きが鈍ってくれればそれで良い」
「挙国一致内閣を組閣するのですか?」
挙国一致内閣、党派や政治を超えて力を合わせて国難を解決、と言ってもここメンフィスではそれは絶対に出来ない。だって我が強いすぎるんだ、イズィバーラと言いロベルピエルと言い。だからぶつけてガタガタにする。そして内閣がガタガタになってるうちにラムセスらと共に王権による勅令で無理やり解決する、もはやこの手以外にはない。
ただ、これをする為には元セト派、アウシル派の神官を纏め上げる必要があり、その為には結婚は必須である。
「それしかない」




