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おはよう





 目が覚めた時、僕はふかふかの布団の中で目覚めた。干し立ての良い匂いである。


 「あ、起きた?」


 左目が見えない。多分寝てる隙に封印布を巻いてくれたのか。


 「アイシス、どうなってる?」


 眠い目を擦って起きる。ここはマンジェットの僕らの部屋だ。いつの間にかここまで運ばれてたのか。


 「アトランティスの戦いは終わった。トキヒメが治めるって形で」


 身体を起こそうとした時、激痛が走った。


 「今日は寝ててね。お父様の魔力のせいで身体が軋んでんだ」


 ウジャドの目ことアウシルの左目、それには常軌を逸した魔力を生み出す他にももう一つ効果がある。それは自分の魔力をアウシルの太陽の魔力と同質の物とするという効果がある。

 まぁつまり、簡単に言えば軽自動車のエンジンをF1カーのエンジンに変えるようなもんだ。中々に無理がある。


 「そういやスビアは?」


 「トキヒメと一緒にアトランティスの方で怪我人の手当てをしてる。コカトリスの視線には麻酔効果もあるからね」


 額に乗る冷たいタオル。なんか気持ちいい。


 「んじゃおやすみ」


 部屋から出ていく彼女、いつの間にか僕は袖を掴んでいた。


 「珍しいじゃん。寂しいの?」


 「多分、そうかも。それと知りたいと思ったんだ、アペプの事」


 アペプ、際限ない破壊衝動と化物じみた力を持つ道楽者。僕はそう思ってた。でも全然違った。アペプはきっと、最も複雑な人間だ。やってる事は極悪人だけれどその心内側は悪人でも善人でもない。本当に複雑な人なんだ。だから僕は知りたいと思ってしまった、アペプを、兄を。


 「アペプ兄さんの事ね。長くなるかもしれないけど良い?」


 「長い方がいい」


 隣に座る彼女、横顔が少し寂しそうな顔をしてる。


 「7歳の時かな、お父様がアペプ兄さんを連れてきた。最初の印象はなんかこう、シュンと似てたかな」


 「僕と?どんな感じだったんだよ」


 「静かだけどちょっと頭がおかしくなる所」


 え、アイシスから見た僕の初対面そんなだったの?そんな僕ぱっと見頭おかしく見えるんだろうか。


 「でもシュンと違ってめちゃくちゃ頭が良かった。こっちにきて一年後にはもうメンフィス神学校に進学してたからね。しかも13歳で」


 メンフィス神学校、当時のメンフィスで一番頭の良かった大学だ。それこそラムセス等の神官、つまり政治家やら裁判官を多数輩出してる所である。いやまぁ、確かにあの人なら行けそうだけど、13歳で……そんなことあり得るのか?


 「でもアペプ兄さんは衒学する人じゃなかった。むしろメンフィス神学校の内部の学力差で打ちひしがれたんだってさ」


 現在のメンフィスにおいて最高の大学である陸軍士官学校がそうであるように、かつてのメンフィス神学校も学内学力差の激しい大学だったと聞く。だって上が青天井だからね。


 「あの人らしいな」


 「アペプ兄さんが大学に合格してからは楽しかったな。優しくてさ、兄さん。いつも遊んでくれたし、プレゼントだって沢山くれた。優しくてしてくれたんだ」


 でも最終的にアイシスはアペプ兄さんをみみっちい穀潰しと評した。なんでそうなったんだ?


 「いいお兄さんなんだな」


 「うん。私の、私達の自慢の兄だよ。でも良い人ではないし、成りきれなかった。ある日あの人は急に家をほっぽり出して冒険者になった」


 「どうして冒険者なんかに?」


 僕らがそうであったように、よほどの理由がなければ冒険者なんてならない。だってあれは定職に就けない者の最後の場所なんだ。


 「多分、嫌になったんだろうね。演じる事が。お父様とか私の望む、アペプ、貴族アペプって人格を」


 「……じゃあアイシス。君があの時、アペプを批判した理由って」


 「そうだよ。私は自分勝手になれない。だから羨ましかったんだ、アペプ兄さんが」


 右手で握る彼女の手。細くて小さくて守ってあげたくなる。でもこんな手でも、魔力無しの生時の状態じゃ僕よりもずっと強いんだ。


 「僕も羨ましいって今なら思えるよ、あの人の事。でも僕はああはなれない。ごめんね」


 「ごめんって何。私はさ、メンフィスに子供を作れって言われるのは嫌だけど、貴方にそう言われるのなら別に良いかなってそう思ってるんだよ」


 彼女は不意に僕の上に乗っかかった。それで腕を押さえて、僕を動けなくした。あの時の、スビアに襲われた時の記憶が蘇る。だってアイシスの表情、あの時のスビアと同じなんだ。頬はだんだん赤くなって甘い匂いがするんだ。


 「アイシス?」


 彼女の焼けた肌、綺麗な瞳。ピクピクと動く耳。それがどんどん大きくなっていく。それでいつの間にか僕は目を瞑って、口の中に入ってくる彼女を感じていた。


 「怖くない?」


 「全然怖くない。もうこのままぱっくりと食われてしまっても良いかなって。でも今はまだ、やるべき事がある。最後まで足掻いてみたいんだ」


 もう一度目を瞑る。でも彼女はその続きをせずに僕の上から降りた。


 「そう、それが知れてよかった。じゃあ今日はここまでね」


 赤い顔のまま部屋を出ていく彼女。僕は呆気に取られて、しばらく自分の唇を触っていた。

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