シュンについて
「ありがとう、アイシス。少し楽になった」
15分くらい抱き締めて撫でてあげた。この人、根っからの寂しがり屋な上に育ちのせいで人に甘えるのが下手くそだからたまにこうやってあげないと可哀想なんだ。
「良いよ、私がやりたくてやっただけなんだ」
ドンドンドンと三回扉の叩く音。それを合図に彼から離れる。
「入りたまえ、いや入ってくれ」
外の衛兵が扉を開ける。そこに居たのはなんというか、軍服以外に特徴のない男だった。
「楽にしてくれ、アヴダヴ=ナーセル少佐」
アヴダヴ=ナーセルという人。なんていうか、普通だ。これと言って特徴は無い。青い目と黒髪、シュンより少し低い極一般的な身長、本当に特徴がない。でも異様さはある。だって彼少佐なんでしょ?20歳前後くらいなのに。それはとても異質なことだ。
「はっ、陛下。お言葉に甘えさせていただきます」
綺麗な敬礼。でもその言葉使いはどうなのかと思う。仮にもこの国で、この世界で一番偉いとされている人なのに楽にしてくれではいそうですかって罷り通るのかな。いや、こういう所が彼を出世に導いたのかもしれない。
「アイシス、彼はスクレ・ドゥ・ロワの長官だ。簡単にいうと僕直属の諜報機関の一番偉い人って言い方かな」
「諜報機関?それって陸軍にも海軍にもあるけど……」
「所詮僕のやってる政治は筋肉政治だ。僕の足りない腹芸を僕の魔力って武力で補ってるから、他の派閥から信用されないし信用出来ない」
絶大な魔力という絶対的な武力を根拠としたセトの政治掌握、それを打ち破った上に今度はアトランティスとの核戦争の危機を一人で解決した。彼は素直に力を示し過ぎたんだ。こんな影響力のある人間、しかも暗殺も出来ないような人間を素直に信用しろというのは無理があるだろう。
「あ、すまない、アヴダヴ少佐。それで君にやってもらいたい事というのはな、イズィバーラ中将の監視だ」
アヴダヴの顔は何も変わらず、ただ上官に対する顔をしている。
「私は強いファラオではない。私の代で戦争なんてごめんなんだ。それにメンフィスは戦争をするべきではない、この国にそんな体力は無いのだ」
「えぇ、私も同感で御座います。1年2年となれば、陸軍は存分と暴れましょうが、3年4年となるとわからない、それが陸戦研究室の見解でもありますから」
「それと追加でアペプ・アポピスの件も頼む。もちろんその分予算も人員も補填しよう」
アペプ兄さん、シュンにマサツグさんとシュメルへハネムーンだって告げた後にどっかに行ってしまったらしい。あの人がただハネムーンをして終わりなんて思えない、それは彼の妹である私や彼の弟であるシュン、そしてラムセスを含めた政治家達の総意である。
「有り難く。ですが陛下、宜しいのですか?アペプ様は並々ならぬ魔力をお持ちの方、そんなお方に不用意に聞き耳を立てて逆恨みでもされたらたまった物では無いでしょう」
「いや、良い。元よりアペプはこっちから手を出そうと出さまいとメンフィスに対して何かアクションを起こすつもりだろう。それなら対策をする方が良いと私は考えるよ」
「なるほど。ではこのアヴダヴ=ナーセル、有り難く大役をご拝命致します」
「感謝する。じゃあ下がって良いよ。ランチにするのなら3番街のとこの喫茶店がおすすめかな」
「は?はぁ……では」
一瞬意味不明って言葉が過去に出たね、アヴダヴ少佐。
アヴダヴ少佐が去り、再び二人きりに。彼は深く椅子の背もたれに沈んだ。
「慣れないことしてるね」
後ろから抱きついて顔を覗いてみる。視線を落とした憂い顔をしていた。やっぱちょっと睫毛長いんだ、女の人みたいだ。
「誰かを疑うのも誰かに誰かを疑わせるのも僕は嫌だよ」
彼は急に立ち上がり、表情を柔らかく変えた。ファラオとしての顔じゃない、私のよく知るシュンの顔だ。
「気分転換にスビアんとこでも行こうぜ。神学校の図書館一回行ってみたかったんだ」
アポ無しで行って大丈夫なの?と思ったけれど、よく考えたら向こうにスビアがいるんだったら警備は大丈夫だし、何より暗殺出来ないか、この人。あぁ、そりゃ目の上のたんこぶだよね、良くも悪くも、軍とかラムセスからしたら。




