もう、辞めよう
身体が沈んでゆく、地の底まで。かろうじて魔力で防御しているけれど、このままじゃ確実に死ぬ。どうする?どうすればいい?なんらかの方法で上に向かって勢いよく吹き飛んだとして、この重さが解決されなければまた地に沈むだけだ。
「海!?」
身体はアトランティスの船底を抜け、さらなる深みへ落ちてゆく。海の中、深海へ。海水が摩擦によって赤くなる。泡に覆われる。深く深く潜るほど圧力は強くなって、それに伴い身体を覆う魔力も強くなる。
魔力を湯水のように使ってる。このままじゃあと三十分と保たない。
考えろ、ここから脱出する方法。何か、何かあるはずだ。
「あ……」
気付いてしまった。手は一つもない。ある一つ除いて。
あぁ、死ぬのか、僕。でもそれでいいかもな。だってこの死に方って苦しくないよな。魔力を解いたら水圧で一瞬で潰れてそのまま死ぬ。僕は死んだ事にすら気付かない。
僕が死んだらみんなどう思うだろうか。間違いなくメンフィスはファラオが死んで荒れるだろう。でもメンフィスが壊れるなんて事はないだろうな。僕の国は強靭だ。きっとファラオという存在が無くても上手くやるだろう。
ははっ、やっぱりアペプが言った通りじゃないか。僕はあの二人をなんとか貴族の娘の、王族の妻ってそんな家畜みたいな人生から解いてみせるって言いながら、実際はメンフィスを優先してる。僕が傷つきたくないから。
あぁそうさ!僕は傷つきたくなんかない、死にたくなんかない。だから二人を蔑ろにして、そんな男だから僕は二人に惚れられても幸せに出来るビジョンが見えなくて、二人に惚れられた事、二人を惚れさせてしまった事を罪に思ってる!
最悪だよ馬鹿。僕は最悪な人間だ。死んだ方がいい。僕が死んでアペプがメンフィスをぶち壊して、二人を家畜から解き放ってくれた方がいいだろ。そしたら二人どう思うかな。多分アイシスはアペプを死ぬほど恨むだろうし、スビアはどうなるかわからない。でも二人は強い人だ、僕よりも何倍も。だからきっと、最初はダメダメでも二人で立って行ける、のかもしれない。それこそアペプが面倒見てくれるのかもな、マサツグさんとかも居るんだし。
それかこうなるかも、僕よりも彼女らに相応しい人が現れるかもしれない。僕よりも甲斐性があって、泣いてるスビアをきちんと慰めてスビアの悪いところは正せる人。理屈っぽいアイシスの理屈を全部受け止めて、それで優しく抱き締めてくれる人。そして何より、どんな時もあの二人の事を考えて行動できる人。きちんとちゃんとした物をあげられる人。
「はっ!そいつ誰だよ!」
あぁくそ!身体が少しだけ軽くなる。僕は自分が思ってたよりもずっと二人が好きなんだな。死に瀕してわかった。
僕はたとえ二人を家畜にしてしまっても、それでもあの二人が欲しいと思ってる。僕はたとえ二人に相応しい人が現れても二人を渡したくないなんて思ってる。僕の独占欲。僕はずっとずっと人を愛して愛されたかった、それが出来ている環境を僕は手放したくない。
「地に昇れッ!!」
背中に火属性、それをぶつかり合わせて雷属性に変える。深海を上昇する身体。推進剤の高密度の雷、バリアで作った小さな噴射口が広がっていく。瞬間、轟音が鳴り響いた。
巨大な雷の翼が海水を熱する、分解する。巨大な翼が赤い水疱に包まれていく。
やがて見えたアトランティスの下部分。これを貫いて上に登る。それなら……
「慟哭しろ!地獄の旋風!」
右手に火属性の嵐が渦巻く。身体を一回転させて、背中に生成した雷の翼、それを右手の旋風で巻き込んで雷を渦巻かせて巨大な掘削機にする。多分、僕が放てる魔法の中で一番強くて使い難い魔法だ。
「貫けェーッ!!」
さっきの上昇する力、雷属性と火属性の溶かす力、風属性の渦巻き削る力。今の僕はドリルそのものである。地を貫く。
船底を砕き、間の階層を砕いていく。そしてやがて、地の上に出た。
「おぉ。寛解したか?」
笑うアペプ、役割を失って消失する右手の魔力。
寛解した。僕の中の一つの罪と寛解して罰が消えたたんだ。
「まだ、重いですけどね」
着地、コンクリートを砕く。しかしまだ身体は十分に重い。でも地の底には沈まない。僕の中では殺人よりも二人の事が大きかったらしい。最悪だ。だけれでも、だとしても僕は二人を、二人と過ごす日々を愛してるんだな。




