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死神




 音が聞こえる。無機質な音、蛍光灯のような音が。いや違う、この音とは何度も、何度も何度も聞いたことがある音だ。舞台の幕の上がる時の音。機械の音だ。


 「お、起きたか」


 アペプの声、頭がズキズキと痛い。体も全身が痛い。ただ背中に柔らかいものがある。僕は座ってるのか?


 「は?」


 目を開けた時、僕は劇場に座っていた。和風の。天井に赤と白の提灯が交互に並べられ、舞台のセットは後ろに障子と真ん中に座布団。そしてその座布団には着物を着た美しい女性が、銀髪の女性が正座になって座ってる。

 僕はここを知っている。浅草演芸ホールだ。


 「えぇ、お集まり有り難うございます。と言っても時勢も時勢、お二人方しか居ませんが」


 知ってる声。マサツグさんだ。


 「さて皆様知っての通り、ここには人殺ししか居ません。私もヤクザ家業を継いでから20人近く消せと命じてきましたし、そこのアペプとかいう馬鹿たれはお前は怠惰だって言いながら自分勝手に殺してきました。そしてファラオ様もそうです。仕方なくセトを殺して、その後仕方なく、仕方なくと言いながら息をするように殺してきました」


 「無論、この中で一番論外なのはアペプさんでしょう。自分勝手過ぎます。ですが数だけで絞れば、数こそ悪であるとすれば、最もの悪はファラオ様です」


 マサツグさんはゆっくりと羽織を脱ぐ。仕立ての良さそうな藍色の羽織を。


 「まったく、死神様は性格の悪い神様であると、関わりたくないと、そう思いますませんか?」


 メラメラと座布団横に置かれた蝋燭の火が燃えている。これは落語だ。そうだとしたらこの枕から入る演目、それはもう一つしかない。死神だ。


 「貴方は何でこんななんだ。私をほったらかして鉛筆をカリカリして、子供を蹴って殴って脅かして。あんたなんか、あんたなんかあの人の弟じゃない、あんたなんか、あんたなんか死んでしまえばいい!本の角に頭でもぶつけて!」


 ヒステリックな金切り声。鬼気迫る女の人の、母親の顔。


 「くだらないよ、本当に」


 深い息、低い声。男の声。あぁ、知ってるこれ。多分これはセトとネフティアだ。それを落語って形にしたんだ。何の為にこんなことを?


 「奴さん、妻の首絞め黙らせる。その光景を子供に見られて、その子供が自分の大嫌いな人に似ていたもんで、イライラして自分の子供にも手ぇだしちまった。気まずくなって自己嫌悪、家にいてもしゃんないもんで、外をぶらぶら歩くことにした」


 江戸言葉に混ざる静岡弁のしゃんない。一度この芸が途絶えてしまったんだなと実感させられる。


 「死んでしまおうか。今の私は生きる価値すらない」


 「ちゃらんぽらんな奴さん、ちんたら歩いて橋の上。水を眺めて死んじまおうかなんて思うけれど、奴さんはとんだ臆病者で自分で死ぬ事もできねぇ」


 「でも死ねねぇでもやる事なくってしゃんねぇから、奴さんはまたトボトボ歩く。そんで目の前に樹齢数十万年を超えようかという大きな大きなエボエの樹を見つけた」


 「この木の枝に首を括ろう、でも私は縄の括り方なんて知らないしな」


 奴さんがセト、妻がネフティア。なら死神は誰?


 「教えてやろうか」


 死神の姿。まんまだ、マサツグさんに見える。いや、マサツグさんにも見える。この死神は僕の姿をしている。


 「誰だ、あんたは」


 「死神さ」


 「死神?私がこんなしょぼくれた運命なのも死神のせいだとても言うのか?」


 「そう邪気にするんじゃない。僕は貴方と深い深い縁があって、貴方を助けてやろうって思ったのさ」


 「冗談じゃない。死神家業の片棒をつかまされるなんて真っ平ごめんだ」


 「全ての人間を殺せるとしたら?」


 この話、セトの人生そのものだ。でも何でそんな悪意のある落語を演じる?何より僕じゃないだろ、セトに人殺しをさせたのは。


 「いいか、アジャラカモクレンテケレッツもパー。こう唱えて二回手を叩くと人は生き返る。そして5人集めてそれを唱えれば、全ての人間を死なすこともできる」


 本来、ここは足元に立つ死神とか枕元に立つ死神とかの話だ。それを7人の資産家の権利、人類の制御権の話に変えた。


 「奴さん、自分の希死念慮を普遍的なものだと思い込んでやがる。だから5人集めて全員殺す選択を取ろうとした。でもべらぼうに頭の悪いもんで、最後の一歩手前で躓いちまう」


 「ぐっ……さすが我が娘。しかし、こんなもの致命傷にはならない。せめて安らかに眠れ」


 このセリフ、あの時のセリフだ。一言一句変わらない。見ていた?


 「等々自分の娘も殺しちまう。自分の手で頭をかち割ってる殺しちまった」


 「娘の声が聞こえなかったのか?お前は信じられない程のクズだよ」


 「どうせ死ぬ命だ。私によって」


 「何言ってんだ?お前は死ぬぞ。ほら」


 「瞬きの間に場所が変わって、いつのまにか大洞窟の中。メラメラと無数の蝋燭が岸壁に並んで、ヒューと小さく風が吹いてやがる。んな場所に死神と奴さんは二人きりになったもんで、等々奴さん、自分の番かと察しちまった」


 「っ、ははっ!全ての人類を殺そうとして、結局娘を殺してそれで終わりか。全くわらせるな。僕は兄さん以下だ」


 「奴さんの大笑い、死神に誘われて娘を殺して何も出来ず。ちゃんちゃらおかしな愚か者」


 僕が……誘った!?


 「違う!僕じゃない!僕のせいじゃない!」


 立ち上がり演者を睨む僕、アペプが前に立ち見下す。


 「黙って聞けよ。それに殺したのはお前だぜ?だってあの女はお前が一人で行っちまったから、それが心配になって飛び出したんだからな」


 「ごほん。ちゃんちゃらおかしな愚か者。死神に騙され娘を殺して、でもそれでも人の親。最後の最後に自分を犠牲に娘を助けた」


 酷く冷たい目。マサツグさんの、セトの酷く冷たい目。鋭い、息。凍えるような。


 「人殺し」


 倒れるマサツグさん。死体のように。

 隣の拍手。吐き出す、熱いもの。ゲロ。

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