表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
85/103

メンフィスという大地について





 友人と酒飲んだ翌日、アヴダヴは資料を借りる為に士官学校の図書館に赴いていた。


 「くっ、届け……」


 アヴダヴは顔こそ平均的だが、その身長は平均をやや下回る。それこそ、歳下であるはずのファラオに負けてしまう程に小柄であった。だからこのように陸軍士官学校の図書館の高い位置に配架された資料にはギリギリ届かなかった。


 「これかい?」


 彼の手をよりもゴツい手が彼の目当ての本を掴んだ。


 「あ、ありがとう……え、ございます!」


 士官候補生に対する声はその男の顔を見た途端上官に対する声へと変わり、会釈の為の右腕は敬礼へと変わる。


 「そう硬くなるな。オフだぞ、僕」


 金髪の瞳と人を惑わす斜視、優れた容姿と優れた頭脳を持つ、軍人にして思想家たる男。シュメル方面軍総指揮イズィバーラ・カーディアス中将である。


 「は、拝読致しました。新世界戦争論」


 新世界戦争論。現在の陸戦における戦力は主に貴族の保有する強力な魔法と鉄を飛ばす武器である火杖(かじょう)が主であるが、やがて魔法を一切使用しない火器の発展によって魔法の唯一性が崩れ、大体不可能な貴族よりも大体可能な凡人の軍隊、国家の時代が訪れると、そういう著である。


 「読んでくれたんだ。どうだった?」


 「えぇ、陸軍内で意見が分裂するのも無理ありませんよ。あの本は予言書のように思える、少なくとも私にはそう見えました」


 イズィバーラのため息、アヴダヴは自分がマズい事を言ったのかと心臓が鳴った。


 「僕は一つの可能性として提示したんだがな。だが、予言書と言うのは言い得て妙だろう。実際、この予言は本物になってしまった。アトランティスとファラオによってね」


 アヴダヴは言葉の意味をそのまま解釈し、事態が深刻なのでは無いかと察して顔が引き攣った。


 「そう深刻そうな顔をするな。あの歴代最強のファラオがアトランティスによって討たれたてかそういう訳じゃない。ただ、ファラオはアトランティスの武器によって一発軽い銃創が出来たと、そういう話さ」


 ファラオの肉体がアトランティスの武器によって傷付けられた。魔法ではなく、武器によって。その出来事の意味は大きい。何せ当代のファラオの魔力量は膨大であり、それによって発生するバリアはマンジェット等が発生させるバリアと同じである。そんなバリアが魔法によってではなく、武器によって破られたという事実は最強の戦士でさえ非力な女子供に討たれ得る可能性があるという事を示すのだ。


 「マンジェットから送られて来た資料さ。八尺瓊勾弾と呼ぶらしい。これがファラオの脇腹を射抜いたんだと」


 八尺瓊勾弾、設計こそ難しいが材料自体はありふれた物である。またその設計自体も機械によって自動化出来るものであり、量産性という面ではそんなにコストのかかる物では無い。


 「まさしく時代の節目さ。これを我が国が量産すれば我が国の兵力は今の数倍になるし、逆に他国がこれを量産すれば他国の兵力は数倍になって今度はメンフィスの地位が脅かされる」


 メンフィスは大国である。それはもう、あらゆる不利益を考慮しなければ世界征服が可能な程に。故にメンフィスの民、特に軍部は踏み潰した者たちの恨みを、未だ踏み潰されぬ者たちの踏み潰されるかもしれないという恐怖を自覚している。だから怖いのだ、時代の変革が。だから改造しなければならない、国家を。これが改造派とイズィバーラの心理である。


 「それこそ今年のようにアンニールの不作で国の情勢が揺れた時には、な」


 メンフィスは大国である。しかしその地盤はアンニール川という一つの自然、制御不可能で不安定な存在の上にある。故にメンフィスの改造にはこの地盤を盤石にする事が必須であった。力を手に入れて、足が折れて身体の中で殺し合いになるのは恐ろしい事だから。


 「道は東にあると、そういう訳ですね」


 「あぁ、だからそうしたし、これからもそうする。我々はシュメルの全てを手に入れなければならない」


 アヴダヴは軍人としてはこの考えを理解できた。だが一個人としてはこれに賛成する事はできなかった。理由は三つである。

 まず一つ、シュメルという国について我々が知らなすぎるという事である。陸軍特務の情報によれば軍規模こそシュメルの半分程しかないが、あの国はアヌンナキ神話発祥の地、そうであれば我々のイカロスランチャーのような兵器があっても不思議ではない。

 次に二つ、そもそもアヴダヴが戦争嫌いであるという事。純粋に人が死ぬのは間違っているという一般的な倫理観。

 そして最後に三つ、そもそも正しいか正しくないかの判断なぞ自分がするべきではないという事。それを判断するのはファラオと大臣の議会であり、国家の暴力装置の部品の一つである自分が意思を持つべきではないという認識である。


 「と、まぁこんなもんかな。そろそろ時間だ。この後特別講義があるんでね」


 去っていくイズィバーラ、小さく敬礼をするアヴダヴ。アヴダヴはこの短い時間、何故かファラオのことを考えていた。もしもファラオがこれを知ってどう考えるのか。おそらく奴は選択する事を恐れて議会に放り投げて多数決だとか、そんな温い事を考えるのだろうと。

 ただその最後にこうも考えた。もしも自分がファラオならば、間違いなく東に進むだろうなと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ