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ファラオについて



 王宮の執務室にて、今日もお昼ご飯をシュンに食べさせる。スビアはメンフィス神学校の図書館に行くとかで居ないので、この部屋には二人きりだ。


 「うん、やばいな。少なくとも不況は避けられない」


 資料を眺めながら私の運ぶご飯を食べるシュン、難しそうな顔をしている。ここ最近は毎日こんな感じであり、私もメンフィスの状況がだんだんわかってしまった。

 この国は大き過ぎた。沢山物を作れるようになって沢山人も増えたけれど、作物は増えてないのである。つまりメンフィスという超大国はアンニール川の賜物だけれど、アンニール川の賜物でしかなかったんだ。


 「公共事業……ダム建設の勅令でも出すか。銀行の方にも色々やらないといけないかもな」


 「ん、それってエンキの福音的に大丈夫なの?」


 この国の経済はエンキの福音っていう書物に則って運営されている。それでエンキの福音第2章23節には"見えざるラーの意思により、汝らの交換は保証される。故に汝、汝らの交換行為に対して汝の意思を持って触れるなかれ。ラーはまこと偉大なる賢しき御方"ってあるんだけれど、シュンの言ってるそれってこれに抵触しない?


 「エンキの福音第3章1節、これ汝ら、もしも汝らの交換がラーの祝福を受けないとなれば、汝らの善き指導者の下、新たに巻き直しを行うと良い。川と山を人に手によって統べ、豊穣の恵みを広く人々に齎すのだ」


 ラーはまこと慈悲深い御方、一度失くされた祝福であっても再び火を灯す。汝らラーをまこと畏るがよい。って続く。


 「確かにそれなら正しいか」


 「僕は神学校の出の神官じゃないからあれだけど、ラムセスさんあたりもこれを提言してたから多分これが正しい道だと思う」


 昔の人、と言うかラーとアヌンナキは凄くて、この国の経済も法律も殆ど福音書に則って決められている。だから政治に携わりたいとか司法に携わりたいとかそう思うのなら神学校に通わなければならないのだ。


 「ただ、これで何も解決しなきゃラーは僕を祝福しなかったとって映るだろうな。そうなったらだいぶ不味い」


 「きっと上手く行くよ」


 「女の勘ってやつか?良いよな、当たるからな、あれ」


 シュン、なんか最近明るくなった気がする。ご飯を食べれないとかそういう病気に関しては全く治っていないんだけれど、表情は柔らかくなって良く笑うようになった。無理をしている、って感じではないんだろうけど、それはそれとして不気味だよ。


 「ねぇ、無理してない?」


 「無理?別に僕は普通だろ」


 左目に布を巻いて左腕は無くて、食器も持てなくて夜はたまに息が止まる。そんな人間が普通だとは思えないし、無理してないとは思えない。でも心配かけないように空元気してるようにも見えない。なんだろうな、心の痛みを自覚してないみたいな、そんな感じになってる。どちらせよ、その心の傷も身体の傷もセトとの戦いとファラオとしての責務の中でつくったもので、そうさせたのはお父様と私なんだ。


 「ねぇ、慰めてあげようか」


 「だから大丈夫だって」


 「いや、よく考えたらさ。貴方って王様だけど奴隷だよねって」


 「それは……比喩的な意味で?」


 ポケットに入れて置いた一枚の紙きれ。実家から取ってきたやつ。


 「そんなんじゃ無くてさ、ほら。貴方の購入明細。残ってたんだよね」


 眉を顰めてうげって顔をする彼。最初は家内奴隷として買ったんだから立場上ファラオとは言え彼は私の奴隷なんだよね。


 「ほら、命令。慰めさせて」


 座ったまま、彼はゆっくりと私の胸に頭を預けた。やっぱ辛いんじゃん、この人。


 「ごめんなさいとは言わないよ。悪いのは僕だから。ただ、罰は受けれるけれど罪は背負うしかないんだって、一生、それが少しだけ辛い、かな」


 私ももうスビアのこと言えないな。啜り泣く彼を抱きしめてあげて頭を撫でてる、私はこの時間が好きになってしまった。あまりにもこの弱い男が可愛過ぎて。普段はあんなにも強いのに。あぁ、もうどうでも良いな。獣人のなんたらとか、王妃の責務だとか、家畜みたいな生き方だとか。とにかく三人でこうやってやってやれればもうどうでも良い。それ以外の全部、誰が死のうとどうなろうと、もう私にはどうでもいい。


 「辞めちゃえば良いのに。王様なんて。向いてないよ」


 「何度でも言うよ。だとしてもだ。僕は君たちを愛しているけど、それと同じくらいに大きな物を背負っているんだ」


 もし私に力があれば今すぐ私はこの国を壊してただろうな。でも私は無力だし、残っていた力も全部彼にあげてしまった。だからどうでもいいんだ、自分に出来ないことなんて。

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