罰について
景色の変わり、次立っていた場所は病院だった。機械音が定期的に鳴っている。
「お前の母親か?」
ベットに寝てる女性。腕や口に管が繋がれて、生きているよりも生かされているという感じだ。
「そうか、癌というやつか」
ピーと高い音が鳴る。死の報せ、男の子は普段と変わらぬ表情でその痩せ超えた女性を眺めている。
「母親を見殺しにした、と言うよりも母親が死んで何も感じなかった自分が社会的におかしく、それを罪に感じたって訳か」
医師たちが入ってくる。男の子は観察するように医師たちを眺めた。いずれ来るであろう医療を原作としたドラマの為に。
「これに関しては俺もそうだったからな。あんなもの、産んでくれただけの人に過ぎないというのも分かる。何もなければ」
アペプは一歩踏み出し、母親の死体を覗き込んだ。知らない人の筈なのに、なんでそんな物憂げな顔をしているんだ?
「しかし、それに罪を感じるのは全く持って意味不明だ。世間的におかしいから罪、だが世間様はお前に何か言ったか?母親が死んでるのに何で何も思わない、冷たい人と言ったか?」
景色が溶ける。母親が歪んでゆく。
「自分の世界にしか生きていない自分勝手な奴。それでいて主体性もない、歪んだ人間。お前はこんなガキの頃から変わらないな。一切成長していない」
景色は一気に古臭くなる。日干し煉瓦の家の中、ヤシの木材の廊下。一年と半年前の僕、まだ人を殺してない僕が借宿の部屋のドアの前で聞き耳を立ててる。
「アイシス、どういうことなの?それ」
「だから、その。なんか良いなって思っちゃって」
「嘘でしょ。私には恋愛なんて考えられないって言ってたじゃん」
「私だって思ってる、シュンに対する気持ちは獣人の特性のせいかもだなんて。でも好きになっちゃたんだ、仕方ないでしょ」
あの二人は優しい。相性と言うのもあるかも知れない。この国では一夫多妻が基本だ。でも、だとしても二人にとって同じ男を好きになった事について思う事があったんだろう。この日、二人は少し些細な喧嘩をしてしまった。
「お前はこれを罪だと思ってるのか。ただ自分を取り合う二人の女ってだけの光景を」
「そりゃ、そうでしょ。僕は二人を愛してる。でも僕が二人を愛する事で、二人が僕を愛する事で、二人は王族としての生き方を強制される。それに僕は間が良かっただけだ。本来なら、もっと素敵な人が居ただろうに」
「反吐が出る。あいつらはその間の良さに救われただんだろうが」
手で顔を覆って天を仰ぐアペプ。廊下でうずくまって両手で顔を覆っている僕。
「まったく、姉さんはこいつと俺が似ていると言うがどこが似てるんだか」
景色が溶ける。今度は真夜中の砂漠だった。僕はスビアを抱き締めて崩れるセトを眺めている。
「人殺しだ。しかし……」
崩れるセト。死んでいく肉体、かつて僕が殺した男。
助けてよ、ネフティア。僕……
あの時のセトの声が聞こえた。生身の人間の、死にゆく人間の断末魔。
「うっ……」
蹲る。でもゲロは出ない。ただ気持ち悪さと胸を剣で貫かれたような鋭い痛みだけがある。
「あいつ、最後の最後に自分が産廃にしちまった女に縋ったのかよ。まぁ、それでも俺はお前よりあいつの方が好感持てるけどな。結末が無意味だとしても、考え抜いた末の己の信念には価値がある」
再び景色は溶け、今度はあの玉座に。大臣が席を用意して、僕は仏頂面で玉座にふんぞり帰ってる。外から見る僕、王様にしか見えない。本当はこんな人間なのに。
「……家宰ラムセス、貴殿はどう思われる?私としては陸軍の意見を参考としたいが」
僕の声、上メンフィスの兵士の反乱を予防する為に下メンフィスの下層民を餓死させた大量殺人者の声。
「お前、こんなもの国を守る軍人が敵兵を殺すのと同じ事だろ。人間的に気に病むことは仕方ないが、こんな事を気にしても意味だろうに」
「それでも僕が殺した事実は変わらないでしょう。僕の立場とか、僕の選択の必須性とか、そんなものの前にただ事実が存在しているんだ。人殺しって事実が」
「お前マジでファラオ向いてないな。バスケ選手にでもなりゃ良いのに」
景色が溶ける。空は赤く、煙は立ち上り、ビルの割れたガラスが地面に落ちている。戻ってきたんだ、罪を見せられたあそこから。
「俺の与える罰というのは俺のルールによるものじゃない。最も原始的な罰、良心の呵責を物理的な重さとして変換する」
アペプの手に持つ天秤、右に傾く。少しずつ。それにつれて僕の身体が重く、重くなる。
「ぐっ……」
這いつくばって地面が割れる。身体が地の底に向かおうとしている。
「判決、地獄行きだ。そのまま沈んで行くがいい」




