ファラオとメンフィスについて
偉大なる王都の空をマンジェットが飛ぶ。甲板にファラオを乗せて。メンフィスの民は彼を祝福し、彼はメンフィスの民を祝福する。
拍手と花束。彼は人々にパンとサーカスを与えた、故にメンフィスは彼を愛している。
と、そんな勝利の凱旋から一週間、私はメンフィス神学校の校門に立っている。メンフィス神学校、特徴的な赤の講堂の立つ大学。かつてメンフィス一の大学だった所である。まぁ、近年は陸軍士官学校とか海軍士官学校とかの方が頭良いからね。学費無料俸給発生ってのが幅広く天才を集められたらしいよ。
それでなんで私がこの学校に来たのかと言うと、私はここの図書館に用がある。私だって名ばかりの考古学者って訳じゃいけないんだ。それにここのOBでもあるしね。
しばらく歩いて大学の図書館へ。メンフィス神学校の正式名称は王立メンフィス神学大学校なので、王立の付く通りまるで宮殿のような作りをしている。特に図書館が顕著であり、荘厳なバロック調の石作り造の外見と大理石と赤い絨毯の敷かれた内装を持っていた。だがこの図書館の最もたるはここじゃない。地下である。この図書館の地下、42mの深さにより300万の蔵書数を確保出来ているのである。
まさしく本の山、知の山だ。故にここにはこんな本もある。
The Brothers Karamazov.
手に取る本のタイトル。超超昔々の名著なんだけど、アルファベットで書かれてるから皆も読めないらしい。それで私が何をするかって言うとこの本をアトランティス語に訳してその後にこっちの言葉に変換する。場合によってはシュメル語からこっちなんて事もあるけど、とにかくこれが私の趣味である。
「死ななければ、落ちて、地に……汝に告ぐ、地に落ちて死なずば、一粒の麦は麦のまま……」
ペンを滑らして綴る。私はこの音が好きだ、気持ちよくて。
「おぉ、これはこれは」
遠くから低い声。この声の人、一度会った事がある。
「お久しぶりです!ロベルピエルさん」
長い赤毛の垂れた翠の瞳の美男子、マクセス・ド・ロベルピエル。元腕利きの弁護士で今はブルトンクラブ党の党首だ。確かファラオの貴族を廃しての完全平等を唱える政党だっけか。昔のファラオが失策続きでこういう不遜な政党も許さなくちゃいけなくなったんだとか。まぁ、もし私に投票権があったら私はここに入れてるだろうね。
「えぇこちらこそ、スビア嬢様。ところでこの本は……あぁ!この本ですか。私もセト様と共にこれを訳して読みましたがね、まったく名作でしたよ。今まで読んだ本の中で5本指には間違いなく入るでしょう」
この人、ロベルピエルさんはアペプさんと同年に卒業した人だ。それも主席で。となると、アペプさんをせしめてメンフィス神学校は青天井だから学力差が凄いなぁって言わせた人なんだろうな。
「ロベルピエルさんもお好きなのですか?こう、大昔の本を翻訳して読むの」
「勿論です。だって面白いという事が確約されてますからね。ここにある物語達は何十万年も生き残り続けた物語なのですから」
「それに最近になって気づいたんです、スビア嬢様。最後に残るのは案外こういう物語の一片なんだなと」
なんかこの人、気が合う人かもしれない。今のメンフィスでファラオを廃して完全平等なんて良いことかもだけれど夢物語だよねって、ただの夢想家だと思ってたけど案外そうじゃないのかも?でもこの人にそれを聞いて良いのかな?だって私の立場ってファラオと事実婚してる人じゃん。そんな人がどういう事って聞くとは、この人も心中穏やかじゃなくない?
ま!いっかあ!
「ところでロベルピエルさん!その、純粋な興味なのですけど、ブルトンクラブ党って何でファラオを廃止したいと、そう願ってるんですの?」
ロベルピエルさんは片手で長い赤髪をくしゃっとさせて唇を噛んでいる。多分、聞かれるとは思わなかったんだろうな。
「打首になさらないとそうお約束していただけるのであれば」
刑法115条不敬罪。ファラオ、王妃、王位継承者に対する中傷あるいは侮辱、敵意を表明する者は10年から15年の禁錮、あるいは処刑をとする。この法律、超超昔々の名残でレスマジェスタなんて言う事もあるらしいよ。
「そんな事で打首にする程、今のファラオが恐ろしい人に見えるのですか?」
「だからこそですよ。今のファラオは何と言えば良いでしょうか、憐れに思えます」
「王に向いていないと?」
「いえ、まさかそんな。小ホルス陛下は英雄ですよ、魔法時代の。ですがね、我々文官の武官も輝かしい功績と絶大なる武力の前に見て見ぬ振りをしている。本来、あの男は精神病患者ですよ、自分で飯を食べれないような」
私の感じていた事、アイシスの感じていた事。それを彼が感じていて、かつ問題視していたなんて驚きだ。だって皆、シュン君は病気だけどそれはそれとしてってそう考えてると思ってたから。
「そんな限界の人間を責任ある立場に立たせると言うのは道徳的に正しくない。故にファラオは廃されるべきだ」
「ではファラオを廃して誰が国を回すんです?」
「徳のある者でしょう。今代のファラオのように絶大なる力を持ちながら、滅私奉公をする者。かつ精神的に安定のした人物」
そんな人間いるの?完璧な人間はいないって良く言うけれど、まさにロベルピエルさんが言ってるのって完璧な人間じゃん。
「そんな人物が居たとしてその人がそれをやりたがるかは別でしょう」
「ラーにより恵まれた能力を賜っているのなら、その賜り物を広く有用に使うのは義務でしょう。精神を著しく病まない限りはね」
「なかなか居ませんよ、そんな人。多分」
勝手な憶測だけれど、多分この人は王に成ろうとしている、凡人の。だってそうじゃないか。こんなの夢物語の机上の空論に過ぎない。完璧な人間が居ると、ロベルピエルさんが思ってない限りね。つまりロベルピエルさんは完璧な人間を知っているって事で、こう言う場合殆どは自分を指すだろう。
「ですが不正義は不道徳です。悪い腫瘍は痛みを伴うとしても切除されなければならないでしょう」
なんて傲慢な人だろうな。でも傲慢だとしても、この人がきちんとメンフィスを運営できるならそれで良いんじゃないかなとも思うかな。少なくとも、シュン君がやりたくないのに王様やってるよりかはマシだろう。




