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紅の奈落へ




 漆黒の木曜日。

 アトランティスからの輸出分を含めた食糧備蓄の4分の1が消えた。中央政府は厳しい情報統制によってそれを隠蔽しようとしたが、その努力は虚しく翌日には新聞に載っていた。かねてよりの株価下落を不安視していた投資家たちはこれを皮切りにこぞって売りに出す。この時点で市場は大混乱となり、メンフィス銀行は諸銀行を緊急会議へ招集した。


 応急処置の金曜日。

 メンフィス銀行等の主要銀行はエンキの福音に従い、資金を提供し市場を買い支えてなんとか安定させる。彼らの苦労によりなんとか最悪は免れた。


 引き出しの土曜日。

 週末の休場、株式市場は閉じられて銀行は何とか調整期間を得られたが、今後の経済の悪化を恐れる人達が預金の引き出しの為に銀行に押し寄せ銀行が大混乱に陥る。既にこの時、39の銀行が実質的な債務超過に陥り、3人の飛び降り自殺が行われた。


 紅の火曜日。

 壊滅的な大暴落が起きる。投資家たちは一斉に売りを浴びせ、この時点で株価は25%の下落を記録する。市場は信用を失い、もはやグラフを見るよりも飛び降り人数を数える方が有意義であった。





 「違う。リーク元なんぞあとで陸軍特務だとかニテール機関にでも調べさせればいい。私が聞きたいのは今後どうするかだ」


 僕の、ファラオの名の下に緊急御前会議を招集した。集まった皆、事の重大さを理解しておりそこには個人は無く、派閥だけが残っていた。


 「私としてはエンキの福音に従い、雇用拡大の為の大規模な公共事業、農作物の価格統制、金融と社会保障の改革を行おうと思うがこれに意義のある者はいるか?」


 エンキの福音には経済に関するあらゆる事が記されている。だがこんな大不況についての情報は記されていない。エンキも想定していなかった事態なのか、あるいはラーによって焼かれた箇所に記されていた事態だったのか。


 「陛下、進言の許可を賜ります」


 陸軍大臣が発言の許可を問う。僕は少し手を上げて会釈をするようなジェスチャーをする。


 「陛下の仰られる雇用拡大の為の大規模な公共事業というのは具体的に何を示すのです?」


 「家宰ラムセスや諸大臣との協議の末、アンニール川へのダム建設や橋の建設、道路整備等の大型インフラを中心として幅広く雇用を産出するつもりだが……」


 渋い顔をする陸軍大臣。海軍大臣は一言、この場を震撼させる一言を放った。


 「陛下もお気付きでしょう」


 雇用の創出。公共事業以外の他にもあるではないか、目の前に大きな組織が。そう言いたいんだ、この男は。その証拠に陸軍大臣は海軍大臣の意図を汲むように続きを話した。


 「軍であれば、どのような荒くれ者であれ俸給を出すことが出来ます。その上、軍の人員が増えれば自ずと武器が必要となり、重工業の発展が望める。何より、陛下とてアトランティスでご理解した筈でしょう。魔法の終わり、ラーによる祝福ではなく鉄と血によってのみメンフィスの栄光は護られると」


 その事態は予想していた。むしろこうなると確信していたまである。


 「陸戦研究室ではこの国は戦争に耐えられないという結論の筈だ。そうであるのなら、公共事業の方が得策はないだろうか」


 だってこの状況になって一番得するのは軍部だ。国内だけで食糧が賄えないとなればメンフィスは拡大を余儀なくされる。


 「それは現段階でのメンフィスではという話です。事実、陸戦研究室の最新の見解では一撃によってシュメルの肥沃な三ヶ月地帯を占領する事も可能であると。加えて彼の国には革命の気配もありますから」


 何よりこの国難は軍部の権力拡大の絶好の機会だ。何故なら一ヶ月後には家宰兼首相のラムセスの任期が終わり、内閣を組閣しなければならなくなるからである。


 「しかし、陛下が断じて我らに手伝わせぬと仰られるのであれば、我々が陛下に貸せる力はありませぬ。よって私は恥を忍んで陸軍大臣を辞任致します。また後任の指定についてですがイズィバーラ中将を指定させていただきますが、陛下の考えが変わらぬとなると少々難儀致しましょう」


 軍部大臣現役指定制度。陸軍、海軍の大臣となる者は現役の将官に限られる。先先代のファラオが軍部の拡大を恐れて作った制度である。しかし現在このような形で軍部に好都合に使われている。何故なら軍部が大臣となり得る将官を指定しなければ内閣に軍部大臣が不在となり、その内閣を倒閣に追い込むことが出来るのだ。


 「イズィバーラ中将が……」


 イズィバーラ、シュメル方面軍総指揮が陸軍大臣に。

 どうする?ここで別に構わないと言ってもイズィバーラにも同じことを言われる。そうなれば来期の内閣は流産するだろう。でも逆にここで軍部に折れたら?いや、どちらにせよ変わらないではないか。変わるのはこの男かイズィバーラか、それだけだ。ならば……


 「陸軍大臣、貴官に一つ関係ない質問する。貴官はどちらだ?改造か、山岳か」


 「私は陛下程の男ではありません。ですから自己保身に走った、それけで御座います」


 「ならばそうされよ。私は貴官を来期の軍部大臣に指定しようとしていたが、貴官がどうしてもと言うのならイズィバーラに席を譲ると良い」


 イズィバーラを側に置く。シュメルで好き勝手やられるよりはこっちの方が良い、かもしれない。

 くそ、わからない、何が正しいのか。

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